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私的国語辞典~二文字言葉とその例文~ セレクション113『染み(しーみ)』

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作者駐:『私的国語辞典』は全文無料で閲覧が可能です。ただ、これらは基本『例文』となっておりますので、そのほとんどが未完となっています。基本的にそれらの『例文』は続きを書かないつもりではおりますが、もしどうしても続きが気になる方は、コメントいただければ前向きに検討させていただく所存です(←政治家か


暇に飽かして天井の染みをぼんやりと眺めていたのは誰が書いた小説だったろうか、と、暇に飽かして天井の染みをぼんやりと眺めている私は何とは無しに考える。

外からのしとしとと降る雨音が、
室内に漂うじっとりとした空気が、
梅雨という季節を煩わしい程に高らかに主張しているせいだろうか。

私の中に眠っていた陰鬱なる苛立ちや焦りが、蒸し暑さからくる汗とともに皮膚の汗腺を通ってじわり、と表面に染み出してくるのを、私は天井の染みをぼんやりと眺めながら感じていた。

そう。
天井の染みである。

梅雨に入った直接、今から一週間ほど前に、突然現れたそのどす黒い染みは、最初手の平くらいの大きさだったのが一気に子供がすっぽり収まる位にまで周囲を侵食し、そこでぴたりと止めていた。

慣れと言うものは恐ろしいもので、そのどす黒さを最初は不気味に感じていた私も、さすがに一週間を経過した今ではぼんやりと眺めていられる程にはその染みに馴染んでいた。

「まあ、仕方ないしなあ……」

私は苦笑いしつつ、ぽつりとつぶやく。

染みの原因を作った上の階の住人が一週間前に自室で殺害されていた事を、私は昨日この部屋に来た刑事によって知らされた。
つまり、文句を言う権利を行使する相手は、既にこちらの言葉の届かない所に居ることになる。

「美人だったのになあ……」

私はふう、とため息をつくと、眠気に誘われるままに、ゆっくりと眼を閉じた。

(583文字)

しみ [染み]
①液体などが部分的にしみこんで汚れること。また,その汚れ。
②顔面や手の甲などに生じる褐色の色素斑。肝斑(かんぱん)。
 


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