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3.目玉焼き入りの卵焼き

父は、いわゆる戦後生まれだけど、明治生まれの頑固親父気質をかなり持ち合わせているので、当然のことながら男子厨房に入らず。
滅多に台所に立つことはない。

大人になってから聞いた話だが、母曰く、結婚前の父が一緒に行ったキャンプの時、母のために作ってくれた料理は!
『胡瓜の野菜炒め』だったそうだ…。
父の料理の腕前はそんなもんである。

そんな父が、ある日曜日にこう言った。

「今日の朝ごはんは、パパが卵焼き作ってやらぁ」

子ども時分は、母の影響もあったのだろう。
父を崇拝していた。
だから、いつもの母の卵焼きも美味しいけれど、普段、料理をやらない父が、いきなり台所に立ち、卵焼きを作ってくれるということは、家に居ながら、かなりスペシャルなイベントだった。

「やったぁ!パパの卵焼き!」

私と弟たちは大喜び。
作るところから真剣になって見学する。

父は卵を数個チャチャッと割りほぐし、調味料で卵液を味付けした。
熱したフライパンに油を入れ、溶いた卵を流し込む。

焼き始めているというのに、父は母に言った。

「ママ、卵持ってこいや」

フライパンではジュワジュワいい匂いがしているのに、だ。
母は、慌てて卵を何個か冷蔵庫から出して、父に渡す。
なんだろうと見ていると!

「目玉焼き入りの卵焼き〜!」

そう言って、父は器用に片手で卵を割り入れ、目玉焼きの上に、卵焼きの半分をえいやと折って被せた。
もしかしたらこれだけで、家にある卵を全部使っちゃったかもしれないが、子どもたちにはそんなことはわからない。
目の前でできた卵焼きの中に目玉焼きが入っている不思議な食べ物に目を見張った。

「はい、パパ特製目玉焼き入り卵焼きの完成」

お皿からはみ出しそうに大きな卵焼きをメインディッシュに、みんなで朝ご飯を食べる。
半熟になった目玉焼きが、卵焼きの中からとろりと出てきて、とても美味しかった。

「パパ、おいしい!」

弟たちと大喜びで食べた幸せな味だった。

今でも目を閉じれば、脳裏には卵焼きの中から出てきたあの目玉焼きが目に浮かぶ。

なぜかといえば、後にも先にも父の作った料理にはあの味を超えるものが、私にとっては何ひとつないから。

きっと、これからも、ずっと。

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