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My pleasure❤️

木曜日にてらを迎えに行った時に見た光景。

クツ箱の外で待ってると、先生やクラスメートたちとガヤガヤしながら、てらがやって来た。一人の男の子が、てらの長靴を出してお世話をやいてくれてる。(ちょっとサービスし過ぎかも😆)てらは、他の子たちとふざけて笑ってる。(おい。靴出してもらってるじゃん、ふざけてないで、自分でやりなよ。)
先生が「てらくん、傘忘れるな~」と言うと、あ、そうだったとばかり、傘を傘立てから取る。(先生ナイス)
帰る子達が「バイバイ」「じゃあね、てら君」と、ハイタッチして行く。(涙出そう)
てらと、駐車場に向かって歩きだすと、一人の女の子が、てらの横にきた。二人でなんやかんや言いながら歩いてる。(あ、Yちゃんって、この子か。先生が「Yちゃんが、てら君としっかりかかわる」と言ってた。)「いつもお世話になります。ありがとう」って言ったら、Yちゃん、はにかみながらにっこり。駐車場で「バイバーイ!また明日~」と別れる2人。
てらは、笑顔が止まらない。

もちろん、もっとあっさりした日もたくさんある。それでもいい。

四年生になるとき、学校に呼ばれて、「支援学級に戻ってはどうか」と打診を受けた。学校には色んな事情があると思いつつ、キッパリと断った。子供たちの関わりを見て来てたから、揺らがなかった。
先日、3年前のその場にいた先生の一人が、私に言った「あの時は、周りの子達も、高学年になっていくと変わるから、関わりが少なくなるだろうと思ってたけど、今の子供たちの姿を見たら、そうじゃない。」
担任の先生いわく「子供たちは相変わらずです。男子なんか、てらてら言って😆」
(おー!友達に呼び捨てされるくらい立派な仲間になったか、てら😆)

てらの靴を出してくれた子、傘を忘れるなと言ってくれる先生、ハイタッチする子供たち、てらと並んで歩く子・・・私はみんなに「ありがとう」と言う。
「ありがとう」はおかしいという声も聞く。当たり前だからと。確かにそう。子供たちが関わるのは当たり前。先生が声を掛けるのは当たり前。でも、てらを育てながら、そういう事が当たり前じゃない経験をたくさんしてきた(している)。 だから、今、てらの周りにいる温かい人たちみんなに「ありがとー」という気持ちが、どうしようもなく湧きあがり、溢れるから「ありがとう」と言葉に出る。
そして、厚かましくも願う。
私の「ありがとう」への返答が
「My pleasure😊 私の喜びです」
だったらいいなぁ。。。

てらさん、あなた、いい仕事してるよ~

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