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夫婦で「不妊」から学んでいること


仕事ばかりしてて、いつ子どもつくるの?
子どもは授かりものだからねー。

27歳で結婚して、今年で夫婦生活5年目。
今年32歳を迎えるわたしは、結婚してからいろんな言葉を受けてきた。

私は三姉妹の末っ子で、自由奔放。
姉は2人とも結婚し、30歳を迎える頃には1人目の子どもを産んでいた。そのこともあってか、25歳をすぎてくると…家族からは結婚は?、結婚したらしたで子どもは?の後押しが連発していた。笑

もちろん、その声かけに罪がないことはわかっているし、私のことを想っての言葉だともわかっている。これからの時代、生き方やパートナーとの付き合い方も自由。それでもやっぱり、「こうなったら幸せだ」という概念的なモノが人それぞれにはあるからこそ、心配や愛あるゆえに、どうするの?という声かけがなされる社会。

結局はそれを自分がどう受け取るかなんだろうなぁーとは頭では理解しつつ、時に心が揺らいだり、焦ったり、悲しくなったりすることも多々あった。

結婚当時、そこまで子どもが欲しいと思うことはなく…どちらかというと、まだまだ仕事をバリバリやっていきたい時期。年に半分は海外に行くこの仕事スタイルもまた、刺激的で楽しかったし、いろんな仲間や人と出逢いながらチームをつくりあげていくことも、大変だったけどやりがいになっていた。

もともとが遠距離恋愛だった私たち夫婦にとって、互いが互いの領域で仕事をやりつつ、切磋琢磨し合える関係性において、私が長期的に家を離れることも、夫としては良きバランスになっていたみたいで。

燃え上がる愛に溢れた夫婦という新婚当時(☜ちょっと表現大袈裟か?笑)から、徐々に落ち着き寄り添いあうパートナーになっていた。自然なタイミングで子どももいつかできるだろう…そうおもってた。

ただ不思議なもので…30歳をすぎたあたりから、徐々に自分の身体の変化や20代の時の体力の違いに気づくようにもなり。もともと生理不順気味だった私は、確実に不順が高まり、月経におけるホルモンバランスの乱れもより感じやすくなっていた。

海外出張が続くと、それはそれで移動や時差など身体への負担がかかるものなんだなぁーと、身に染みてかんじつつも、仕事のできる範囲が広がることや、やりがいの大きさに、全力疾走しすぎてしまうことも多かった。笑

そのあたりぐらいかなぁー。少しずつ、私の人生このままでいいんだろうか、って本気で考え始めたのは。
【私の人生】に【家族をつくる】がより濃く反映されてきて、赤ちゃんを見るたびに、かわいいなぁー、私と彼の子はどんなふうな顔してるのかなぁーとか、考えるようになっていた。

そんな意識を持ちながらもなかなか自然に授かることのなかった私は、いろんな人に相談しつつ、意を決して、この春、重かった腰を上げてようやく婦人科を受診した。

改めて自分の身体を検査してもらったとき…「多嚢胞卵巣症候群」だということがわかった。いわゆる不妊治療の対象。わかったというか…そんな気もしていたがゆえに、「やっぱりか」っていう気持ちの方が大きかった。

こうなることがどこかでわかってたから…ずっと後回しにしていた、っていう気持ちもどこかであった。シンプルに、現実を知るのが怖かったんだとおもう。でもずっと気になってはいたことだったから…早めに知ることができてよかったな、という気持ちもあった。

不妊っていう言葉、すごくキツイ言葉だと私は感じる。あなたの身体は正常ではない、っていう烙印を押された気持ちにその時はなってしまう。一瞬、真っ暗になるというか…この先どうなるかわからない不安な気持ちで押し潰される。

そこからは、いろんな人に相談した。仕事のこと、これからの生き方のこと、治療のこと。話せば話すほど、不妊治療している人は多く、そして、前向きにアドバイスくれる人ともたくさん出逢えた。

そのあたりくらいからかなー。タイミング→人工受精→体外受精とステップはあるものの…私は家族とも話して、体外受精でいくことを決めた。

お医者さんには、「まだ若いから自然妊娠ってのも選択肢としてはありますよー」と言われた。35歳以上の人には体外受精を勧めてるとのことだった。

難しいもので…そういった言葉一つ一つにも引っかかる気持ちがでてきてしまってた。それはきっと、自分の中で「不妊」というレッテルを、他人と比べる=「苦ラベル」貼り付けしちゃったからだろうなぁー。焦り、みたいな気持ちはよりでてきていたんだとおもう。

うまくまとまりつかない文章になってきてしまったけれど…なんだろ。私自身、知らないことが多すぎると、やっぱり人は不安になるし、焦るし、マイナスに受けとりがちになっちゃうんだなと思った。

ましてやこのことを、どうやって職場に話すか。それもまた仕事しながら不妊治療する人においては、重大なことで。「生理きたら3日目に検査に来てください」となると…通院と仕事のスケジュールをバランスとることもまた、難しくなる。

こういう子づくりの話題が、もっと明るく、オープンになればいいなぁーと、結論感じた。
繊細で、タブーな話題だという雰囲気がどうしても根付いてしまっているけれども…未来に向かって歩む一歩であると捉えれば、そこに向かう勇気と決意もまた、素晴らしいことだから。

不妊という言葉によって、私はより生命の尊さとしっかり向き合う時間をもらっていたんだと思う。それはきっと私だけでなく、夫も同様に、これからの家族を一緒に考える大切なきっかけになっている。

授かる方法がなんであれ…例えもし、これから授かれなかったとしても…こうして自分や、その家族の命と向き合うこと自体がとても尊いことなんだなと、私は思う。

だから私は自分にとっての大きな一歩として、こうしてnoteに記録しておくことにした。

いろんな人の様々な生き方や考え方が、これからも尊重され続ける社会になっていきますように*

きっとこれから治療を進めるにあたって、いーーーーろいろ感じることがあると思うので、それもまた書いてゆきます*

つらーい、しんどーい、ことだとしても…それもまた転換して、なんかお茶目に表現できるといいな♪笑

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