17 セブン・シスターズ②
「面影を追い続ける男」 17 セブン・シスターズ ー断崖②ー
その海岸に降り立った瞬間、睦月はしばらく声も出せない程、驚いていた。
この世界で聴こえてくるのは、大きな波の音と、かもめの羽音と、俺たちが歩く玉砂利の重たい音だけだった。
背後には背丈の十倍以上はある真っ白な岩壁がそびえ、それが遥か彼方までずっと続いていく。百メートルは優に超える垂直の断崖は、七つ連なっているように見えるため、『セブン・シスターズ』と呼ばれている。
「イギリスにこんな場所があるなんて。まるで北極からやってきた流氷ね」「この雄大な風景を見た昔の人は、ここを『白亜の国<アルビオン>』と呼んだそうだ」
「白い崖の上が、海と同じ碧い色に揺れているようにみえるわ。下の海を映している鏡みたい。凄いわ」
「あれは台地に生えている草が風で揺れているんだ。あの上を歩くと、もっと壮観だよ。行こう」
もしここで全ての音が止んだなら、ここが本当は海の底だと言われても信じるだろう。とても大きな何かが、自分を包み込んでいるような皮膚感覚なんだ。
崖の上の台地にそよぐ短い丈のやわらかい草たちを踏みしめる足音が、どこかなつかしい。風で鳴る草のざわめきが昔から好きだった。心をかき立てられ、必ずどこかに行きたくなる。ここではない、何処かに。
「まだ一人で旅を続けるのか? 日本には帰らないつもり?」
「私、忘れるの。そして別の大切なものを見つけるの。私には違う生き方があるってことを、信じたいの」
まっすぐ前を向いて話す彼女は、まるで昨日とは別人のようで、俺は意地の悪いことを言いたくなった。
「日本に戻って、誤解を解いて彼を取り戻せばいいじゃないか」
一呼吸おいてから、睦月が俺を振り向いた。
「もうそれはできないの。あなたに逢ってしまったから」
逆光が眩しくて、彼女のことをまともに見返すことが出来なかった。
台地は飛行機の窓から見える雲のように、オレンジ色に輝き広がっている。足元が揺れて、自分の体がぐらついた。
「俺には、婚約者がいるんだ」
「知ってる。ごめん、偶然見てしまったの、あなたのポケットの写真。ずっとその人を探しているんでしょう?」
「そうか、知っていたんだ」
「私、会ったこともないその人に嫉妬したの。あなたが隠す度に、嘘を重ねて彼女を守る度に!」
こんな激しい彼女を見たのは初めてだったが、俺はそれに気付いていたような気がする。
「あの人が婚約したことより、あなたの嘘の方が辛くなったの。あなたをいつのまにか好きになっていたから」
俺は頭がガンガン鳴るのを感じた。何か吐き出さないと破滅してしまう。
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