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11 エディンバラ 記憶①

「面影を追い続ける男」 11 エディンバラ ー記憶①ー


 俺たちは更に北上し、午後にはスコットランドに入った。

 睦月が繋げた音楽が聴こえてくる。風によく合う音だ。
 俺は少なくとも、話す言葉より、相手が聴く音楽でその人を知る。彼女が選ぶ曲は、とてもやさしい心地にさせられた。

 スコットランドの首都エディンバラに到着した。ここはイギリスと陸続きなのに、全く違う国のようだ。大きな大学やデパートが並ぶ都市なのに、閉ざされた印象がある。

 過去の対立の歴史が街に残されたまま、無理に笑顔を作っている。建物の色はどれもどす黒い。どうしようもなく暗いことしか思い浮かばない冬の荒れた海が、この街を一気に飲み込んだかのように。
 
 睦月は「それは、あの城のせいじゃないかしら」と、丘にそびえ立つエディンバラ城を指さした。車を降りて城の方向に歩き出す。街のどこからでも城が見えるはずだ。
 さっきから歩いても歩いても近付かないように思える。それでも俺たちはいつしか坂のカーブを登り始め、城門に辿り着くことができた。火山の火口付近のようなどんよりと重い空気が流れていた。

 ぴくりともしない衛兵の横を通る時には身構えてしまう。彼らはロンドンのおもちゃのような兵隊と違って、いつ銃を360度回転させて発砲しても不思議がないように思える迫力があった。今までそんな事件がなくても、明日のニュースには或いは起こり得るかもしれない。空気がそうさせてもおかしくはないと。

 中はこの城が戦闘用に建てられた印ばかりが目につく。城壁に沿って並ぶ真っ黒な大砲、建物の中に整然と並んだ無数の盾や鎧や剣。
 何のために? いつか目覚める日が来るまで静かに眠りながら機会を伺っているかのように。
 必要な時が来るのを待って息づく。戦いの準備はいつでも出来ている。もちろんそれはただの過去であってほしい。

 エディンバラ城からホリルード宮殿への通称ロイヤル・マイルは、まもなくやってくるクリスマスのディスプレイで飾られていた。

 道いっぱいに何かのデモ行進をしているため、人で溢れかえっている。中近東辺りの民族衣装を身に付けた人々が、不可思議な踊りを舞い、歌いながら長い行列を作っていた。

 睦月が斜め後ろから何か話しかけた。その声に振り返った瞬間、俺は舗道の向こう側に忘れられない後ろ姿を見つけた。

 人を掻き分け、渋滞している車の間をすり抜け、反対側に回った。
 驚いて俺の名を呼ぶ睦月の声に向かって「カールトン・ヒルで待ってて」と言い残し、遠ざかるブロンドの後ろ姿を追った。

 デモ隊に邪魔され、押し戻され、早足で進む彼女との距離はなかなか縮められず、最後に彼女が曲がった角をやっと遠目に確認することができた。




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⇒ 「面影を追い続ける男」 目次

いつか自分の本を作ってみたい。という夢があります。 形にしてどこかに置いてみたくなりました。 檸檬じゃなく、齧りかけの角砂糖みたいに。