友達は多かったが、病気になったときに見舞いに来てくれるやつはひとりだけだった

 俺は友達が多かった。元々人を笑わせるのは得意だったし、どんなノリにもその場でついていける器用な人間でもあった。
 いやな奴がその場を取り仕切っているなら、俺もそのいやな奴にキャラクターを寄せる。いい奴がその場を取り仕切っているなら、俺もそのいい奴にキャラクターを寄せる。
 その場その場に応じて、自分が求められている役割を演じた。元々そういうのが楽しかったし、好きだった。あまり女性に興味はなかったが、モテるというだけで他の男から尊敬を得られるのも、気分がよかった。

 ある日、持病が発覚した。急に三カ月も入院することになった。皆にそれを告げると、たくさんの見舞いの言葉が返ってきた。詳しい話を聞いてくるやつもいた。
「めんどくさいから見舞いにはいかんが死んだら葬式には出てやるよ」
 心のない冗談にはさすがの俺でも腹が立ったが、適当に笑って誤魔化した。慣れていたし、病気になったからといって、すぐにキャラを変えるのもなんか変だ。

 はじめのうちは、色んな友達が見舞いに来てくれた。大学であった面白い出来事を何時間も話してくれたやつもいた。持つべきは友だな、と思った。

 しかし、時間が経つにつれ、来てくれる頻度は減り、一か月経った頃にはひとりを覗いて誰も来なくなった。

 人間の友情の脆さに失望すると同時に、それは前々から分かっていることだった。むしろ驚いたのは、ずっと変わらず一週間に三回のペースで来てくれている前田の律義さだった。
 前田は、大人しめのグループに属する、ちょっと天然っぽい雰囲気のある秀才だった。真面目で、人に流されず、自分の意見をはっきり言う奴だった。二人きりで飯を食いに行ったことは何度かあったが、それに関しては前田とだけではなかったから、病気になるまでは俺の中ではそいつは特別な友達ではなかった。

 前田は、見舞いの前にラインで何か食べたいものがあるか毎度聞いてくる。俺はプリンとかからあげとか、病院食ではあまり出ない、手ごろなご馳走をねだった。前田はそれを二人分買ってきて、一緒に食べて、ついでにちょっとした世間話をして帰っていく。
 俺は、いつの間にか、あいつが来ることを楽しみにしていた。

「よぉ須佐木。これ、ミルクレープ」
「ありがとう」
「お前結構甘いもん好きだよな」
「おう。似合わないと思う?」
「いや別に? 俺も好きだし」
 嫌味のないやつだった。
「なぁ前田」
「なに?」
「なんでお前はさ、来てくれんの?」
「ん? 見舞いにってこと?」
「うん。他の奴らはひとりも来ないのに」
「あ、来ないんだ」
「来ない」
「薄情なやつらだな」
「そうか?」
「俺はそうだと思う」
「でも多分、もし前田が俺と同じように入院してて、俺が元気だったら、あいつらと同じように、お前のこと忘れてたと思う」
「そうだろうな」
「俺も薄情なやつか?」
「かもな」
「もう一度聞くが、なんで見舞いに来てくれるんだ?」
「はぁ。お前めんどくさいなぁ。じゃあこうしよう。弱ってるやつに恩をうっとけば、そいつは俺のことを大切だと思うだろ? だったら俺がいつか困ったとき、そいつが助けてくれるかもしれない。そういう勘定だよ」
 嘘だ、と思った。そもそも、そういう風なこと言うなら「あとで利用してやれるから」くらい言えばいいのに、困ったときに助けてもらえる、なんて優しい表現を言うのが、こいつらしくて、なんだか、妙な気持ちになった。
「お前なんで涙目になってんだよ」
「え?」
 そう言われて、目を擦ってみる。確かに、濡れていた。
「ちょっと疲れてんのかもな」
「ゆっくり休めよ」
「お前さぁ……」
 俺はため息をついて、涙を堪えた。堪えることができた。
「まぁ正直に言うとさ、さっきは知らないふりしたが、他の連中がもしお前の見舞いにちゃんと行くなら、俺は別にこんな頻繁に行くつもりはなかったよ。だって、その場合だと俺が来たってお前は喜ばんし、安心もせんやろ。でも、こういう状況で、誰も来ないのは、あんまり寂しいじゃん。俺がもしお前の立場なら、誰もいないのとひとりでも来てくれるのでは、全然違うと思う。だから、そうしようって思ったんだ。大して仲がよくないやつでも、嬉しいだろ? それだけだよ」
「お前はいいやつだよ」
 仕方なく、俺は涙が流れるままにした。
「最初に言った話がお前の本音だとは思わないけれど、俺はこの恩は忘れねぇよ。お前が困ってたら、絶対に助ける」
「好きにすればいい」
「あぁ。そうするよ。また来てくれ」
「あぁ。じゃあな。元気になれよ」
「言われなくても」
 あいつが出て行った後、俺は声をあげて泣いた。生き方を変えようと、そう思った。

 まったく、自分でも単純な人間だと思う。こんな、誰にでもありそうな出来事で、心が動かされて、根本から自分自身が変わってしまうのだから。
 でも、それでいいんだと思えた。

 大切にすべきものを大切にしよう。それだけで十分だ。

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