ラブレター

 いつも君のことを考えているなんていうのは嘘だってわかっているんだけど、ただ頭の中にそういう言葉ばかりが浮かんできて、それを君に伝えたいと願ってやまない。
 私はお風呂に入っているときとか、少し昔のことを思い出す。君のことをなんて呼べばいいかわからなくて「君」とか「あなた」とか、ちょっとふざけて「お前」とか、そういうことを真剣に何時間も考えた夜のこととか。
 色々な想像をしてみて、どうやったら君の気が引けるかとか、同じようにどうやったら君に嫌われずにすむかとか考えて、不安になったり期待したりしてみたこと。今でも時々するから「私はあのころから全然成長してないかもな」なんて自分を笑いたくなる。結局今も昔も、君を目の前にしてみると、無難なことしかできない。皆と同じように君を苗字で呼んで、君と仲のいい女の子が君を下の名前で呼ぶのにちょっと嫉妬したりとかして、自己嫌悪する。やっぱり今も昔も私は私だなって思うんだ。
 昔を思い出すと恥ずかしいことばかり思い出してしまう。穴に入りたい気分になることばかりだけど、でもきっとそういう恥みたいなのは、これからもどんどん増えていくだけなんだろうなと思う。私はどうやったって君が関係すると、まともではいられないみたいだから。伝えたいという気持ちばっかり先走って、誰かを困らせてばっかり。私は迷惑とお節介ばっかりだ。それでもいいと君が言ってくれたことが嬉しくて、結局私は変わらない自分をそうやって認めてしまう。君のせいにしてもいいよね? だめかな。だめだろうな。

 冷静を装って、普通でいようなんて思っていても、君と話し始めるとすぐに夢中になって、自分が自分じゃなくなっているみたいな感じで。多分君は私のことを全然知らないんだろうなって思う。それがちょっと悲しい。ひとりでいるときとか、友達といるときとか、そういうときの私を君が知らないだけで、そういう本当のことを認識するだけで、私は運命を呪いたくなる。どうして神様は、私の心が君に全部見えるようにしてくれなかったのかなって、本気でそんな罰当たりで馬鹿げたことを訴えたくなる。もし本当にそうなったら、それはそれで困るのに。私は君が思っているよりもずっと馬鹿で、醜くて、性格も悪くて、でもやっぱりそれも全部認めて、いつも君が言っているみたいに「そんな君も素敵だ」って言ってほしい。「そんな君も好きだ」って抱きしめてほしい。やっぱり恥ずかしいや。こうやって恥を積み重ねていくのに、それが愛の重さみたいに思っている馬鹿な私。ごまかしたって、結局私は私だから、仕方ないんだろうな。もういいや。好きなんだから、仕方ない。

 写りの悪い私の写真とかを君が眺めていると、私はどうしようもなく不安になる。正直、明らかにブスな感じで写ってしまっていたり、半目になっているのを君が見つけたとき、私は逃げてしまいたくなる。
 苦笑いして「これはこれでいい」なんて言われたら、私は辛くて悲しくて、どうしたらいいかわからなくなってしまっう。
 君はそういう時に、笑いながら「これ変な顔になってる」と体を寄せてくる。嬉しさと恥ずかしさで自分の頭がぐちゃぐちゃになることばかりだ。なんで君はそんなことができるんだろう。どうして、こんなめんどくさくて扱いづらい女を簡単に喜ばせることができてしまうのだろう? 君はいつも私の貧弱な想像力よりもずっと豊かな行動をしてくれる。そのたびに自分の情けなさと、君への愛情で、自分がわからなくなる。でも多分、そうなっているときが一番私らしいときなのかもしれない。こうやって考えているときの私の方が、きっと私らしくない。混乱している私の方が本当の私なんだと思う。

 恋って不思議だ。暇さえあれば君のことを考えている。時々違うことも考えるけど、それは何か特別に嫌なことがあったり嬉しいことがあったとき限定だ。それ以外の時は、本当に、大体君のことを考えている。君のために何ができるかなとか、君にこういうことを言ったら、君はどう返事するだろうかとか、そんなことばっかり考えている。私ってやっぱり変だなって思うし、ところで恋と変って似てるななんて、それこそ変な思い付きが頭に浮かんできたりする。私はしっかり者だなんていわれることが多いけれど、実際はむしろおとぼけさんなんだと思う。むしろ「しっかり者」だんて私を呼ぶ人は私よりとぼけているか、それか私をからかっているんじゃないかと、そんな風に疑ってしまう。
 他の人との会話の最中に、君のことを考え始めて上の空になってしまうことなんてしょっちゅうだし、そのたびに相手の人に失礼なことをしてしまったな、なんて後悔するんだ。いっそのこと、「あの人のことを考えていたせいで、ちゃんと話が聞けなかった、ごめんね」と言えてしまえばいいのに。適当に相槌を打ってごまかして、そのままにしてしまう私は、本当に愚かで、誠実じゃない人間だと思う。

 元々のしっかり者が、こんな風になってしまうくらいの愛情を向けられている君は、とても幸福なんじゃないか、なんていう無神経な考えが頭に浮かぶ。身勝手で、めちゃくちゃなことだ。君はきっと私以外の人からもこんな風にたくさん愛されてきたんだろうと思う。君は私の前ではあまり他の人のことを話さないけれど、それくらいはわかる。君のことを嫌う人は君に嫉妬している人だけだし、君は誰かを憎んだり嫌いになったりしない。どうして君は、そんなに優れているのだろうか? 私は時々、君に嫉妬する。君のようになりたいと思う。君のように、心から善意で人と付き合える人になりたい。そうなれない自分が嫌だから、君に嫉妬して、八つ当たりしてしまうことがある。君のせいにしてしまうときがある。
 そんな自分が耐えられなくて、君の前で泣いて懺悔してしまう。私は本当に弱いのに、君はそんなときいつも困ったように笑って「大丈夫だよ」って優しく呟くみたいに言ってくれる。余計なことは何も言わないで、私の手を握ってくれる。君の手はなんでいつもあんなに温かいのだろう? 私の手が冷たいからかな? 君は私の手を握るとき、いつも冷たいことを不思議に思ったりするのかな。今思えば、君はいつも私に温かい飲み物を勧めてくる。そういう気遣いが、無言の気づきが、私を喜ばせる。やっぱり好きだなって思う。

 君のとなりにいられる私は、きっと世界で一番幸せ者だ。それと同じように、多分世界で一番不釣り合いだ。それなのに、このままずっと一緒にいられたらなんて願うほど、私は自分に対して世界で一番甘い人間だ。


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