幽霊と結婚するしかない男

 全てのものは美しくあるべきだと考えた時、最初に僕の胸に生じた感情は、怒りだった。

 どうして彼らは美しくないのか。美しくあろうとしないのか。たとえ見た目が醜くとも、行いや精神が美しければ、闇を貫く閃光のように、その人間の生はより輝かしくなることだろう。実際、この世界の歴史上、醜くとも美しく生き抜き、人々の尊敬を勝ち得た人間が山ほどいる。なぜ彼らは自らそうなろうと欲しないのか、僕には理解できなかった。

 僕らは皆美しいものを愛しているはずだ。それなのになぜ、人は自分が美しくないことを許容できるのだろうか。
 特に反感を覚えるのは、あの、外見を「美しさ」ではなく「男の好み」に合わせようとする発情期の雌どもだ。彼女らは美しくあることよりも、周囲より秀でた己であることを欲している。より目立ち、より優れた男性を誘惑し、より多く他の尊敬を勝ち取ることばかりを考えている。そのせいで、自らの外見を台無しにしている。
 醜い男の醜い趣味に合わせた女の外見は、当然醜くなる。彼女らはツヤツヤしているが、同時にテカテカしている。彼女らは男たちの夢を壊さないためにいくらでも嘘をつくが、その嘘で得をする人間は誰もいない。本人でさえも、自分のついた嘘に首を絞められ、男たちの「女は嘘つきだ」という正直な告白に対して目を泳がせることしかできない。

 そういう女が美しくなる瞬間があるとすると、自分の子供のために体を張っている時だけだ。その時だけは、彼女らの人生がそれまでどれほど醜くとも、その瞬間だけは、確かに美しいと感じられる。女は女であるときより、母であるときの方がはるかに美しい生き物なのだが……僕はどうにも、なぜ他の男共がそういう感覚を理解しないのか、それが分からない。
 連中はいつも発情している。若い女の体ばかり見ている。あるいは、顔を見ている。どちらを見ているにしろ、女の性格や生き方を、顔や体つきの付属物かのように見ている。実際は逆であるというのに! 
 人間は人間であるかぎり、性格や生き方がその本質であり、体つきや顔は、その付属物に過ぎない。厄介なことに、付属物が本質を変えてしまうことがあるのは確かで、しかも付属物のことを本質だと思うと、その付属物そのもののような本質に人間は変わってしまう。
 つまり、先に体や顔があり、遅れて精神や生き方が決まるのだと考えている人間は、必然的に、体や顔をよくすることに全力を捧げるような精神や生き方に変わり、本質が付属物に乗っ取られる形になる。

 女の「男から気に入られたい」という欲望は、男性の「女を抱きたい」という性的な欲望と同じ程度に大きいものであるようで、男が「女の精神は、肉体の付属物であってほしい」と思っている時、大多数の女は自動的にそうなろうと欲してしまう。
 優れた男はほとんど必ず「女もまた、その本質は精神と生き方であるべきであり、付属物である肉体や顔つきというのは、精神と生き方が優れていれば自ずと優れたものになるはずだ」と考えている。それは半分は真実であり半分は虚偽であるが、彼らのような男性の声はいつだって小さい。優れた男性は、大声でわめいたり、何かを他者に主張する必要はなく、自分のなわばりの中でものごとを進める。彼らは彼らに見合う女性を自然と見つけて掴まえ、そして生まれた子供が女性であるならば、その子が大多数の男に好かれようとするような馬鹿げていて下品な道に歩まないように教育する。

 恋をすると美しくなる女性と醜くなる女性がいるのは、彼女が恋をしている対象がどんな男かということによって判断できる。いい男に恋をしている女性は美しくなり、どうでもいい男に恋をしている女性は醜くなる。外見ではなく、生き方の話だ。
 優れた男というのは、女性に対して内面の美しさを求める。必ずだ。対して劣った男、表面的な男というのは、これまた面白いくらいに、表面しか見ない。外見、体つき、マシな場合においても、その女が自分のためにどう役に立ってくれるか、ということばかり考えている。決してその女自身がどのような人生を自ら選び、歩んでいくかということまでは考えていない。彼らにとって女は共に歩くパートナーではなく、自らの人生の付属物なのだ。一切の女の主体性を、無意識的に否定しているのだ。
 そのような男に恋をしている人間は、時には外見がよくなり、性格も善良になっていくこともあるが、同時に不健康で、歪むしかない。彼女の外見がよくなっているのは、その男が外見のいい女に甘いからであり、彼女の性格が善良になっているのは、その男が善良な女に対して甘いからなのだ。彼女はただ、男の支配がより優しいものになるよう、努力しているに過ぎない。それは哀れな奴隷的宿命であり、彼女は「善良になろうとして善良になっている」のではなく「善良になる必要に迫られているから、善良になっている」のである。「美しい外見でありたいから美しくある」のではなく「美しい外見でなくてはならないから、美しくある」のである。
 そういう抑圧的な生き方は、はっきり言って、どれだけ高度であっても、美しくはないのだ。

 美というものを考えるとき、僕はこの世界で語られている「美しさ」があまりに表面的で、反吐が出るほど表面的で、時には全て滅びてしまえばいいと思ってしまうほどだ。
 あらゆる表面的な美しさが剥ぎ取られ、皮膚は全て焼けただれ、声はかすれ、嘘をつくことも禁じられ、そのような世界になってしまえば、誰もが美しさというものについて考え直すようになることだろう。
 いや、救いがたい人類というものは、そうなったとしても、またさらなる表面的な美を追い求めることだろう。それが彼らの本能であるから。

 この時代は、美しいものが好きな人間にとって、生きづらい時代だ。

 美しい精神、美しい光景、何よりも、美しい人間に欠けている時代だ。

 僕は時々、女性こそが性欲というものを忘れて自らの道を見定めなくてはならないのではないかと考える。
 男性の性欲ははなから表面的で、だからこそ彼らはそれについて自覚的だ。
 対して女性の性欲は常に仮面を被っている。仮面を被っているから、それは深いように見えるが、実際には男性と同じように表面的なものだ。男から気に入られたい、目立ちたい、愛されたい。そういう感情は、結局どんな名前で呼んだところで、性欲に過ぎないのだ。

 いつか女性が、自らのそのような欲求を、男性のそれと同じような表面的な欲望であると自覚し、自覚したうえで大切にし、それに支配されぬよう気を配りながら、まっすぐ、美しく、自分の道を歩けるようになればいい。

 女性が社会進出した後のこの時代でさえ、ほとんどの女性は結局のところ社会に出ることによって男性から気に入られようとしている。全くそういうことを気にしないようにしている者ほど、時とともにそのような醜い本性が暴かれる。
 どうして女性の精神はこんなにも醜いことが多いのだろう、と僕は素直にそう感じてしまう。

 だからこそ、だからこそなのだが、美しい精神を持つ女性というのは、本当に美しい。それがこの世界の目的であるとさえ、思えてしまうほどだ。

 古代の世界各地で語られた女神たちは、皆美しい。それはきっと、神話を作り出した人々が、優れた感性を有していたからだろう。
 女神らが誰かに嫉妬し、破滅させるときでさえ、現実の女性たちとは違い、男性の顔色をうかがうようなことはしていない。男性から嫌われないように取り繕ったりしない。ただ自分たちがそうしたいからそうしているのだ。
 そういう無邪気さは、今や男性にも見られない。誰もが他者の顔色を窺って生きている。しかも、美しくない顔色を。価値観を。善悪を。

 あぁ。神々の怒りを買わないように気を配っていた人々は、この時代の人々よりもずっと健康的で美しかった。彼らは、神々の怒りさえ買わなければ、どれだけ他者を怒らせても構わないと思っていた。実際、そうするだけの力と強さを持っていたのだ。

 今や美しい人間は稀だ。美しい女はなおさらだ。

 僕は最近、自分が幽霊と結婚するしかないのではないかと真面目に考え始めている。それほどまでに、僕の周囲は醜い女ばかりなのだ。

 こういう男も昔はいたのかもしれないが、皆、幽霊と結婚して幸せになってしまったせいで子供が残せず、いつの間にか絶滅してしまった。

 私の好きなタイプではないが、少し残念に思う。
 悲しいことに、こういうタイプの男が好きな女は今でもたくさんいて、彼を懐かしがっている。懐かしがりつつも、この時代には他にもいろいろなタイプのいい男がいるので、それにすぐ夢中になって、彼のことを忘れてしまう。
 女性というのは通常、気になっている数人の男性を除いて、他の人間(男に対しても女に対しても)をみんな危険な動物の一種だと見做しているのだ。
 そういう現実を見ると、認めたくはないけれど、彼の言うことの半分くらいは正しいような気がしてくる。

 ただ私が思うに、彼は女という生き物に対して「美しい人間」であることを要求するより「美しい動物」であることを要求すべきだったのではないか。それならこの時代にもたくさんいるし、そういう動物が彼を愛することだってあったろうに。犬や牛みたいな女は、彼にとってそれほど不快ではなかったのではないか……
 私個人の意見を言わせてもらえれば、大多数の女性が美しい人間になるのは無理難題かもしれないが、美しい動物になることならどんな女性でも可能であると思う。
 この時代の男性は、女性に対して期待しすぎなのではないか? 女性という生き物は通常、男よりも動物に近い生き物で、彼女らにとっては男になることよりも動物になることの方が簡単なことなのでは……

 優れた女、人間的な女。もしそういう女が実在したとすると……彼女はこの現実に耐えられるのだろうか? 耐えられないから、幽霊となったのではないか? 

 いや、考えたくないが……そういう女もまた、幽霊と結婚するしかないのではないか?

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