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短編小説 アメリカンコーヒー②
私はその高い鼻筋の男に覚えがあった。田中である。
彼は高校の時のクラスメイトであった。白髪が少し散見されるが、当時の面影は全く変わらないままであった。私たちは同じクラスメイトであったが、特別仲が良かったわけではなかった。そんな間柄であるにも関わらず、顔を覚えてくれた事に、私の存在を覚えてくれていた事に、ふつふつと嬉しさが込みあがって来た。
「茂一とお前にはお世話になったよ。」田中は頭を少し下げながら言った。
「なにかしたっけ。」
「俺が昼飯を忘れたとき、よく分けてくれたじゃないか。」
そういえばそんなこともあったと、その一場面が思い出される。この男はよくお弁当を忘れていたが、言われるまではすっかりと忘れていた。
「茂一は今じゃ大富豪だよ。」私はこれが言えたのが少しうれしい。つい最近、SNSで知ったばっかりだったから。
「えっ」田中は声をあげた。「そうなのか?」
「大手の銀行に入ったあと、独立して会社を立ち上げて、大成功したって聞いたけど。」
「そうかあ。独立したなんて。驚いたなあ。」
田中は茫然とした様子であった。彼はもう既に手が止まっていた。ただ目の前の一点を見つめ、なにやら考え事にふけっている様子であった。
私はその間に、逢沢さんを思い出していた。なぜ突然思い出したのだろう。私にもよく分からない。しかし私は高校を卒業してから、事あるごとに彼女の面影が脳裏をよぎったことが、何回かあった。
逢沢さんは清々しいほどに短髪で、比較的健康な体格であった。健康から生み出された天真爛漫な性格は、いつも周りに人を集めていた。友達の多い人であった。交友関係の狭い私とは、あまりにも環境が違っていた。人間はおそらく、立場の違う人には自然と強烈な興味を示すものである。実際私は、彼女に憧れていたような気がする。しかし結局のところ、それだけの関係で終わってしまった。
しかし、ただ一度、たったの一度だけ、あれは確か吉祥寺であったと思う。私が社会人になって三年目の冬。吉祥寺の駅前にある「サンロード」というとても大きい商店街の入り口で、彼女を見かけたことがある。
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