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『海のはじまり』第5話 妊娠にまつわる男女の非対称性
フジテレビ系列で月曜9時から放送中のドラマ『海のはじまり』。このドラマは、『silent』や『いちばんすきな花』の脚本家・生方美久の最新作である。
※この記事には、ドラマ『海のはじまり』の内容が含まれます。『海のはじまり』はFODとTVerで配信中です。
あらすじ
一週間の夏季休暇を取れることになったと月岡夏(目黒蓮)から聞いた南雲朱音(大竹しのぶ)は、それなら一週間、南雲家に住んで海(泉谷星奈)と暮らしてみたらどうかと提案する。夏が泊まりに来ると知った海は大喜びし、「ずっと住んでいいよ!」と夏にくっつく。
夏の両親に挨拶をしようと思っていると言う朱音。実はまだ海のことを家族に伝えられていない夏は口ごもる。朱音はため息をつき、「さっさと話しなさいよ」と夏をせっつく。言い訳がましい夏と、口うるさく説教する朱音。そんな2人の様子を見ていた海は「ママみたい」とクスクス笑う。
海のことを家族に伝えるため、実家に帰る夏。しかし、夏を出迎えたのは、弥生(有村架純)との結婚報告だと勘違いして勝手にテンションを上げた母・月岡ゆき子(西田尚美)、父・和哉(林泰文)、そして弟・大和(木戸大聖)三人の姿だった。ダイニングテーブルには手の込んだ料理が並んでおり、完全なるお祝いムードの中、夏は自分に娘がいたこと、そして、それが弥生との子ではないことを告げる…。
妊娠にまつわる男女の非対称性
第5話では妊娠にまつわる男女の非対称性が描かれた。それは次のシーンに表れている。
◯月岡家・食卓
ゆき子「はい。夏。何? 何の報告?」
夏「とりあえず、食べよう」
和哉「でもコロッケ食べながら聞く話でもないし」
大和「うんうん」、
夏「いいよ。あの……。コロッケ食べながらで」
ゆき子「そう? じゃあ、とりあえず食べよう。いただきまーす」
3人「いただきまーす」
大和「お~うまそう。生ハムいっぱい取ろう」
食事に手を付けない夏
夏「その……。子供がいる」
みんなが顔を上げる。
ゆき子「えっ。あっ……。そっち!?」
和哉「いいよ。いいじゃん。お父さん。全然いいと思う」
大和「(拍手しながら)おめでとう!」
ゆき子「やだ、お母さんもそんな全然。それで緊張してたんだ。怒られるとおもった? 怒んなよ。もう。めでたい。めでたいね」
夏「いや、その……」
和哉「いつ、いつ生まれる?」
ゆき子「でも、向こうのご両親がどういう考えか分かんないから、ちょっと慎重にね」
大和「おめでとう!」
夏「ごめん。ちょっと待って」
和哉「ごめんごめん。楽しくなっちゃった。じゃあ、とりあえず弥生ちゃんの状況から」
ゆき子「うん。予定日いつなの?」
夏「弥生さんの子じゃない」
ゆき子が顔色を変え、立ち上がる。
ゆき子「あんた浮気したの?」
夏「違う、してない。待って。説明するから」
ゆき子が腰を下ろす。
夏「少し前に葬式があって。それが亡くなったのが、大学の時付き合ってた人で。その人が大学の頃、子供を産んでたって知って……」
大和「ん? 子供できたって……」
夏「あ、できたとは言ってない。その……。今7歳」
ゆき子「何も知らなかったの? その、彼女から、何も聞いてなかったの?」
夏「妊娠は聞いてた。おろしたと思ってた」
ゆき子「何それ。お母さん何も聞いてないんだけど」
夏「心配かけると思って」
ゆき子「隠したの? 学生の分際で、彼女妊娠させて、周りに隠して中絶させたの」
夏「させたわけじゃ……」
ゆき子「同意してそうさせたってことは、あんたがそうさせたってことなの」
夏「……」
ゆき子「中絶が悪いって言ってんじゃないの。産むのもおろすのもその子なんだから、あんたの意思なんてどうでもいいの。でも産むって言われたら? どうしてた? それでも隠した?」
夏「……」
ゆき子「心配かけると思ったんじゃないでしょ。隠せるって思ったのよ。男だから。サインして、お金出して、優しい言葉掛けて、それで終わり。体が傷つくこともないし。悪意はなかったんだろうけど。でも、そういう意味なの。隠したって、そういうことなの」
夏「そうだと思う。隠せるって思ったんだと思う」
和哉「うん。隠したのは良くなかったけど……」
大和「うん。違うんでしょ? 産んでたんでしょ?」
ゆき子「だから言ってんの。あ~よかった、生きてたんだって。罪悪感なくなってすっきりって。そんな、のん気なこと思うの。お母さん絶対許さない」
夏「うん」
ゆき子「弥生ちゃんのことは任せる。弥生ちゃんの意思に異論はない。でも、 何か強要させんのは許さない。夏はそういうのないと思うけど」
夏「うん」
ゆき子「名前は?」
夏「海」
ゆき子「海?」
夏「うん」
ゆき子「女の子?」
夏「うん」
ゆき子が何度も小さくうなずく。
ゆき子「海ちゃん」
箸を持つゆき子。コロッケに手を伸ばす。
ゆき子「お母さんさ、最近ちょうど孫が……(コロッケを食べながら)欲しいなって思ってたとこ。連れてきて。会いたい」
和哉「うん。お父さんも会いたい」
大和「俺も。ずっとめいっ子に会いたかったし」
夏「うん」
ゆき子「はい。じゃあ、ほらみんな食べて。冷める」
大和「いただきます」
和哉「いただきます」
夏「いただきます」
ゆき子の言う通り、男性は誰かを妊娠させたとしてもそのことを隠せる。一方、女性は隠せない。なぜなら、女性は妊娠によって体が変化するからだ。妊娠を続ければ、おなかが大きくなる。さらに、子供が生まれれば、それを隠し通すことはできないだろう。たとえ子供をおろす場合でも病院に行かなければならない。しかも人口妊娠中絶には相手の同意が必要になる。
もちろん夏が南雲水季(古川琴音)に子供をおろせと言ったわけではない。子供をおろすのは水季の意思だった。だが、夏はゆき子に水季が妊娠したことを話さなかった。そんな夏を和哉と大和がかばう。確かに夏が水季を妊娠させたことをゆき子に隠していたのは悪い。けれども、結果的には子供は生まれていた。だから、ゆき子が夏をそこまで責める必要があるのかと、和哉と大和は言いたいのだろう。
だが、ゆき子は許さない。たとえ子供が生きていったからといって、子供をおろしたことへの罪悪感がなくなったと単純に喜んでよいのだろうか。夏には生まれた子供を育てることへの想像力が足りていない。ゆき子はそう言いたかったのではないか。
子育てへの想像力
ゆき子には夏を一人で育てていた時期があった。ゆき子が夏の実父と離婚してから和哉と再婚するまでの間だ。ゆき子はお金にも時間にも余裕がなかった。美容院に行くにも罪悪感を感じるほどだ。そんなゆき子は、夏を一人で育てるのを諦め、友達に助けを求めた。「母親一人で寂しい思いさせないなんて無理よ」と、ゆき子は振り返る。
水季にも海を一人で育てていた時期があった。水季もゆき子と同じ様に美容室に行くお金と時間の余裕がなかった。それどころか、朝食を取る時間も海の髪を編み込む余裕もない。そんな心配を海にさせてしまったと、水季は悔やむ。そこで、今度一緒に美容院に行こうと海に提案する。はたして2人は美容院に行けたのだろうか。
弥生はそんな水季の苦労を想像する。それは弥生が美容院に行くシーンで描かれた。弥生は美容師に勧められたトリートメントをオーダーする。一方、同じ美容院には、1人で子供を育てている女性客がいた。その女性は、離婚した夫が子供と面会している間に、ようやく美容室に来られていた。その女性は美容師にヘッドスパを勧められる。しかし、その女性は断る。お金と時間の余裕がないからだ。そんな女性の姿を見て、弥生は何を思ったのだろうか。
(ちなみに、この美容院は『海のはじまり』と同じ生方美久が脚本を書いた『いちばんすきな花』でも登場した。『いちばんすきな花』で美容師だったハマカワフミエも同じ役で出演している。)
確かに、妊娠や子育てには、男と女の間で非対称性な部分がある。女性のゆき子や弥生には水季の妊娠や子育てにまつわる苦労が想像できた。それに比べて男性の夏や和哉、大和には水季の妊娠や子育てにまつわる苦労がしっかりと想像できていない。それでも、それを補うことはできるはずだ。
外野の重要性
水季が1人で海を育てていた時期に、水季を支えていたのは津野だった。津野は水季の働いていた図書館の同僚である。津野は水季の勤務時間のシフトを調整したり、海を預かったりしていた。そんな津野も、今はどのように海に関わっていいのか迷っている。「血でも法律でもつながってないですからね。弱いもんですよ。そばにいただけの他人なんて」。津野は同僚の三島芽衣子(山田真歩)に愚痴る。津野と同じく海のそばにいた芽衣子も、自分たちはしょせん外野なのだと言う。だが、野球には外野も必要だ。
夏は南雲家で海と一緒に過ごすことにした。そのことを夏は「泊まる」、海は「住む」と表現した。「泊まる」と「住む」の間となる時間を夏と海は過ごすのだろう。夏に用意された部屋は、水季が生前に暮らしていた部屋だった。そのことに夏は戸惑う。
なぜ夏を水季の部屋に泊まらせるのか。それは夏に水季の生前の生活を想像させるためである。夏を水季の部屋に泊まらせるのを決めたのは朱音だった。「想像はしてください。この7年の水季のこと」。朱音は第1話で夏にそう言った。
夏が水季の部屋の扉を開けようとする。カットが切り替わると、開いた扉の先海がいる。シーンが過去に飛んだのだ。それは水季が病に苦しんでいる時期でのことである。ベッドに寝ている水季が海の姿に気づく。海は水季と一緒に寝たいと言う。海は水季がいなくなっても眠れるように、朱音と一緒に寝る練習をしていた。水季は海に「ママいなくなっちゃうんだって」と言う。海は「今いるもん」と返す。水季は「今いるんだから一緒に寝た方がいいよね」と受け入れた。
電灯を消す水季。カットが切り替わると今度は電灯が点く。電灯を付けたのは夏である。シーンが現代に戻ったのだ。夏は水季のベッドに寝転んで部屋の天井を見る。それはかつて水季が見ていた景色だ。そこに海がやってきて、夏の上に飛び乗る。夏は海を自分から降ろして、ベッドの上に並んで座る。そこで2人は、かつて水季と海が一緒に住んでいたアパートへ行くことを約束する。
夏が真の意味で海の父になるには、まだ時間が必要だ。それは夏が海の髪を乾かす姿にも表れている。海が熱がるのを恐れるがあまり、夏はドライヤーを離し過ぎている。そんな夏の姿を翔平が見守る。海の髪を整えるのは翔平の役目でもある。津野も海の髪を乾かしたり、セットしたりもしていたはずだ。それは、津野が自分の髪を乾かしているときに、ソファーの隙間に海のものらしきヘアゴムを見つけるところからもうかがえる。夏と海の距離を産めてくれるのが翔平であり、津野なのであろう。
【最終更新】2024年8月6日17時44分
更新内容:見出し画像の追加、本文の加筆修正(※記事の趣旨は変えていません)
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