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懐かしい黄金時代の記憶①

虚空に扉が浮かんでいる。木でできたと思われる白い扉。周りには漆黒の闇が広がるだけで、そこが一体どこなのかも、本当はその扉が白いのかさえも分からないはずなのだが、なぜか白い扉だというのが分かる。そのドアノブに手をかけ、力を入れて開け放つ。そして。。。
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鼻腔をくすぐるような爽やかな風が入ってきて、目の前が明るくなってきたのを感じる。そろそろ起きる頃合いかと身体を起こしてみる。目の前には卵のように楕円形に開いた空間があり、その向こうには木立が見えている。

立ち上がると、ベッドのように盛り上がっていた部分が下がっていって床と一体化する。不思議な動きをするこれは、生体フレキシブルセラミックと呼ばれている。20年ほど前に世に出てきた技術で、新しく造られる建物の8割ぐらいが今やこれで建造される。

ナノセラミックの電荷を変えることによって形状を自由に変えられるようになったおかげで、家の躯体そのものや、必要な家具、場合によっては食器などにも変化させることができる。どうも、蛹から蝶に変態することにヒントを得て発明されたらしい。

初期の頃はいくつかの設定されたパターンにだけ変化する形状記憶住宅とも呼べるようなものだったが、今では制御技術の進歩によってどんな形にも変化させられるようになった。

あらゆる形のものが造れるが、建物の殆どは肉まんのようなドーム型をしている。かつては円形の建造物は直線のものと違って建設に手間がかかるものだったが、形状が自由に変えられるようになったことで、多くの人が円形や流線形の建物を選ぶようになった。

大昔の人々がこういった円形の建物に住んでいたというのもあるが、円形の空間というのが人の心を落ち着ける作用を持っているというのが広く認知されるようになったことも大きい。

楕円に開いた部分は窓とも扉とも言えるが、睡眠サイクルを検知したシステムが自動的に空間を広げて起きるのを促してくれていたのだった。不可視のフィールドがあるので開いた部分から虫や動物が入ってくることはない。

自由に形を変えられるので部屋を増やしたり減らしたり、家を大きくしたり小さくしたりも自由自在である。2階、3階建てだろうが100階建てだろうが造ることができるが、高いところが好きな人は空中都市に住んでいる人が多く、地上にある家の多くは平屋だ。

フレキシブルな成形ができるので、例えば夜は満天の星を見ながら寝て、起きたら天井に戻っているとか、360度どの方向も見渡せるようにするとか何でもできる。しかも元々はただの土なので、不要になれば大地に還すことができる優れものだ。

今日は周りで採れた野草のお茶を飲んで少し瞑想しようか。水はすぐ裏の小川を流れているものをろ過し炭を浸して調整したものだ。昨日は天気が良かったので太陽熱をたっぷり吸収して温まったお湯がある。炭火や電気でも温められるが今日は手抜きしよう。

棚状になったところに置いてあるお気に入りのカップとポットを出して、昨日摘んでおいた野草を入れてお湯を注ぐ。今や自分が気に入ったデザインのあらゆるものが自動で製造できるけど、この茶器は友人がろくろを回して作ったものをいただいた。深い緑がかった釉薬が塗られたカップに木漏れ陽が当たってきらきらと光る。

あらゆるものが過不足なく好きなだけ手に入るようになった現代では、一点物の茶器などというのはある種の贅沢でもある。しかし、皆喜びから創作活動に取り組むようになったので、かつてあったルネサンスや江戸時代の芸術などとは比べ物にならない様々な美術・芸術が花開いている。

ポットとコップを持って楕円の扉から外に出ようとすると、床が前面にせり出していって、バルコニーのような形に変化し、そこに卵型のゆったりしたソファと小さなローテーブルが用意される。

林に囲まれたこの家は静かで、朝というのもあって真夏にもかかわらず少しひんやりしている。近くの梅の木のところにリスが朝の挨拶に現れる。最近はキツネやタヌキも出没することが増えた。

今年は梅の収穫が例年より遅かったが、その分大きなものがたくさん採れた。瓶に入れた梅干しも毎年できるので、友人にいつもお裾分けしている。梅に限らず色々な木が植わっていて、結構広い平坦な林と草原を縫うようにして多くの小川が流れている。

そうそう、言い忘れていた。この場所はかつて梅田と呼ばれていた。その名前にちなんで、この地域には多くの梅の木が植えられている。

つづく


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