母は永遠に追いつけない憧れの読書家である
明日はお彼岸の入りということもあり、また、ちょっとした頼みごともあったので、まもなく米寿を迎える故郷の母に電話をかけた。
寒暖差の激しさやもうすぐくる台風には気をつけようね、という話をしたのちに、頼みごとを切り出そうとしたら、母がこんな話をし始めた。
「『サーガ』って聞いたことがある?」
どうやら昨日、9月18日の朝日新聞の記事『サーガ、地と血が織りなす世界』を読んだらしく、ここで「サーガ」と呼ばれる種類の作品群に興味を持ったらしい(なお、この記事では、「サーガ」を「ある土地に呪縛された個人の葛藤や思弁を起点に物語が繁茂していった結果」と説明しているようだ)。
これだけでもなかなか唸る話なのだが、母はさらに続ける。
「それで、(その記事に出てきた)中上健次の『岬』が面白そうだなって思って、早速本屋に行って、自分で探してみたけど見つからなかったけれど、店員さんに聞いたらすぐに見つけてくれて、早速買ってきたの」
「読む端から忘れていきそうだけど、今読みたい気持ちがあるから読んでみようと思うわ」
参った! 若い時は文学少女で、ずっと読書が趣味であるとはいえ、まもなく米寿になろうとしている母が、今改めて中上健次を読もうとしている。
私がこれまで2、3度トライして読むことを挫折してしまった中上健次を、だ。
ちょうど昨夜ぐらいに「最近、歌集か歌論しか読んでいないなあ……小説とかも読みたいけど、読む体力がないなあ……」などとひとりぼやいていた私は、これは反省しなければいけない。何が「体力がない」だ笑。
そんなわけで、老いた母の地に足のついた熱量に圧倒されて、「サーガ的作品ならば、阿部和重もオススメだよ」(またそれに「阿部知二なら好きなんだけど」と返す母よ!笑)と伝えるのが精一杯だった。
それにしても、母のように、実際の地縁・血縁の中に生きてきた世代の人が「サーガ」的作品をどう読み解くのか、すごく興味がある。
私も中上健次の『岬』を読んでおいて、母と同じ地平で話をできるようにしておくことにしよう。
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なお、私の母への頼みごとは、昨日の朝日新聞の〈短歌時評〉を切り抜いて送ってくれないか、というものだった(昨日の朝日新聞を買い損ねてしまったので……)。
母には、千種創一の連作「つぐ」も読んでほしいな、などと思う。
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母との電話の直後、熱量にあてられつつ近所の古本屋に立ち寄ったら、長年探していた、ウンベルト・エーコ(池上嘉彦訳)の『記号論Ⅰ』と『Ⅱ』の、良い状態のもの(本の内容のせいか、古本があっても書き込みがよくあったりする)が安価で売られているのを見つけた。迷わず購入。
エーコもまた私にとっては「憧れつつもなかなか読み進められない作家」のひとり。いつ読み切れるかわからないけれども、今日から手元においておこうと思う。
母は永遠に追いつけない憧れの読書家である。
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