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ブランチとコヒーレント (27)

2023年3月のコヒーレント (1)

翌週、またアイドルユニット燎のライブ。
燎は去年2022年3月にデビューして、一年が過ぎる。デビューライブは新宿ReNYという大きなステージだった。あの時はとにかく広いステージと煌びやかな照明に圧倒された。自分はただの観客なのに緊張した。

そして燎は再び新宿ReNYへ。
今日はイベントのトリを務める。一年という時間を経て、主催ではないライブでトリを飾るまでになった二人をなんとかして見届けたい。

会議が終わってすぐに事務所を出れば間に合う。が、難題が一つあって会議延長。液晶画面右上の時計をチラチラ見ながら話の整理、30分押し。
会議が終わった瞬間にノートPCを閉じて電車に飛び乗った。



乗り継ぎが絶妙で、箱に思ったよりかなり早く到着して安堵。ロビーを見渡す。顔見知りがいて挨拶がてら、駆けつけビール一杯。実はこれがだんだん楽しみになってきていて、おっさん道まっしぐら。今後腹が出ないように気をつけないと。

一息ついた頃、トリ前の演者さんのステージが始まる。
皆客席に行き、いつも一緒に写真を撮る優秀なエージェントオタクさんと位置の確認。最近エージェントオタクさんは変化を付けるためか上手がお好みで、自分は下手に回る。そして燎の出番へ。

デビューから一年が過ぎ、自分は経験値を積んできた。曲のイントロで撮影から入るか応援から入るか決める。カメラを構え、ファインダーの中で設定を確認。

ライブの撮影では画質よりもシャッタースピードを優先し1/320固定に設定だけど、最初の振りの様子から彼女らの調子を見て、体が良く動いているようならば1/400にスピードを上げる。

彼女らの調子によっては、1/320では振りを止めて撮れない事が多い。指先やスカートの裾がブレるのは良いけど、表情はしっかり止めて切り取りたい。その差は1万分の6秒。こんな所に意識が行く様になるとは今まで思いもしなかったのだけど、今はその差のに一喜一憂している。

一年前に自分の燎への興味を確定した”海鳴りサテライト”のイントロが流れる。緩急の差が大きいこの曲の振り付けを見て、親指のダイヤルを1コマ回して1/400に。ファインダーを覗き、シャッターを切りながら、デビューした当時を思い出す。

”海鳴りサテライト”を初めて聴いたデビューライブ。
正直な所アイドルでこういう楽曲ってありなのか?と一瞬戸惑った。しかし曲が進行するにつれ、アイドルかどうかなんてどうでも良くなった。

ファインダーの中でカメラが選択するフォーカスポイントだけに注意を払いつつシャッターを切り続けた。このカメラは優秀で燎の二人を捉え続けてくれる。任せることにした。

注意は衣装、そして楽曲へ向く。そうか、燎はこういう方向ありなんだ、アイドルというよりオルタナティブな何かなんだ。既存のアイドルというカテゴリーに囚われない可能性に「これから」を見た瞬間だった。

メディア。燎はこれまで写真集+ライナーノーツ、ライブDVD、アルバムと次々に自分が欲していたコンテンツを提供してきてくれた。これらは彼女ら自らの手で作り出されている。

楽曲。デビュー以降、これまでに発表されてきた楽曲は彼女らが紡ぐ詩で構成されていて、時系列的には ”海鳴りサテライト” を原点としてオルタナティブ・ロック的な楽曲が多い。

ステージ。彼女達は清濁併せ呑む人間味的なところを舞台で表す事があり、いわゆる日本の女性アイドルの可愛いとかの様な表面的なものでは無い、彼女らの素の部分が見えているような演出がある。

これらリリースされたメディア、楽曲、ステージは自分の中で彼女らの真意とは関係無くも自分の中で蓄積され、構築されてきた。それぞれ発表された際のライブハウスの匂いとかその時の自分の気持ちとリンクして記憶に刻まれている、自分の中にある燎とのコヒーレント。振り返れば、ああ、あの時に感じた「これから」は脈々とここに繋がっているんだ。ここまでずっと観てこれたことを嬉しく思う。

後日、果南さんもファンクラブの記事でもそれに触れていた。
直接会うとなんかこういう話にならなくて、後で話せばよかった、といつも思うのだけど。

燎の出番が終わる。深くお辞儀をしてステージから見えなくなる二人。
一年前、出演後ステージから楽屋へ行く通路で撮影された動画があった。ねこさんはわりと飄々としていたけど、果南さんはおえー、おえー、と緊張を表現しながらカメラの前を通っていった。今回はどうだったんだろう。

演者さんとファンの距離が近いこの業態で、自分は風習を知り、風習が成立に至った背景を知った。色々な人々の行動や発言、喜怒哀楽を目の当たりにしてきた。燎の一年は自分のオタク生活一年でもある。んで、当初の目標だった喜怒哀楽全ての感情を取り戻した一年だった。

終演後物販は、トリだったこともありステージ終了後直ぐに始まる。いつもと同じ感じの二人。仕事の関係で間に合うか微妙だった事を果南さんが覚えてくれていて「仕事間に合ったのね」と声を掛けてくれる。果南さんの記憶力は半端ない。よく覚えてるのね。

ねこさんに1周年おめでとう、と声を掛ける。ねこさんからは、これからも色々やるから楽しみにしててねと言われ、断片的な情報を取りまとめてみる。

記憶が曖昧なのだけど、ねこさんと話している間に思い出す。かなり前に、ねこさんがピアノ、果南さんがギターみたいな発言がどこかであったような気がして、これは燎アンプラグドがくるかな、と推測。そういう編成でないにしても、よし、そしたら次のお土産は決まりだな。外れていても、ねこさんがきっと使ってくれるだろう。

最後に自分「これからもよろしくお願いします」
ねこさんは目線を外して俯いたまま小さく頷く。

1周年、おめでとう。

一年前のステージは、距離感が分からず画角を変えられるズームレンズをレンタルして撮影した。今回は画角が変えられない単焦点85mm、自分が一番好きなレンズ一本で。

2023年3月のコヒーレント (2)

次のライブは渋谷スクランブル交差点にあるビルの屋上。前日は小雨だったけど、今日の天気予報は晴れ。初めての燎の屋外ステージ。
家を出ると、春の暖かさ。しかも雲一つ無い快晴。春はもう来ている。
そして燎のステージが楽しみで仕方ない。

自分が聴いたことがある屋外のステージは日比谷の野外音楽堂で、フュージョンバンド T-SQUAREのライブを観に行った。周りの木や建物からの反射音がかなりあって、リズム感がない自分には色々と難易度の高い場所だった。

あとは、高校生の時に伊豆の伊東市で夏に行われる安針祭で恒例だった、地元アマチュアバンドのフェスには演者としてキーボードで参加した。海に面した駐車場の一角にステージが設置され、海に向かって演奏。

祭りは夜に盛り上がるのだけど、自分達の出番は真っ昼間、一発目。まだ誰もいない客席に向かってアルフィーのメリーアンなどコピー曲を演奏した。広々とした観客席にはリンゴ飴を持った小さな女の子が一人ぽつんと立ってこちらを見ていただけだったけど、青々とした海に向かっての演奏は、普段スタジオで練習していた時の密閉感が無く、音が反射なく抜けていく感覚は新鮮だった。

誰もいなくてももう一度あそこで演奏してみたいと思う。けど、今の按針祭は地元バンドの演奏は無くなったみたい。かなりうまいバンド沢山いたんだけどな、残念。

燎のライブ会場へ。想像した雰囲気通りで、ステージは仮設っぽさがあるけどしょぼくは無い。下手側には建物の壁がある。
ビルから見下ろすと下にはものすごい数の人の頭が見える。想像していたより街の雑音は小さく、ホワイトノイズに似た感触で耳に入ってくる。

トップバッターのアイドルさんを観た後、最前列交代。上手の端に立つ。優秀なエージェントオタクさんも上手に。あ、どうしよう、と二人で顔を見合わせるも、まあこれでいいかなということでそのまま陣取ることに。

燎の出番は夕方の部の2番目、出演中にちょうど日没時間。
マジックアワー、淡いオレンジの夕焼けから藍色に空が刻々と変わっていく。

楽曲は静かで柔らかな "羽化" から始まり、お気に入りの "ハレルヤ" へ。
今日は屋外でどうなるのだろうと思ったら、下手側にある建物の壁からの反射音などは感じられない、スコーンと抜けた音。横や後ろには何も無い事が改めて感じられる。

壁が無い状態で聞くととてもよくわかる。やはり箱の壁からは反射音があり、それが体を包むようになって音を体感している。これが箱の特色の一部になってんだな、と理解できた。

ステージに向けてカメラを向けるも、今日はカメラを向ける時間は普段より短め、なんかそういう気分だった。直接肉眼でねこさんを見ようと思ったみたいだ。

ここ1ヶ月の間で何度もブランチがあり、どんどん遠のくばかり。カメラのファインダー越しのねこさんを写真を撮っているときは観察できておらず、いつもは家に帰って現像をしているうちにねこさんの表情を観察する事になる。うん、ライブはやはり直接観るのがいいな、けどカッコいい燎を画像に定着させたい。ジレンマは永遠に続く。

燎の観客席側の音頭取りは先輩オタクさん。セオリーとバリエーションを知り尽くしている。先輩の選択を耳で捉えながら、自分の中で答え合わせ。

曲を聴きながらも、ステージ上の二人より先輩オタクさんの方に注意が向く。ねこさんを観ようと思いながら先輩オタクさんに注意が向くんだと自分の頭の中で苦笑。自分の答えと先輩オタクさんの答えがそこそこ揃うまではこんな状況が続きそうだ。

ライブは途中で機材トラブルがあり中断があったものの、それ以外はいつもどおり進行。以前ライブのMCでねこさんが果南さんに一発ギャグを無茶振りして華麗に滑った事があったけど、今日はその逆で、ねこさんが一発ギャグ。
様子はファンクラブに入って動画をぜひ。お笑いの人達って凄いんだなと実感。

ライブの後、いつものオタクさん達と階下のフードコートで軽く鳥カラをつまみながらお話し。と、のんびりしてたら物販が始まっている時間に。
皆いそいそと会場に戻る。

燎の物販の列は無く、果南さんが皆の姿を発見して「どこ行ってたのー」
よく通る声だなぁ。

物販の時間には日も暮れて結構寒い。しかも今日の果南さんねこさんは衣装の中で一番薄手の奴だ。流石にウインドブレーカーを羽織っていて、インスタントカメラの撮影の度に脱いだり着たりしている。

今日は物販列も短めで、時間も余裕が。前とは違ってぎりぎり感は無く、のんびりとした空気。ねこさんの列に並ぶ。

この前の物販でねこさんは色々やるよと言っていて、恐らく自分達で演奏だろうと踏んだ自分、今日は会場に行く前に楽器屋さんにまた寄って物色。
最初は果南さんに豹柄のギターストラップでも、と思ったのだけど、いざ実物を目の当たりにすると、なんか躊躇してしまう。果南さんの様子見てからにしよう。

そのまま店内をうろついていると、またギターの弦が目に入る。スマホの楽器屋さんアプリを立ち上げると、丁度今日から使えるクーポンが。Elixirのアコギ弦12-52の3セットパックがキャンペーン価格らしい。よし、これで行こう。弦は消耗品なので幾つあっても良い。

レジに並ぶと、レジ脇にまた特売品が目に入る。同じくElixirの10-46エレキギターの弦、売れ残りで製造が古いのだろうか。けど今の自分には問題ない。これは自分用に欲しいと無駄遣い。

昔はギターの弦を買うにも毎回悩んで買っていたのだけど、えーいと買うようになった。これも歳をとったからかな。

ねこさんにアコギの弦を渡して、お話を開始。
なんか噛み合わない感は一年以上前から相変わらずなんだけど、ねこさんの気遣いというか、一生懸命自分に合わせようという感じが以前にも増して伝わってくる。自分がもし逆の立場だったらどうだろう。こんなに相手を見て対応できるだろうか、って無理だ。

物販の時間終了までいつものメンバー、いつメンとガヤガヤしながら、ねこさんの列が空くとインスタントカメラでちょっと撮影しておしゃべり。周りを見渡すと、他の演者さんは物販のお客さんを待っている。

ぼーっと物販会場を俯瞰していたら、わお、あちらからウインクされた、手を振られた。めっちゃ可愛い人じゃん。んで、こちらは会釈で返す。ごめんよ。別に気があるわけでも一目惚れした人でもないのに頑張ってくれて。
それにしても大変な業態だ。

翻って燎の方を見ると、いつメンが列を絶やさぬ様に並ぶ。活動が発展していく上では新規の人達をスッと迎え入れる感じがあるといいよね。自分はどうやって馴染んできたんだっけな。最初は物販の列に並ぶだけでもキョロキョロしながらだったのに。

いつメンも物販が一巡し、終了時間が迫る。

一度はえーっと思って離れてみて、ねこさんの立場が想像つくようになった。自分ができる事で、ねこさんや周りの人達にいい方向で響くコヒーレントを作り出せればいいのにね。

自分はどうしたら良いのだろう。
思い返しながら、会場を後にした。

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