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ブランチとコヒーレント (11)

2022年3月のコヒーレント (2)

2022年3月1日、この前のプレライブで発表された果南さんとねこさんのユニットのTwitterが動き始める。まずはユニット名の発表。名は「燎」。
いきなりつまづいた。読めない。

漢字自体の読みは、かがりび、ユニット名はこれで「かがり」と読むらしい。横文字かカタカナかと思っていた。二人から想像するとキラキラブリブリしないだろうなと思ってはいたけど、漢字できたか。

ライブの撮影は前回のプレライブで色々反省点があり、こうすればこうなるんじゃね?と言う考えが次々に浮かんでくる。この大切なデビューの日、鮮明な像に仕上げたい。衣装は事前の宣材写真で大体イメージがある。細かな装飾も綺麗に切り取りたい。
そして気になる楽曲。どんななんだろう。

ねこさん、果南さんが煌びやかなステージの中央に凛と立つ。観客席で人々が拳を上げる。当日声出しは禁止だけど、自分の頭の中では歓声に包まれている。自分は観客の濁流に飲まれてそこらへんで転げている。
あぁ、なんも関係ない自分が緊張してくる。

2022年3月17日木曜日。燎のデビューライブ当日。
昼までで仕事を切り上げ、カメラのレンズのレンタルを受けに。買うと40万円近くするレンズは流石に重いけど、バランスが良いようで、非常に構えやすい。レンズはまるで宝石のようだ。

公園の生垣を被写体にして試し撮りしてみる。ピント面は精細、背景のボケはとても素直でガチャつかない。これは凄い。これなら下手くそでも写真になる。
これを活かすにはと検索すると、ステージ撮影のノウハウとしてそれぞれ真逆の事をみんな書いている。なるほど、結局画一的な手法なんてないんだな。さて、どう彼女らの初舞台を捉えるか。

新宿ReNY。会場に入ると広いロビー。事前のツイートで見たライブ前のグッズ販売、たてみんさんがいる。

場数をこなしているだろうたてみんさんは忙しなく動きつつも、どこか緊張している様子。たてみんさんは今度は物販か。なんでもやる人だな。

お疲れ様ですー、と声をかける。CDとTシャツが売られている。
Tシャツにはランダムのブロマイドが2枚付くとの事で、伏せられた状態で引く。1枚は二人の、もう一枚はねこさん単体。よし。

まだ燎の二人のお披露目ステージ前なので、CDを買っても二人はおらずサインは貰えないけど、初モノという事でCDも1枚購入。なるほど、これはお金掛かるな…けど買ってしまうファン心理をもろに体験する。

以前はテレビのドキュメンタリーとか見て、なんだこいつら凄い世界だなと思っていた。まだそれには遠く及ばないけど、まさか自分が当事者になる時が来るとはね。

フロアに入る。うわ、予想通りと言うか、それ以上と言うか。天井は高く、大きなシャンデリアが吊るされて輝いている。横にも広く、奥行きもあるステージ。マジか、デビューライブがこんな凄い所なのか。

いよいよ開演。ステージの初っ端は殲滅のディストピア。
みっきゅんこと卯月美紅。さんがリーダーを務めるビジュアル系アイドル、彼女もまたMusic Bar Cordaでキャストとして働く人。見た目も所作も言葉遣いもとにかく可愛らしい。しかも料理もお菓子作りも上手くてお嫁さんにしたいMusic Bar Cordaキャストの筆頭。

オープニングSE、軍歌を彷彿とさせる曲がノイズと共に流れ始める。続いて重低音のギターリフがビートを刻む。軍服をモチーフにした衣装を身に纏ったメンバーが整列する。物凄く低い声で会場を煽る口上を早口でまくる。えーと、みっきゅん、です、よね?

曲が始まり、メンバーの一人がデスボイスを発しながら目を見開き正面を凝視する。激しい縦ノリもどこかおじさんには懐かしさを感じさせるアレンジやメロディライン。
楽曲が終わると、みっきゅんや他のメンバーが可愛らしくMCを進める。そしてまた曲中はヘドバン、デスボイス。楽曲、ビジュアルとキャラのギャップは、演者さん、正にその単語がはまるステージ。
おじさんは冒頭から腰を抜かす。

その後、菜月さんがソロで安定の艶やかな歌声を披露。
広いステージ、対バンの演者さんは複数人数でぱっと見は地味に見えちゃうかと思いきや、その歌声は視線を集めてステージの広さを忘れさせる。
ソロでやる事の大変さと凄さ。

ついに今日のメイン、燎の出番。
自分はステージ上手から、他の観客の邪魔にならないよう、だけど角度がつきすぎないよう位置取る。

照明が暗転し、オープニングSEが流れ始める。マイナーコードのアルペジオから繋がるメロディは他のカワイイ演者さん達とは一線を画していて、何か映画のオープニングに繋がりそう。

ねこさんが舞台上手側から現れステージ中央に立つ。続いて果南さんが並び、カウント。初ステージ一曲目からイントロなし曲とは大胆な。
ねこさんから歌い出し、16小節で果南さんに変わる。
ねこさんの線の細くも腰がある声と果南さんの力強い声が対照的。これはいいコントラスト、印象に残る。



ファインダー越しにステージを眺めている間に、目の前に広がる二人のライブをどんどん遠くに感じ始める。テレビの向こう側のような感覚。

振り付けもフォーメーションもわからなくてどう撮れるのか想像がつかない。とにかく必死に、二人を追いかける。
カメラが弾き出す撮影設定は照明を拾って目まぐるしく変わる。これは厳しい、撮った絵は全く安定せず明るすぎたり暗すぎたり。撮影モードをマニュアルにして、自分の直感で3つ設定を変更。カメラの挙動が安定してレンズの向こうの二人にようやっと意識が向けられるようになる。

二人が纏う衣装が見えてくる。上下セパレートで、青と紺を基調にした上と、鈍い光沢の銀色のスカートと上と同じデザインの腰巻。縁は金の装飾。
どこか中世の軍人の正装を連想させつつ上下が分かれたそのコスチュームは、カチッとした印象とアイドルの可愛らしさを両方取ろうとしているかのよう。
二人らしい衣装だな。

燎はこの日、3曲のデビュー曲と、もう一度最初の曲を披露。20分もあるステージなのに、自分は聴いている余裕は相変わらず無いまま、シャッターを切るのみ。
結局どこをとっても手応えないまま、最後の曲が終わってしまう。

1ヶ月近く楽しみにしてきたライブが、終わってしまった。
果南さんが舞台袖でお辞儀をしてはける。

どうやらライブの間中、息を止めてシャッターを切っていたようだ。めまいを伴いながら肩から力が抜ける。一旦客席から出て、ロビーで呼吸し直す。前物販で買ったCDを取り出してジャケットを見る。

1曲目、燎の基本形の様な二人の歌割り。プレライブで果南さんが話していた、自分達が向いていきたい方向がそのまま曲になったような、たてみんさん作詞の決意表明的な曲。

2曲目、ゆっくりめのリズムで、振り付けももの悲しげ。誰かを想いながらじっと海の底を漂うかの様な、何かひんやりした液体に包まれる様な、そしてたまに急な潮の流れに翻弄される様な感触、果南さんらしい詩。アイドルのステージでこう言うイメージが脳裏を横切るとは、驚きと感嘆。

3曲目、一転してキラキラしていて、手ハートしたり、想ってるとか好きだよとかどストレートな、ねこさん作詞。ねこさんってこう言う歌詞も書くのか、器用だな。まあ、リアルねこさんがオタクに対してそう思うとは到底想像し難い、オタク向けサービス曲。
思われてみたいとちょっと思うけど。

観客の自分からは煌びやかなエンターテイメントでも、演じる側から見ると色々なアクシデント、普段の仕事をしながらも詰め込んだ練習、疲れてクタクタだったろう中でビデオ配信しながらの広報宣伝、夜寝る直前まで人に見られている状態で時間を使い、全てを尽くしていただろう。

しかもきっと、当人達は上手く出来なかった所とか、まだこなせていない所とかが頭によぎっているはず。

けど、6時間近くに及ぶ一連の流れを企画してそれを実際にやり抜けた事を見届けると、ただの観客で何もわからないど素人の自分でも、その大変さと凄さは嫌でも伝わってくる。いろんな気持ちが渦巻く。

念のため、実際のところは泣いてないです。

今までは正直、インディーズアイドルという独特の世界に対してどこか距離を置くところはあった。けど、こんなに頑張っているチームを目の当たりにしていると、自分では制御できない何かが湧いてくる。

接する時間が積み重なる度に、ふとした拍子に出てくる彼女らの疲れや不安、ある時は苛立ちなども含めて、演出では無いそのままの彼女らをちょっとだけ垣間見てきた。
そんな時、言葉をかけることも出来ず、自分はただ普段通り彼女らが作る日替わりご飯を食べて旨いと言うしか出来なかった。

自分がこれまでに妥協して、諦めて、低いところで落とし所を探して積み重ねてきてしまった時を、彼女らの活動を見ることで補填しているのか、何かはわからない。

けどそんな今までに感じたことの無い気持ちを持ちながら普段の僅かなひとときを過ごしていくうちに、ずっと見ていたい、応援したいと思うように変わった。



終演後の物販、インスタントカメラで撮った写真の像が浮かび上がるのをふたりで眺めながら、ねこさんと話す。
以前Pearl Jam好きとか話していた事もあって自分の趣味は知られているし、インディーズアイドルという異次元に踏み込んだ感じは確かにある。

「なんか、この世界に引きずり込んじゃったね。」

ううん問題無い、楽しいよ。

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