画像1

【10クラ】第27回 芸術界のアパッシュ

10分間のインターネット・ラジオ・クラシック【10クラ】
00:00 | 00:00
第27回 芸術界のアパッシュ

2022年1月14日配信

収録曲
♫モーリス・ラヴェル:『鏡』より第5曲「鐘の谷」

オープニング…サティ:ジュ・トゥ・ヴ
エンディング…ラヴェル:『ソナチネ』より 第2楽章「メヌエット」

演奏&MC:深貝理紗子(ピアニスト)


プログラムノート

フランス語で「チンピラ」を意味する「アパッシュ」―
当時多くの作曲家から絶大な人気と信頼を得ていたピアニスト、リカルド・ビニェスの呼びかけによって集まった芸術サークルだ。

異端児としてひたすらに我が道を行くドビュッシーの姿勢に傾倒し、ラヴェルやファリャなどが集まった。画家や詩人を含む、自由を渇望する芸術家たちの集まりである。

なにかを成し得て名を馳せた本人たちももちろん素晴らしいが、いつでもその近くで、大変な働きをした人物がいる、ということを忘れないでおきたい。
ビニェスもまた、そんなひとりである。
ドビュッシー、ラヴェル、ファリャの多くの作品を初演し成功に導いた。
弟子であったプーランクを音楽家として大切に育て上げたのも彼であり、ファリャに引き合わせたのも彼であった。以降互いに刺激し合い、互いの作品モチーフを意識したり、色彩溢れる音楽を生み出したファリャとプーランクの友情は心温まるものがある。

このビニェス発端のサークル「アパッシュ」には、モーリス・ドラージュという作曲家がいた。ラヴェルはよく作品を親しい友人たちに捧げているが、『鏡』は各曲アパッシュのメンバーへ献呈され、今回の「鐘の谷」はドラージュに捧げられている。

ドラージュは大の日本好きだった。彼の親友は画家の藤田嗣治(フランスに帰化後の名はレオナール・フジタ)である。フジタと言えばいまでもフランスで圧倒的人気を誇っている。ドラージュはフジタから多くの影響を受け、日本の文化や「サムライ」に興味を持った。

また、和歌にも大変な興味を寄せていた。『7つの俳諧』という作品では、山田萄(キク・ヤマタ)という女流歌人の作品を扱った。ヤマタはハーフでフランス暮らし、自身も西洋人と結婚している。作品はフランス語が主流だが、ドラージュをはじめ、ジャポニズムに沸くフランス文化人たちに日本語や日本文化を伝承した。日本を訪ねることもあったわけだが、のちに第二次世界大戦が勃発すると、ヤマタはこれまで美しい日本を伝えてきたが、皮肉にも日本軍に2ヶ月間拘束されるという恐怖も味わった。

日本に大きな興味を寄せたドラージュの影響も相まって、ラヴェルもまた浮世絵などに好奇心を寄せた。『鏡』3曲目の「洋上の小舟」は浮世絵由来と言われている。
アパッシュの傾倒しているドビュッシーが、斬新な材料を渡ってきたばかりのアメリカ人怪奇小説家ポーに新しい可能性を見出していたころ、同じく彼らもまた、これまでと違った自由さ、「窮屈な社会」の突破口のひとつを、日本に見出していたのかもしれない。

「鐘の谷」はその充満する響きの妙と遠近法が非常に美しく絵画的である。ラヴェルならではのデリケートな音遣いに、静かな、それでいて壮大な空間を感じることができる。かすかな光の傾きさえも描いているかのように。

芸術界の「チンピラ」こと「アパッシュ」は、どうやら非常に鋭い審美眼を持った集団と見受けられる。

クラシック音楽を届け、伝え続けていくことが夢です。これまで頂いたものは人道支援寄付金(ADRA、UNICEF、日本赤十字社)に充てさせて頂きました。今後とも宜しくお願いします。 深貝理紗子 https://risakofukagai-official.jimdofree.com/