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10クラ 第53回 ブエノスアイレスから

10分間のインターネット・ラジオ・クラシック【10クラ】
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第53回 ブエノスアイレスから

2023年3月10日配信

収録曲
♫アルベルト・ヒナステラ:ガウチョの踊り(アルゼンチン舞曲集 作品2より 第3曲)

オープニング…サティ:ジュ・トゥ・ヴ
エンディング…ラヴェル:『ソナチネ』より 第2楽章「メヌエット」

演奏&MC:深貝理紗子(ピアニスト)


プログラムノート

 フランスで作曲家として大成功を収め、いまや世界中のあらゆる音楽ファンから人気の人物がいる。アストル・ピアソラ-『リベルタンゴ』や『ブエノスアイレスの四季』など、クラシックファンのみならずその音楽に聴きなじみのある人は多いと思う。ピアソラはかの名ピアニスト、アルトゥール・ルービンシュタインとの出会いから、奇しくも同郷の音楽家に師事するようになった。それが今回ピックアップするアルベルト・ヒナステラである。彼の名はピアソラほど知られていないが、アルゼンチンの生んだ大スターであり、間違いなくクラシック音楽界に大きな功績を残していった人物である。この関係性は、スペインで言うならイサーク・アルベニスとマニュエル・デ・ファリャとのそれに似ているかもしれない。まず先陣を切ってくれる存在がいたからこそ、稀有な存在が世界に羽ばたくことができる。
 ヒナステラは祖国の音楽学校で学んだ後にアメリカに渡り、ラテンアメリカ音楽の基礎とクラシック音楽の基礎を築き上げた。そしてかつてクラシック音楽の先人たちが行ったように-ショパンやリストもそう-その音楽の融合を試みた。ショパンは祖国ポーランドの民俗舞曲ポロネーズやマズルカを、その名を冠した作品以外にも存分に取り込んでいて、もはやそのリズムは作品群の中心的存在である。リストもまた、祖国のハンガリーの舞曲を取り入れ、絢爛豪華なハンガリー狂詩曲を書き連ねた。このロマ的な流れがあったからこそ、サン=サーンスやラロの存在を経て、アルベニスは祖国スペインのあらゆる音楽を投影した『イベリア』や『エスパーニャ』といった大規模な作品群の成功にも繋げることができたのだろう。時代の重ねてきたものに、更に新しいものが重なることで、文化はアップデートされていく。そしてヒナステラは、スペインの流れも継ぐ(ヒナステラ自身はイタリア系であるが)アルゼンチンの民俗舞曲をクラシック音楽の流れに加えることができた。
 ちょうどヒナステラの生きた時代というと、随分と形式が混沌としてきた頃だ。調性や形式の破壊へと向かう動きもあった。ヒナステラの生まれた時には、既にシェーンベルクは「12音技法」を発表していたし、ストラヴィンスキーの衝撃的な三部作が華々しく上演されていた。この『アルゼンチン舞曲集』の時期に、同じく時代を彩ったジョン・ケージは電気をも組み込んだ「ノイズ」の在り方についての文章を記し、既にそのマグマを燻ぶらせていた。考えてみれば、これまた物凄い時代である。ロマン主義時代にあまりにも生み出された美しい音楽は、その後ある種の「悩みの時代」である近代に庶民の文化も混ざり合いながら複雑化され、戦争も挟みながら完全に荒野に放り出された芸術家たちは、破壊なのか復興なのか、未知なる不安とともに激動の時代を生きていかなくてはいけなくなった。「実験音楽」に現れるノイズ、ミニマル、けたたましい不協和音は、その当てもない不安と対峙する人間像にも見えてくる。
 若かりしヒナステラの希望に溢れた民俗舞曲は、その混沌の時代の入り口で、快活に弾けている。

クラシック音楽を届け、伝え続けていくことが夢です。これまで頂いたものは人道支援寄付金(ADRA、UNICEF、日本赤十字社)に充てさせて頂きました。今後とも宜しくお願いします。 深貝理紗子 https://risakofukagai-official.jimdofree.com/