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ベートーヴェン 三重協奏曲 op.56 ハ長調

マニアックな編成の中に垣間見える音楽の本質

 珍しい曲である。演奏される機会は極端に少ないだろう。なにしろヴァイオリン、チェロ、ピアノの独奏者が必要だ。演奏会にせよ録音にせよ、金がかかる(笑)豪華絢爛な編成の音楽。
 にもかかわらずベートーヴェンの楽曲の中で一般的にさほど脚光を浴びていないのはなぜだろう。ベートーヴェンのパトロンであり、私的にも友情を交わしたルドルフ大公がピアノを担当するのを想定して作ったため、ピアノパートの難易度を低くしているから、という説もある。

 おそらく一般の音楽ファンなら聞くチャンスは極端に少ないだろうし、どちらかというとベートーヴェンマニア向けと思われるこの楽曲かもしれない。

 この曲との出会いは数年前、ベルリンフィルの映像配信サイト「デジタルコンサート」で、この作品の演奏を観たことに始まる。自称「ベートーヴェン命」の私が長いことこの曲を聴かなかったのは自分でも不思議だが、正直いうとソリストが3人もいる大げさな音楽にさほど興味が持てなかったからだ。所有するベートーヴェンCD全集に収録されているにもかかわらずだ。

 三重協奏曲と呼ばれているが、映像を見た印象では主役はチェリストであり、ピアニストもヴァイオリン奏者も脇役と感じた。曲中チェロのきらびやかなソロのメロディラインが多いから単純にチェロが主役だと勘違いしたのだと思う。ようはちゃんと聴いていなかったのだ。ごめん。

 改めて音だけどじっくり聴くと楽曲全般がはつらつとしていてワクワクしてきた。有名なベートーヴェンの交響曲、種々の協奏曲、管弦楽曲とも少し違う爽快感といおうか、つまり感動したのだ。

 私は、一端興味を覚え始めると一気に手当たり次第聴く癖があるので、手持ちのベートーヴェン集CD収録の録音を何度も聴いた(カラヤン指揮、ベルリンフィル、アンネ・ゾフィー・ムター、ヨー・ヨー・マ、ゼルツァー)。ライブ映像の時とは違った印象だった。主役はチェロだけでなく、ソリストとオケがいい具合に調和していて、とびっきり若々しい演奏に感じた。

 中古で買ったLPレコードを調べると、なんとカラヤン+ベルリンフィル、ロストロポーヴィチ、オイストラフ、リヒテルという大御所の録音の盤も所有していた。埃をかぶっていたレコードプレイヤーをひっぱり出して聴くこと数十回。(結局、興味がないといいつつも、音源だけは手元にあったんだ)。

 その結果、先に述べたようなチェロのみが主役であるという印象は吹っ飛んだ。この楽曲の主役は「三重協奏曲」というタイトル通り、ソリストであるヴァイオリン、チェロ、ピアノ奏者、そしてもちろんオーケストラもまた主役なのだ。音楽とはそういうものだ、いまさら何を言っているのか、私は!

 たとえば、チェロの音色に加え、必ずヴァイオリンがその問いへ返答、時にはデュエットで応える。ピアノも黙ってはいない。外野からは管弦楽も…。皆々要所で主張し、主役の座を奪う。そこには家族、恋人、友人、同僚たち、等々様々な会話が垣間見える(聞こえる)。まさに「会話」だ。なんと心地良いことだろう。この曲における役者たち(ヴァイオリン、チェロ、ピアノ、オーケストラ)は、脇役と主役を絶妙なコンビネーションで交互に演じているのである。

「音楽は会話…」、と改めて感じさせてくれる嬉しい作品。それがこの「三重協奏曲」であった。

 能書きはともかく、とにかく、興味を持った方はCDを探すなり、ようつべで検索するなりしてこの作品に触れて欲しい。冒頭の前奏からその躍動的な音楽に心奪われるだろう。やがてチェロのソロ、ヴァイオリンのソロに続きピアノのいずれも各々が奏でるメインテーマ、そしてその後のバリエーション。音による会話を楽しもうではないか。




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