講義 西欧音楽史 第1回:古代ギリシアの音楽
この記事で初めて私のことを知られた方は初めまして。
Twitterから来られた方は改めてごきげんよう。
私はCélestine Lefèbvre、カトリックの修道女よ。
普段はTwitterで音楽系学術たん、その中でも特に西欧音楽学たんとして活動しているわ。
西欧音楽学たんとしての活動内容はいくつかあるけど、そのうちの一つは時系列順に西欧音楽史の講義をすることなの。
ってことで、noteはTwitterで行った西欧音楽史の講義内容を皆さんが復習しやすいように、校正や加筆を加えた上で纏めるために運用するつもり。
「note」なんだし、講義の復習に使うには最適でしょ?
逆に、ここで私のことを知った方は、ぜひTwitterにいらして。
さて、自己紹介と前口上はこんなところにして、西欧音楽史の前史、古代ギリシアの音楽の講義の振り返りを早速始めましょ。
まず、古代ギリシアの音楽は一部の例外はあるけど、原則としては歌が主体だったわ。
要するに、歌メロを楽器が装飾するヘテロフォニー音楽ってこと。
単なる単旋律じゃなくて、ヘテロフォニー的な装飾に伴った和音もあったけど、用いられる和音は完全協和音程の完全5度と完全4度だけに限られてたようね。
そして、グレゴリオ聖歌で用いられた旋法種と違って、古代ギリシアの音楽では皆さんの時代同様にオクターブ種が単位として用いられてたのよ。
「旋法種」っていう、きっと皆さんには馴染みの無い概念のことは、次回の講義、グレゴリオ聖歌の時に詳しく説明するわ。
さて、そのオクターブだけど。
クラシックでは音階に含まれる音が音高順に下から上に並べられるけど、古代ギリシアでは逆に上から下に並べられたの。
オクターブは古代ギリシアではハルモニアイって呼ばれてたけど、ハルモニアイを7音に分割する間隔にはディアトノン、クローマティコン、エンハルモニオンの3種類があったわ。
ディアトノンの構造は上から順に全音-全音-半音-全音-全音-全音-半音で、上から分割するか下から分割するかの違いを除いたらクラシックの全音階と同じ。
というより、クラシック(の基盤になったグレゴリオ聖歌)が古代ギリシアの音楽からディアトノンをそのまま引き継いだの。
その意味で古代ギリシアの音楽は明確に西欧音楽の前史と言えるから、私はこうして古代ギリシアの音楽の講義をしてるわけ。
クローマティコンは上から順に短3度-半音-半音-全音-短3度-半音-半音の間隔で、エンハルモニオンは同様に長3度-1/4音-1/4音-全音-長3度-1/4音-1/4音の間隔。
クラシックの調性と同じで7音のどれを開始音にするかで更に7つに分かれるから、つまりは3×7=21個の旋法が古代ギリシアにはあったわけね。
教会旋法に引き継がれたのはディアトノンだけなんだけど、エンハルモニオンにはアラビア音楽みたいに1/4音が含まれてたの。
面白いでしょ?
初期キリスト教会の内部で行われた「どれがキリスト教的か」って議論の趨勢次第では、もしかしたら皆さんが日頃耳にする音楽で当たり前に1/4音が使われてたかもしれないんだから。
もしもの話はさておき、次は、具体的な古代ギリシアの旋法とそれに含まれる音階を紹介するわ。
本来1/4音の記譜のために使う反転♭記号がフォントに無いから、便宜的にqで代用するのを承知しておいて頂戴。
ディアトノン
ドリア(ミレドシラソファミ)
フリュギア(レドシ♭ラソファミ♭レ)
リュディア(ドシ♭ラ♭ソファミ♭レ♭ド)
ミクソリュディア(シラソソ♭ミレドシ)
ヒュポドリア(ラソファミレドシ♭ラ)
ヒュポフリュギア(ソファミ♭レドシ♭ラ♭ソ)
ヒュポリュディア(ファミ♭レ♭ドシ♭ラ♭ソ♭ファ)
クローマティコン
ドリア(ミレ♭ドシラソ♭ファミ)
フリュギア(レシシ♭ラソミミ♭レ)
リュディア(ドララ♭ソファレレ♭ド)
ミクソリュディア(シラ♭ソソ♭ミレ♭ドシ)
ヒュポドリア(ラソ♭ファミレシシ♭ラ)
ヒュポフリュギア(ソミミ♭レドララ♭ソ)
ヒュポリュディア(ファレレ♭ドシ♭ソファ♭ファ)
エンハルモニオン
ドリア(ミドドqシラファファqミ)
フリュギア(レシ♭シqラソミ♭ミqレ)
リュディア(ドソ♭ソqファミ♭シシqシ♭ド)
ミクソリュディア(シソソqソ♭ミドドqド♭シ)
ヒュポドリア(ラファファqミレラ♭ラqラ)
ヒュポフリュギア(ソミミqレドラ♭ラqソ)
ヒュポリュディア(ファレレqレ♭シソソqファ)
ここで、非常に重要な注意を皆さんにするわ。
ルネサンス音楽の時代の教会旋法にも、名前が同じ旋法があるけど、あれは古代ギリシアの旋法とは中身が全く別物なの。
例えば、ディアトノンのドリア旋法はミレドシラソファミだけど、ルネサンス期の教会旋法のドリア旋法はレミファ#ソラシ♭ド#レ。
紛らわしいけど、絶対に両者を混同しないようにくれぐれも気をつけて頂戴。
さて、旋法の話の次はリュトモスね。
リュトモスは時間を分割する体系的な秩序……ま、クラシックでいう拍子とか、詩でいう韻律みたいものって理解してくだされば構わないわ。
古代ギリシア語(コイネーの成立よりずっと古いポリス時代の)は日本語と同じでピッチアクセントを持ってて、母音に長短の区別もあったから、韻律に従いながら文章を読むと、それだけで自然と歌みたいになったのよ。
古代ギリシアじゃ、雄弁家たちが市民を相手に演説をする時なんかはそれを活かして韻文の形式で話してたみたいね。
コイネーの成立以前の古代ギリシア語はサンスクリット語と同じくらい文法が複雑で、異様に難易度が高いから、正直な話、古代ギリシア語そのものをこれ以上講義するのは専門じゃない私には厳しいけど……まあ、古代ギリシアの楽理で曲を書くにしても、歌詞まで古代ギリシア語にする人は少ないでしょうから勘弁して頂戴。
とはいえ、古代ギリシアの音楽はミモス劇みたいな例外を除くと詩に基づいてたから、専門じゃないなりに、私もある程度は詩を説明しなきゃいけないんだけどね。
とりあえず、古代ギリシアの詩の形式は主にヘクサメトロスっていう六歩格よ。
じゃ、具体的なリュトモスを紹介するわね。
長が2拍、短が1拍。
ダクテュロス/長短短の4拍子
スポンダイオス/長長の4拍子
アナパイストス/短短長の4拍子
パイアーン/長短短短の5拍子
クレーティコス/長短長の5拍子
トロカイオス/長短の3拍子
イアンボス/短長の3拍子
これらのリュトモスに言葉を当てはめることで、古代ギリシア人は詩を作ってたの。
それをピッチアクセントと母音の長短を活かして歌みたいに詠んで、楽器の伴奏を付けたのが古代ギリシアの音楽って認識してくだされば問題無いわ。
旋法とリュトモスの話を終わらせて、このままどんどん講義を続けていきましょ。
古代ギリシアの人物って聞いて皆さんが真っ先に連想するのはきっとピタゴラスさんよね、そして西欧音楽学でピタゴラスといえばピタゴラス音律。
ってことで、次は12音程という概念を作ったピタゴラス音律についてよ。
まず、1オクターブが12の音程に分割されてることは誰でもご存知よね。
多分だけど、それが当たり前って思ってる方が多いんじゃないかしら。
でも、12分割は決して普通でも普遍でもないの。
例えばアラビア音楽じゃ1オクターブを24分割してるし、私の弟でカルナータカ音楽たんをやってるサラが担当してるカルナータカ音楽じゃ22分割よ。
翻って、ピタゴラス音律じゃ1オクターブは12分割。
つまり、12音程は自明なことなんかじゃなくて、ピタゴラスさんがピタゴラス音律を生み出したから、西欧音楽の1オクターブは12音程になったの。
だったら、どうして12音程なのか、それはピタゴラスさんが弦の長さを利用して音程を求めたから。
この辺りは口で説明するより実際にやって見せた方が早いでしょうから、ここに一本の弦を用意したわ。
まず、これを適当に爪で弾いたら……ほら、D4が鳴ったでしょ。
で、こっちにあるのがもう一本の弦よ。
こっちを弾くと……今度はD5が鳴る。
今の弦は、さっきの弦のちょうど半分の長さなの。
つまり、弦の長さを半分にすると、音高が1オクターブ高くなるの。
ここから分かるのは、弦の長さが短いほど、それを弾いた時に鳴る音の音高が高くなること。
これで、弦の長さと音高の間に相関関係があるって証明されたわね。
この場合、D4とD5の間に1:1/2って比が成り立ってることは、基礎的な算術の知識をお持ちの皆さんなら、すぐにお分かりいただけるでしょ?
つまり、右側に代入する数字を変えれば、オクターブ以外の音も導けるの。
で、ピタゴラスさんはここに2/3を代入したのよ。
1:2/3だと、2/3の長さの弦の音は1の音に対して完全5度上になるの。
別に1の弦の音は何でもいいんだけど、ここでは便宜上Cってことにするわね。
Cの完全5度上はG、Gの完全5度上はD、Dの完全5度上はA。
こうやって弦の長さを2/3にし続ければ、最終的にはまたCに戻るから、オクターブを12音に分割できるって理論ね。
これがピタゴラス音律の概要だけど、じゃあ2/3って分数はどこから出てきたのかしら、って疑問を皆さんはきっと覚えるでしょうね。
結論から言うと、2/3は1と1/2の調和平均なのよ。
調和平均っていうのは、互いの比率の差が元の比率(この場合1/2)と同じになる平均値のこと。
1:1/2の差は1/2だけど、2/3は1に対しては1/3で、1/2に対しては1/6(4/6-3/6)でしょ。
1/3:1/6は、1:1/2と同じ比率。
つまり、2/3は比率として1と1/2に対してそれぞれ1:1/2の関係にあるの。
ピタゴラスさんは数学者でもあったから、彼は調和平均って概念と2/3って数字を音楽に持ち込んだのよ。
1に対しての2/3は完全5度、つまりオクターブの次に美しく調和する和音になるけど……調和平均から導いた音高が、そのまま元の音高に対して完全協和音の関係になるのは、こればかりは主が作り給うたこの世界の美しさとしか言えないわね。
ただし、この方法では厳密にはオクターブが閉じないのよ。
まず、講義を先に進める前に言っておくわ。
音程はヘルツとセントって2種類の単位で表せるけど、私はセントに慣れてるからセントで講義するわ。
別にヘルツで講義できない訳じゃないけど、私の講義がセントを前提に進むことは、あらかじめ明言しておきましょう。
まず、1オクターブは1,200セントなの。
これは12音程の概念が先にあって、1音程がちょうど100セントずつに分割されるように定められた単位。
考え方としては、皆さんの時代で普遍的に使われてるメートル法と似たようなものね。
つまり、音階を求めるための基準になる最初の音(便宜的にD4にするわ)の1オクターブ上の音(D5)は、D4のぴったり1,200セント上にならなきゃいけないわけ。
けど、ピタゴラスさん式の完全5度を重ねていく方法だと、基準音のD4に対してD5が1,223.46セントになるの。
だから、ピタゴラス音律におけるオクターブは厳密にはオクターブじゃないんだけど、近似値が得られたからここまででいいかってピタゴラスさんは妥協したってこと。
そもそも、数学的にピタゴラス音律の方法論じゃオクターブが厳密な意味で閉じることは永久にないから、それも妥協の理由の一つでしょうね。
じゃ、ピタゴラス音律の手法だとどうして23.46セント高くなるのかしら。
理由はごくシンプルで、完全協和音としての完全5度は本来702セントなの。
それで、さっきも言ったみたいにピタゴラス音律じゃ完全5度を連続させて各音程を求めていくでしょ。
だから、その度に2セントずつ余剰が蓄積されていくわけね。
後は簡単な掛け算で、ピタゴラス音律じゃ1オクターブを12分割するから12×2で24(≒23.46)セント。
この余分な23.46セントは、ピタゴラス音律ではピタゴラスコンマって呼ばれるわ。
けど、1オクターブが1,200セントである以上、D4を基準にした時にD5を1,223.46セントのままにしておくわけにはいかないでしょ?
先述したけど、古代ギリシアの音楽はオクターブ種を前提にしてたんだから、オクターブが閉じてなかったらそもそも音楽体系として成立しないもの。
だから、D5を強引に23.46セント低くして1,200セントって定義せざるを得ないんだけど、そうなると当然の帰結として、Dの半音下のC#にしわ寄せが行って、この2音の間の音程だけ、間隔が本来より23.46セント低くなっちゃうのよ。
これが何を意味するか。
ピタゴラス音律じゃ、23.46セントを押し付けられた1音を含む和音は著しく響きが濁った不協和音になってしまうから、使えないの。
正確には、響きが悪すぎて実用に堪えないのよ。
……って言うと深刻な欠陥に感じるかもしれないけど、これって実はそこまで大きな問題じゃないの。
さて、ここでクイズ。
これにはとてもシンプルでスマートな解決法があるけど、皆さんは、ピタゴラスコンマの存在にどう対処すればいいか分かるかしら。
答えは至って簡単。
別に、ピタゴラス音律を導くための基準音は12音程のどれでもいいんだから、曲の中で使わない音にピタゴラスコンマを押し付ければいいだけ。
残りの11音は普通に機能してくれるんだから、それで作曲すればいいだけの話でしょ?
だから、ピタゴラス音律は中世末期……私がこうしてアヴィニョン市で在俗修道女として西欧音楽史の講義を皆さんにしてる時代まで使われ続けたの。
時系列的に進めていくから詳しく講義するのはもう少し後になるけど、教皇聖下がアヴィニョンからローマに戻られて、ルネサンス音楽の時代に入ったら、中全音律に取って代わられたけどね。
それじゃ、ピタゴラス音律における各音程のセント値を書いて次に移るわ。
ピタゴラス音律の音程はセント値では完全には割り切れないから、悪いけど近似値になってしまうのは承知して頂戴。
C=0
C#=114
D♭=90
D=204
D#=318
E♭=294
E=408
E#=522
F=498
F#=612
G♭=588
G=702
G#=816
A♭=792
A=906
A#=1,020
B♭=996
B=1,110
で、Bの1,110の次のC(正確にはB#)は+114で本来1,224(≒1,223.46)セントになるわけ。
平均律と違って#と♭が異名異音で、#の方が高いのがピタゴラス音律の特徴。
さて、まだ残ってるのは楽式と楽器に関してくらいね。
まずは楽式から。
講義の冒頭の方で話したけど、古代ギリシアの詩はリュトモスを使って半ば歌われてたの。
で、古代ギリシアの音楽は歌メロを楽器で装飾するヘテロフォニー音楽だったことも既に話したわ。
何が言いたいかっていうと、要するに、古代ギリシアの音楽では楽式と詩の形式がほぼ直結してたってこと。
じゃ、以下具体的な楽式。
叙事詩
イリアスとかオデュッセイアは古典文学として非常に名高いけど、それらに代表される、ギリシア神話から題材を取った詩。
リュトモスの時に触れたダクテュロス(長短短の対句形式の六歩格)で書かれて、リラの伴奏が付く。
叙情詩
詩で表現される内容は違うけど、楽式としては叙事詩とほぼ同じ。
ただし、叙情詩って性質上、叙事詩よりも作家性が強いわね。
頌歌
コロス(英語のコーラスの語源よ)っていう踊り手も兼ねた合唱隊による叙情詩の合唱で、コロスはストロペー、アンティストロペー、エポードスの三部編成。
ストロペーは上手(向かって右)から下手(左)に移動しながら明るく力強い内容をダクテュロスの対句形式で歌って、アンティストロペーはそれに応じて下手から上手に移動しながら陰鬱で悲哀な内容を歌う。
エポードスは結びで、弱強三歩格の後に弱強二歩格を続けた詩。
アウロスの伴奏付き。
パイアン
ドリア旋法を使ってメロディが書かれた、アポロンに捧げるための讃歌。
リード歌手のソロと合唱が、同じフレーズを交互に歌う形式。
グレゴリオ聖歌風に言うとレスポンソリウムね。
ギリシア神話じゃキタラーはアポロンの楽器とされてたから、伴奏はキタラー。
エレゲイア
アウロスの伴奏が付く、死を哀悼する2行の叙事詩。
1行目はダクテュロスのヘクサメトロス、2行目はダクテュロスのペンタメトロス(五歩格)。
ディテュランボス
ディオニソスに捧げるための讃歌。
古代ギリシアでも特に熱狂的だったディオニソス信仰が曲調に反映されてて、アウロスかバルビトンが伴奏のコロス50人の男声合唱。
トラゴーイディア
ディオニソスに捧げるためって体裁で書かれた、いわゆるギリシア悲劇。
ギリシア神話を題材にした沈痛で悲しい物語で、3作とサテュロス劇1作が1セットの構成。
ストーリーはゴニスト(仮面を着けた台詞付きの登場人物)3人とコロス(こっちも仮面装着)の合唱の掛け合いで進行して、他に台詞の無い登場人物も何人か登場する。
これは喜劇とサテュロス劇も同じだけど、伴奏はアウロスで戯曲は韻文。
コモイーディア
いわゆるギリシア喜劇。
ギリシア演劇じゃゴニストを3人までしか出さないから、喜劇も悲劇と同じようにゴニストとコロスの掛け合いで進行。
文字通りコミカルな劇で、神話が題材の悲劇に対して、こっちは民衆の日常とか恋愛みたいな俗な題材が多い。
敢えてクラシックで例えたら、オペラとオペレッタの違いみたいなものかしら。
サテュロス劇
悲劇と同じ形式で上演されるけど、中身は滑稽な、コロスの合唱付き音楽劇。
コロスがディオニソスの従者のサテュロスに扮して、ユーモラスな仕草と台詞で客を笑わせる内容。
古代ギリシアじゃ3作の悲劇が連続で上演された後、最後にサテュロス劇が上演されて終幕するのが定番の公演プログラムだったの。
ミモス劇
悲劇、喜劇、サテュロス劇はポリスに公認されてた「格式高い」劇だけど、ミモス劇は、民間で演じられてたそれ以外の劇の総称。
即興的なストーリー展開も多くて、コロス無しでゴニスト数人で演じられてたのが特徴。
純粋な劇だけじゃなくて、物真似やパントマイムみたいな雑芸もミモス劇扱いで、戯曲が韻文だった他の劇と違って、台詞が散文。
ま、古い時代の日本でいう散楽みたいなものね。
以上、楽式は紹介し終わったから、最後に楽器。
リラ
言わずと知れた古代ギリシアの象徴。
ギリシア神話じゃエルメスが発明したとされてる小型の竪琴で、ラプソドス(吟遊詩人)が弾き語りに使ってた楽器。
だから、叙事詩と叙情詩はリラの伴奏付きなの。
義甲無しで指で直接弾くから、古代ギリシアでは基本的に男性向けの楽器ね。
バルビトン
女性向けに少し小型化して、素手じゃなくて義甲を使って奏でられるようにしたリラ。
サッフォーみたいな女性詩人が奏でてたのはリラじゃなくてこっち。
自分が選んだ少女しか入れない学校を創立して、生徒に愛の詩を贈ってたサッフォーってとても背徳的よね。
個人的には好きだけど、そういうの。
キタラー
簡単に表現すると大型の7弦リラ。
サイズが大きくなったり内部構造も複雑になった分、演奏がリラよりかなり難しくなったみたい。
ギリシア神話じゃキタラーはアポロンを象徴する楽器とされてて、サイズ的に女性には演奏が難しいから、主に男性の職業音楽家が使ってた楽器(ローマでは女性も使ってたけど)。
パンドラ
ネックが長いリュート属の撥弦楽器で、皆さんの時代にあるマンドリンの先祖。
共鳴胴があって弦は通常は3本、3弦だからトリコルドンって別名持ち。
ちなみに、パンドラの箱の英語のスペルはpandoraでこっちはpandura。
名前が酷似してるのは全くの偶然で、特にこの楽器の名前がパンドラの箱に由来してたりはしないわ。
アウロス
ダブルリードの縦笛。
皆さんの時代の楽器で例えるなら、オーボエがイメージ的に一番近いかもしれないけど、アウロスは構造的に1/4音を簡単に鳴らせた点が大きく違ってるわね。
スポーツとか劇とか宴会とか、公私を問わず様々な場面で演奏された、古代ギリシアじゃ一番重要だった楽器。
キタラーとは対照的に、こっちは主に女性音楽家に用いられた楽器で、アウロス奏者の女性は娼婦を兼ねてることが多かったそうよ。
サルピンクス
皆さんの時代のトランペットの直接の祖先に当たる管楽器。
形はラッパに似てて、戦場で味方の戦意高揚のために吹くのが主な用途。
古代ギリシアに限らず、ラッパ状の楽器は他の地域でも大抵は軍楽のために使われてることが多いわね。
シュリンクス
多管を束ねた管楽器……簡単に言うと、皆さんの時代でも演奏されてるパンパイプね。
構造とかもほとんど同じだし、パンパイプとはただ名前が違うだけで同じ楽器って理解してくださって構わないわ。
マガディス
弦の本数が多いからオクターブを同時に鳴らせた20弦ハープ。
何故かは知らないけど、古代ギリシアじゃ男性にはあまり好まれてなかったらしくて、専ら女性の楽器扱いだったみたいね。
ヒュドラウリス
史上初めて発明されたオルガンで、空気じゃなくて水力を使って音を出す仕組み。
音を鳴らす仕組みこそ違うけど、楽器としての構造からすると、出せる音色は皆さんの時代のパイプオルガンとそんなに変わらなかったはず。
テュンパノン
小型の枠太鼓で、ディオニソス崇拝の儀式で女性が叩くのが主な用途。
何となくディオニソス神の信徒って男性が多い印象(私はカトリック教徒だから、これは単なる個人的なイメージだけど)だから、テュンパノンを叩いてた女性は恐らく巫女だったんじゃないかしら。
クロタロン
フォークみたいな形をした一種のカスタネット。
柄を持って腕を振って音を鳴らす構造になってて、2つで1組になってるから、実際に使う時は両手に1つずつ握るの。
キンバロン
ディオニソス崇拝の儀式で使われてた小型のシンバル。
他のギリシア神話の神々と比べてもディオニソスへの偶像崇拝は特に熱狂的だったのは有名だけど、だからこそテュンパノンとかキンバロンみたいな打楽器は、信徒の熱狂を更に煽るのにぴったりだったんでしょうね。
さて、楽器の紹介も以上。
旋法、音律、リュトモス、楽式、楽器……もう十分に講義し尽くしたわよね。
ってことで、古代ギリシアの音楽の講義はこれで終わり。
西欧音楽史の講義は時系列順に進めていくから、次回の講義はグレゴリオ聖歌よ。
質問はいつでも受け付けてるから、もっと詳しく知りたいこととか、私の講義内容への疑問点があったら遠慮なく訊いて頂戴。
それじゃ、次回の講義でも皆さんの顔を見られるのを楽しみにしているわ。
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