見出し画像

講義 西欧音楽史 第5回:ルネサンス音楽

さて、今回の講義内容はルネサンス音楽。いよいよ、所謂「クラシック」の講義に入るわ。
とは言っても、ルネサンス音楽は皆さんがクラシックと聞いてイメージするような音楽とは随分と違うの。
その辺りも含めて詳しく解説していくから、興味のある方は聞いて頂戴。

まずは「クラシック」の定義から。
クラシックを民族音楽じゃなくてクラシックたらしめてる最大の定義は、3度の和音。
3度って、協和音として扱うには「度数が異常なまでに近すぎる」の。
完全4度とか完全5度って言葉があるように、普通は、協和音と言ったら4度か5度。
一応、アフリカには3度を協和音として扱う民族がいるけど、それでも3度を協和音として扱うのは世界的に見て特異な感覚なのよ。
その特異性こそがクラシックの本質と言っても過言じゃないわ。


前時代のアルス・スブティリオルで、曲のリズムを安定させるためにバスの概念が生まれたから、3声部が基本だった中世西欧音楽と違って、ルネサンス音楽以降のクラシックは4声部構成が普通。

ルネサンス音楽では、各声部を以下のように呼ぶわ。

スペルウス→「さらに上の」って意味で、旋律が豊かに動き回る最上声部
コントラテノール・アルトゥス→「テノールより高い」って意味の声部で、スペルウスに次いで旋律の動きが目立つパート
テノール(定旋律)
コントラテノール・バッスス→「テノールより低い」って意味の声部で、主に全体的なリズムを支える役割のベースライン

それぞれの音域は、大体こんな感じね。

スペルウス:C4-A5
コントラテノール・アルトゥス:F3-D5
テノール:C3-A4
コントラテノール・バッスス:F2-D4


次に、教会旋法。
ルネサンス音楽をきちんと説明するには、この時代の教会旋法について詳細に触れる必要があるのよ。
きっと、今私の講義を受けてる皆さんの中には対位法の本を読んだことのある方もおられるでしょう。
そして、その中にはきっとこう書かれてたはずよ。
「中世まで8種だった教会旋法にイオニア旋法とエオリア旋法が追加されて12種に増えた」って。

だけど、その記述は正しくないの。
いえ、言っていること自体はその通りなのよ?
机上の空論としては事実なの。
でも、それは実情を反映した説明とは言えないのよ。

以前、グレゴリオ聖歌の講義の時に「旋法種」の話をしたのを覚えておいでかしら。
ルネサンス音楽が始まった時、西欧音楽にパラダイムシフトが起きて、それまで用いられてた旋法種が放棄されて、代わりにオクターブ種が採用されたって話。
これを主導したのはグラレアーヌスさんだけど、あの時に少し触れたように旋法種の放棄とオクターブ種の採用はそれまでの教会旋法の体系に致命的な打撃を与えたのよ。
だって、オクターブ種の世界じゃ、もはや近親性のシステムは成り立たないんだもの。
つまり、見かけ上は全く同じ教会旋法でも、実際の働きは全くの別物になるってこと。
言い換えると、ルネサンス音楽の時代の教会旋法は、教会旋法が崩壊して長短の調性システムに統合されていく途上の体系なの。
ルネサンス音楽の教会旋法は、グレゴリオ聖歌とか中世西欧音楽の教会旋法とは、見かけは同じでも性質はかなり違うのよ。

じゃ、具体的にどう違ったのかしら?
まず、コンフィナリスからドミナントに呼び名の変わった属音が、これまたフィナリスからトニックに呼び名の変わった主音の完全5度上に固定されたわ。
理由は、楽曲の音域をオクターブの範囲内に収めるため。
この時点で教会旋法から「正格」と「変格」の概念が消えて、実際の教会旋法の数は12に増えるどころか逆に6つに減ったことになるでしょ?
そして、リディア旋法がイオニア旋法(後の長調)に吸収されて他の教会旋法より先に消滅した。
理由は、リディア旋法は主音と4度の間隔が増四度になってて、増四度を解消するために♭で4度の音が下方変位されることが多かったんだけど、4度の音を下方変位させてる状態のリディア旋法は、構成音の間隔がイオニア旋法と全く同じだから。
ジャズのリディアン・クロマティック・コンセプトっていう理論だと、長調じゃなくてリディア旋法こそ自然で本源的な旋法って考えるんだけど、クラシックでは人工的に作られたイオニア旋法(後の長調)とエオリア旋法(後の短調)が生き残ったの。
シがトニックのロクリア旋法は理論上は存在できるけど、ドミナントのファとの間が三全音(トライトーン)になるから実用はされなかった。
だから、ルネサンス音楽の時代の教会旋法は実質的にはドリア旋法、フリギア旋法、ミクソリディア旋法、エオリア旋法、イオニア旋法の5つだったことになるわね。
実は、教会旋法の数は増えたんじゃなくて減ったのよ。

他の違いとしては、シ♭以外の変異音を一切認めなかった中世西欧音楽までの教会旋法に対して、この時代の教会旋法では導音を作るために第7音に#を付けたりすることも認められたわ。

百聞は一見に如かず、実際に見ていきましょうか。

ドリア旋法

レミファ#ソラシ♭ド#レ
トニック:レ
ドミナント:ラ

ルネサンス音楽の時代に一番スタンダードだった旋法で、優雅で慎ましやかな安定感のある旋律が生まれる。


フリギア旋法

ミファ#ソ#ラシドレミ
トニック:ミ
ドミナント:ド

バロック期以降の調性システムからは最も遠い旋法で、だから長短の調性で書かれた曲には無い浮遊感のある甘美な響きを持たせられる。
フリギア旋法の終止形は、他の旋法と違ってファ→ミ。


ミクソリディア旋法

ソラシドレミファ#ソ
トニック:ソ
ドミナント:レ

熱狂や歓喜や愉悦を表現する、とても明るくて開放的な響きの旋法。
イオニア旋法より更に響きが明るいから、「超長旋法」って呼ばれることもあるわ。


エオリア旋法

ラシド#レミファソ#ラ
トニック:ラ
ドミナント:ミ

穏健で優しいけど、少し悲しい響きの旋法。
この時代に新たに追加された、人工的に作られた旋法で、後の短調ね。


イオニア旋法

ドレミファソラシド
トニック:ド
ドミナント:ソ

陽気で活発な性質の旋法。
この時代に新たに追加された、人工的に作られた旋法で、後の長調になった。


ルネサンス音楽の時代の教会旋法は、実質的にこの5つ。
この5種の旋法を使って厳格対位法で書かれた音楽がルネサンス音楽の定義で、最初期のクラシックなの。
3度の和音がベースって意味なら紛れもなく同じ「狭義のクラシック」だけど、長短の調性に基づいて自由対位法とか和声法で書かれるバロック音楽以降のクラシックとは、曲調も理論もかなり違うのよ。


それと、音律も変わったわ。
遥か古代ギリシアの時代から中世西欧音楽の末期までは長らくピタゴラス音律が使われてきたけど、クラシックでは3度の和音の調和が最も重視されるから、ルネサンス音楽の時代からは新たに3度が最も美しく調和する中全音律が使われるようになった。

とりあえず、中全音律の値をセントで表記しておくわね。

中全音律

ド=0
ド#=75.5
レ=193
レ#=310.5
ミ=386
ファ=503.5
ファ#=579
ソ=696.5
ソ#=814
ラ=889.5
ラ#=1,007
シ=1,082.5

ご覧の通り、中全音律の5度は完全5度(702セント)より少し狭いの。
386セントの純正な長3度を作るために、五度の間隔を狭くしたのが中全音律だから。
つまり、中全音律だと5度の和音の響きが濁っててそんなに綺麗じゃないけど、純正な3度と同時に鳴らしたら5度の和音の濁りが許容範囲になるって発送。

さて、次は……。
いきなり厳格対位法の理論を説明してもいいけど、先に記譜法の話をしましょうか。
その方が説明が楽だから。
この時代の記譜法は、白色計量記譜法。
基本的には皆さんの時代の五線譜に近いのだけど、違ってる部分も少なくないの。
だから、具体的な違いを挙げていくことにするわね。

まず、黒色計量記譜法ではブレヴィスをタクトゥス(1拍)として数えてたけど、白色計量記譜法ではセミブレヴィスをタクトゥスとして数える。
およそBPM=60前後で、五線譜と違って、BPMを具体的に数字で指示したりは原則としてしない。

音符の数は、黒色計量記譜法では5種だったけど、マクシマ、ロンガ、ブレヴィス、セミブレヴィス、ミニマ、セミミニマ、フッサ、セミフッサの8種に拡張された。

黒色計量記譜法と同じく、ペルフェクトゥム(完全分割)とインペルフェクトゥム(不完全分割)の概念もまだ残ってる。


𝆶/𝇁𝇁 マクシマ

白色計量記譜法で最も音価が長い音符/休符で、ロンガの旗の部分を左に更に長くした形。

𝆷/𝇁 ロンガ

マクシマを分割した音符/休符。

𝆸/𝇃 ブレヴィス

ロンガを分割したもので、五線譜の倍全音符に当たる。
休符はロンガ休符の下半分。

𝆹/𝇄 セミブレヴィス

ブレヴィスを分割したもので、五線譜の全音符に当たる。
白色計量記譜法だと、これの音価がタクトゥスの基準になるわ。

𝆹𝅥/𝇅 ミニマ

五線譜の2分音符に相当。

𝆹𝅥𝅮/𝇆𝇅 セミミニマ

五線譜の4分音符に相当。

𝆹𝅥𝅯/𝅯 フッサ

五線譜の8分音符に相当。

𝆺𝅥𝅯/=| セミフッサ

16分音符に相当。


クレフ

基本的に五線譜と同じ機能だけど、黒色計量記譜法と同じで、置かれる位置が固定じゃなくて場合によって移動する。
調性を指示する時に使われる五線譜のクレフと同様に、後ろに♭(機能は現在と同じ)が付けられることもある。
G(五線譜のト音記号)、𝇐(五線譜のハ音記号)、ロンガの音符の右側に𝆹2つの下に縦棒を伸ばしたもの(五線譜のヘ音記号)の3種がある。
ヘ音記号は𝆹2つに挟まれた線がファの音を示す。


シグヌム

音符を2分割するか3分割するかを指定する記号で、五線譜の拍子記号みたいにクレフの後に記される。
これも黒色計量記譜法と同じで、○は三位一体を、Cは1つが欠けた不完全を示しているわ。

⦿3:全てペルフェクトゥム
⦿:順にインペルフェクトゥム、インペルフェクトゥム、ペルフェクトゥム、ペルフェクトゥム
○3:ペルフェクトゥム、ペルフェクトゥム、ペルフェクトゥム、インペルフェクトゥム
○:インペルフェクトゥム、インペルフェクトゥム、ペルフェクトゥム、インペルフェクトゥム
𝇊3:ペルフェクトゥム、ペルフェクトゥム、インペルフェクトゥム、ペルフェクトゥム
𝇊:インペルフェクトゥム、インペルフェクトゥム、インペルフェクトゥム、ペルフェクトゥム
C3:ペルフェクトゥム、ペルフェクトゥム、インペルフェクトゥム、インペルフェクトゥム
C:全てインペルフェクトゥム


ディミヌティオ

白色計量記譜法になって新しく登場した表記法で、シグヌム記号に縦線を入れてBPMを倍にすること。
例えばCに縦線を入れたら¢に、Oに縦線を入れたら𝇉になる。


コロラティオ(着色符)

白色の音符を塗り潰したり、色付きの音符を白色で書いたりすること。
メンスラティオがインペルフェクトゥムの場合は3連符の機能を、ペルフェクトゥムの場合はヘミオラを指示する機能を持つ。
これは、黒色計量記譜法のコラールとほとんど同じね。

さて、白色計量記譜法については、ざっとこんなもの。
いよいよ、厳格対位法の理論を講義していくわ。
ここからが今回の講義の本番と言えるわね。


まず、厳格対位法を使って楽曲を書くなら、和声法のカデンツとかポピュラーのコード進行の概念を一度頭の中から消し去ること。
これが重要になってくるわ。
何故なら、そもそもの考え方が違うから。
カデンツにしろコード進行にしろ、それ自体が楽曲の構造的な基礎の役割を持ってるけど、厳格対位法では定旋律そのものが構造的な基礎なの。
要は、主従の逆転ね。
厳格対位法ではカデンツやコード進行ありきでメロディを作るんじゃなくて、メロディ同士が対位法で絡み合った結果として和声が生まれるのよ。
定旋律ありきで、和音は二次的に発生するものってことをまず理解してくださらないと、厳格対位法を使いこなすのは難しいでしょう。


最初は、厳格対位法の理論における一般論としての旋律の扱いについて。

旋律の基本単位は音程、すなわち同時に鳴る2音間の距離。
2音が同時に鳴る時、その縦の距離を和声的音程、2音が連続して鳴る時、その横の距離を旋律的音程って呼ぶ。
この、和声的音程と旋律的音程が厳格対位法の基本的な単位。
同じ音を連続で鳴らすことを平行進行、音が2度上か2度下に動くことを順次進行、3度以上動くことを跳躍進行と呼ぶわ。
厳格対位法では、長短2度、長短3度、完全4度、完全5度、完全8度の旋律的音程でメロディを書く(上行の跳躍進行の場合のみ、短6度も許容される)こと。
あらゆる増音程と減音程は禁則。
原則的に、楽曲に使うのはブレヴィスからセミミニマまでの音価の音符で、後述するけどフッサ以下の音符は用法が限定される。
こうやって理論と記譜法の間に関連性があるから、厳格対位法の解説より先に、白色計量記譜法の解説をしておいたのよ。
旋律の書き方としては、最高音を後半に置いて、小さな上行と下行を穏やかに続けながら次第に最高音に行き着くのが美しいとされる。
あくまでもこれはルネサンス音楽の時代の美意識だから、別に皆さんが厳格対位法で曲を書く時に守る必要はないけど、もしルネサンス音楽風の曲を書きたいなら頭の片隅に置いておくべきね。

強拍のミニマにセミミニマを続ける場合、順次進行で上行させるのは鋭い響きになるから禁則(最初に下行の3度、4度、5度、8度の跳躍を置いてから順次進行で上行させるとバランスが取れる)。
セミミニマは、強拍のミニマにまで順次進行で上行させるのが最もバランスが取れる。
おおよその目安で禁則ではないけど、セミミニマを連続して鳴らすのは9個が上限とされてるわ。

まるで咳き込んでるみたいな印象(ルネサンス音楽は基本的に声楽よ)を聴衆に与えちゃうから、小節の強拍のミニマの位置に2個のセミミニマを孤立させないことが望ましい(ただし、その後に続くミニマが掛留される場合と、2つ並んでるセミミニマの初めの方がその前のミニマとタイで結ばれてる場合は許容される)。


さて、厳格対位法の理論はこれでおしまい……な訳じゃないの。
ここまで講義してきたのは、あくまで一般論としての旋律の書き方。
それとは別に、シチュエーションごとの旋律の扱いの規則も多くあるの。
だから、次はそれらを説明していくわ。


まずはカントゥス・フィルムス(楽曲の主旋律)の場合から。
主旋律は、テノールの声部に置くのが一般的。
基本的には順次進行で書くのが原則だけど、3度の跳躍も構わない。
4度、5度上に跳躍する時は、直後の音を順次進行で反行させるか、逆方向に跳躍進行させてバランスを取ること。
下行の跳躍進行の後には上行の跳躍進行を、上行の跳躍進行の後には下行の順次進行を続けるのが普通。
もし上行の跳躍を連続させたい時は、旋律的音程が大きい方の跳躍を先に置くこと(3度の跳躍も含めて)。
下行の跳躍を連続させたい時は、逆に小さい方の跳躍を先に鳴らしてから大きな跳躍をさせること。
長6度以上の大きさの跳躍進行は、オクターブを除いて禁則。
理由は、ルネサンス音楽は原則的に声楽だから、人間の声で極端な跳躍進行のメロディを歌うのは難しいし、聴衆からしても自然には聴こえないから。
さっき言ったように増音程や減音程は禁則だから、半音進行(ド→ド#みたいな増1度や減1度の進行)も禁則。
強拍の音符からの上行の跳躍も禁則(下行の跳躍や弱拍の音符からの跳躍は認められる)。
平行進行は連続で3回まで、それ以上は禁則。

開始音と終止音はトニックかドミナントの完全協和音にして、終止音の前の音は導音にすること。
最高音は新鮮な感覚を保つために旋律の中で1度だけ、最低音も複数回使いたいなら間隔を開けて鳴らすこと。

導音はトニックに半音上行させて解決させること。
導音を複数の声部で重複させるのは禁則。
導音を前の音から上行の跳躍進行で鳴らすのも禁則、下行の跳躍進行なら許されるけど、順次進行の方が望ましい。
刺繍音は原音の下に来るのが普通で、セミミニマ以下の音価の音符の前で原音の上に置くことは禁則。
同音連打(声楽でこの言い方が適切かは分からないけど)はミニマ以上の音価の音符ではよく行われるけど、セミミニマでは上から下行して現れる先取音を例外として禁則(セミミニマの先取音は、ルネサンス音楽では頻繁に使われる手法)。

3声以上の対位法の時、ユニゾンは2声部の間ではいつでも自由に鳴らしていいけど、全ての声部が同時にユニゾンを鳴らしていいのは楽曲の最初と最後の小節でだけ。

セミミニマの先取音は付点ミニマの後ろに置くのが普通だけど、セミミニマの後に置いてもいい。
先取音を使っていいのは弱拍のセミミニマが上から順次進行で下行する場合だけ(協和音でも不協和音でもいい)。
特に、フッサで装飾される掛留不協和音の前に先取音を先行させるのは効果的な手法。

セミミニマの同じ方向への連続進行が認められるのは3度上行の後に2度上行が続く場合か、2度下行の後に3度下行が続く場合に限られる。
つまり、セミミニマが2回以上同じ方向に跳躍を続けるのは禁則。
下からの順次進行で導入された弱拍のセミミニマは経過音として更に上行を続けるのが規則だけど、3度下行跳躍した後2度上行する動きの場合だけは例外として許可される。

同じ音価の音符を結べるのはミニマが最小で、セミミニマ以下の音符をタイで結ぶのは禁則。
異なる音価の音符を結ぶ場合、音価の小さい音符が前に来るのは禁則(ただし、後ろの音符が曲の最後の音である場合は許可される)。
音価の大きい音符が前に来ること自体は禁則じゃないけど、これが許可されるのは、互いの音価が2:1の関係にある場合に限られる(両方の音符に付点を付けてもいいけど、2重付点を付けるのは2:1にならないから禁則)。
この時、付点ミニマを用いた場合に後続するセミミニマは経過的不協和音でも刺繍音的不協和音でもいいけど、上行跳躍は禁則。

フッサは2個を1対として用いるのが原則で、順次進行で導入して順次進行で解決すること。
刺繍音的用法をしていいのは2音目が原音の下に来る時だけ。
理由は、1対のフッサの2個目が1個目より2度高くなるのは、前後も含めた全体が順次進行で上行する場合にだけ認められるから。
フッサを置いていいのは弱拍の4分音符の場所だけ、言い方を変えると、フッサが付点ミニマより音価の大きい音符の後ろに続くのは禁則。
この3つの規則を守れば、フッサは不協和音になっても構わない。


カントゥス・フィルムスの規則に関しては、ざっとこんなところかしら。
次に、コントラ・プンクトゥス(対旋律)の規則。

曲の頭は完全協和音で始めること(ただし、弱起の場合は不完全協和音でも許される)。
曲の最初と最後の小節を除いて、各小節の最初のセミミニマに1度を用いるのは禁則(その他の拍では自由)。
定旋律と10度以上離れるのは原則として禁則だけど、これは旋律的音程の流れをスムーズにするためなら破っても許される。
禁則じゃないけど、旋律的音程はなるべく順次進行を心がけて跳躍進行は避けること。
これも禁則じゃないけど、対旋律の進行はカントゥス・フィルムスの旋律的音程に対してなるべく反行や斜行で進行させて、平行進行は避けること。
定旋律に対して平行3度や平行6度を4回以上続けるのは、旋律としての独立性が失われるから禁則。
3声以上の厳格対位法の時、外声部を含む3つ以上の声部が同時に同一方向に4度以上大きく跳躍進行するのは禁則(ただし、オクターブの跳躍は例外)。

定旋律の音価がセミブレヴィスの時に、セミミニマを連続させて対旋律を書く場合は、小節の1番目と3番目(つまり強拍)のセミミニマには協和音を用いること(ただし、強拍のミニマの後に下行の順次進行の中で現れる場合は、3番目のセミミニマが不協和音になってもいい)。
小節の2番目と4番目のセミミニマでは不協和音を鳴らしてもよくて、順次進行による経過的不協和音の他に、下側への刺繍音としての不協和音も許される(後ろにセミブレヴィスまたはミニマが続く時は、原音の上側への刺繍音を用いてもいい)。
ここまで挙げてきた規則をきちんと守ったら、掛留音やセミブレヴィスの後の弱拍のミニマの音が不協和音になることが普通にある(ただし、セミミニマが先行する場合には不協和音にならない)けど、それは認められる。
掛留音とかセミブレヴィスの後のセミミニマにもこれと同じ規則が適用されるし、弱拍のミニマから掛留されたセミミニマが不協和音になることはない(ただし、掛留不協和音の装飾的解決の場合は例外)。


コントラ・プンクトゥスに関してはこんなところね。
最初に言ったように厳格対位法の基礎は旋律であって、旋律同士の絡み合いで楽曲は進んでいくけど、かといって縦の響き(和音)を全く無視してる訳じゃないの。
それぞれの旋律がいくら美しくたって、同時に鳴らした時に聴き苦しい響きになったら何の意味もないってこと。
厳格対位法には異なる声部で同時に鳴らされる音、和声的音程についての規則もあるから、次はそれを説明していくわ。

完全1度、完全5度、完全8度

厳格対位法の理論における完全協和音。
定旋律の音に対して完全協和音に当たる音を平行進行すること、定旋律と対旋律の音程が完全協和音の間隔になる時に、どちらかの声部の旋律的音程が前の音から平行進行することは禁則。
要は、完全協和音から別の完全協和音への進行は禁則だけど、逆に言うと間隔さえ空ければ自由に使っていいの。
ただし、この規則が適用される対象は、対をなす2つの声部間の和声的音程に限られるから、声部を交錯させて譜面の上で形式的に回避させておけば、3声以上の厳格対位法で書かれた楽曲で「実際に耳に聴こえる音として」平行5度や平行8度が聴こえるのは構わない。
完全1度を同時に鳴らしていいのは定旋律の最初と最後だけ。


長短3度、長短6度

厳格対位法における不完全協和音で、完全協和音と違ってどんな条件でも常に使っていい。
別に規則じゃないけど、3度を平行させる場合は長3度の後に短3度が続くのが普通。


長短2度、完全4度、増減4度、減5度、長短7度

例外はあるけど、基本的には不協和音扱い。
原則として鳴らしていいのは弱拍でだけで、ミニマより長い音価を与えるのは禁則。
厳格対位法における不協和音は、経過和音的用法、掛留和音的用法、刺繍和音的用法の3つに大別できる。
3声以上の対位法の時、完全4度と増減4度と減5度はバスとの間に生まれたものじゃない限り、不完全協和音として扱われる。
つまり、完全4度と増減4度と減5度が上声部と中声部の間とか中声部同士の間に現れる時、言い換えると3声以上の対位法では、3和音の原形もしくは第1転回形の構成音として使っていい。


その他の規則とか、いろいろ。

隠伏5度、隠伏8度

2つの声部が異なる和声的音程から平行進行で5度や8度の関係に達すること。
基本的には禁則だけど、旋律の模倣の結果そうなった場合は許される。
他にも、3声以上の厳格対位法で内声と外声の間や内声同士に生じた場合も認められる。
4声対位法で上声部が順次進行で動いてる時に、外声の間に生まれた隠伏8度も許される。


カンビアータ

セミミニマによる不協和音の処理の原則の例外で、ルネサンス音楽で愛用されてた技法。
普通はセミミニマの不協和音は弱拍に順次進行で導入して順次進行で解決させるけど、カンビアータは上から弱拍に順次進行で不協和音を導入して、3度の下行跳躍で解決させてから2度の上行を続ける。
実際の楽曲では、セミミニマだけじゃなくて他の音価も使った混合リズムで現れることが多いわね。
カンビアータの3番目の音がセミミニマの場合はそれに続く4番目の音もセミミニマかつ、5番目の音は必ず前の音から2度上行させるのが規則。
3番目の音がミニマの場合(3番目の音の音価は必ずミニマかセミミニマのどちらかにするのが規則)は、4番目の音の音価はミニマでもセミブレヴィスでもよくて、2度上行させる必要もないわ。


協和的4度

3声以上の対位法で、同一音に留まってるバスの上に順次進行で弱拍に導入される4度のこと。
次の強拍にタイで結ばれて強い不協和音を作って、次の弱拍で正規に解決される。
完全4度は本来は不協和音扱いだけど、協和的4度は協和音に近い柔らかい響きを持つから、例外的に広く用いられるの。


通模倣様式

どれか1つの声部が定旋律を保持して他の声部が対旋律を奏でる定旋律様式に対して、各声部が均等な関係で模倣を行う様式のこと。
今まで講義してきた中世西欧音楽ではテノールが定旋律を鳴らして、それに合わせて他の声部が対旋律を鳴らしてたでしょ。
すぐ後の時代のバロック音楽にも、通奏低音があるわ。
それに対して、楽曲の定旋律を低音の声部だけじゃなくて全ての声部が奏でるのがルネサンス音楽の特徴なの。
先行する声部の旋律を他の声部が引き継いで再現する模倣が多用されて、各声部が互いに模倣し合いながら旋律を奏でていくから通模倣様式。
この様式の効果としては、曲の雰囲気に統一性が生まれることが挙げられるわね。
各声部の区切り方は自由で、旋律の終止のタイミングが一致してなくても構わないから、各声部が複雑に絡み合って旋律が常に流れ続けてるみたいな印象が生まれる訳。
厳格対位法では5度の模倣が最も一般的だけど、ユニゾンもしくはオクターブの模倣も珍しくないわ。
逆に、それ以外の和声的音程による模倣はごく少ない例外があるくらいで、まず行われない。
模倣させる旋律には、聴衆を飽きさせないために、ここまで挙げてきた厳格対位法の法則の数々で許される範囲で、目立った動きとか大きな跳躍みたいな変化をスパイスとして入れるのが望ましいわね。


ストレット

対位法による楽曲で、主旋律を他の声部が模倣する時に、主旋律がまだ最後まで歌い終わってないうちに他の声部が次々と重ねて主旋律を歌う技法。
これをやると音符が強拍と弱拍を次々と移り変わるから、リズムに変化が生まれて緊張感が高まる効果があるの。


音画法(マドリガリズム)

歌詞の単語の意味を音楽に反映させる技法。
例えば「高い」って単語の音階を高くしたり、光って単語を白符で、闇って単語を黒符で歌ったりすること。
遊びといえば遊びなんだけど、これはマドリガーレで特に多用されたわ。

ディミニューション

ルネサンス音楽で流行してた技法で、主旋律のメロディを即興で細かく分割して変奏する技法。
これは記譜法と密接に関係してる技法で、譜面には最低限の数の音を書いておいて、実際にその曲を歌う時に即興的に音を増やすの。
ルネサンス音楽の作曲家には教会の聖歌隊出身の方が多かったから、その時々の教会側からの要求に柔軟に対応できるように、意図的に譜面を細かく書き込まずにアドリブの余地を残しておいた側面もあるわね。

変格終止

呼び方こそ変格終止だけど、ルネサンス音楽の楽曲では一般的だった終止形。
和声法だとV-Iが基本的な終止形だけど、ルネサンス音楽ではIV-Iの解決で楽曲が終止されることが多かったの。
中性西欧音楽の時代にあった二重導音終止は、ルネサンス音楽の時代には完全に廃れて、もう使われることはなくなったわ。
それと、ルネサンス音楽の終止形としては他にもう一つ、フリギア終止もあるわね。
こっちはテノールが音階の第2音から第1音に下降して、II-Iで終わる終止。
フリギア旋法だと音階の第1音と第2音の間が半音になるから、それがフリギア終止って名前の由来。


それじゃ、最後に楽式ね。

循環ミサ曲

通模倣様式で書かれる4声部の声楽曲。
ルネサンス音楽の時代にはア・カペラで歌われたけど、古典派以降の時代になるとオーケストラの大規模な伴奏が付くようになった。
通常文の5楽章全てを同じ定旋律を基礎に書く楽曲で、古典派音楽だと交響曲に相当する、ルネサンス音楽で最も重要で大規模な楽曲形式。


モテット

通模倣様式で作曲された無伴奏かつ多声の声楽曲で、キリスト教的な歌詞の宗教曲のうち、循環ミサ曲を除いたものの総称。
各声部で異なる歌詞が歌われるのが特徴で、ルネサンス音楽の最も代表的な楽式。


フロットーラ

マドリガーレの前身になった、3声部か4声部の声楽曲。
1470年頃から1530年頃のイタリアで一番人気があった楽式で、次第にマドリガーレに置き換えられていった。
初期のフロットーラは3声部が普通で、4声部の曲は徐々に現れてきた感じね。
A-B-B-Aって構成で、スタンザがCDCDDAかCDCDDEEAだから、14世紀のトレチェント音楽(フランスのアルス・ノーヴァと同時期の、イタリアの中世西欧音楽のスタイルのこと)で演奏されてたバッラータから発展したと考えられてるけど、バッラータと較べて楽曲の構造がとても簡略化されてるわ。
複雑な対位法を避けたホモフォニックな書法、反復的ではっきりしたリズム、主旋律が一番高い声部に割り当てられてて、限られた声域の範囲内で歌うことなんかが音楽的な特徴。
フロットーラのこういう特徴は、マドリガーレだけじゃなくて、バロック期のモノディ様式とか更に後の古典派の時代の和声法まで予見してたと考えて、注目してる音楽学者の方もおられるわ。
歌声だけじゃなくて、リュートで伴奏されてたって説が有力。


マドリガーレ

音画法が使われることが多い、通作歌曲形式の声楽曲。
基本的には5声部編成が多いけど、自由度が高い楽式で、2声部の曲から8声部の曲まで多種多様だった。
全声部を声楽で歌うものと、ソプラノの主旋律だけを歌って、下の4声部は器楽で伴奏するア・カペラのものの2種類に大別される。
モテットから導入した複雑な対位法と、通模倣様式が特徴で、ルネサンス音楽の宗教曲を代表する形式のモテットに対して、こっちは世俗曲の代表的な形式。
全体的に芸術的な性質が強い楽式で、歌詞にも高い文学性が要求された。
歌詞の形式はカンツォネッタと似てるけど、ホモフォニックなカンツォネッタと違ってポリフォニックだから、音楽的な制約の問題で押韻はそこまで重視されない。
ちなみに、イタリアには14世紀のトレチェント音楽の時期にもマドリガーレって名前の楽式があったけど、それとは名前は同じだけど全く無関係な別人。
ア・カペラのマドリガーレを連続して演奏することで、音楽で物語を表現する連作マドリガーレが生まれて、後で説明するコンメディア・アルモーニカの前身になったわ。


ヴィラネッラ

無伴奏で3声部の声楽曲。
シンプルで明確なリズムを持ったホモフォニックな楽式で、クラシックでは基本的に禁則な並行5度が頻繁に使われるのが特徴。
歌詞は素朴でコミカル、マドリガーレのシリアスな歌詞とか曲調を風刺することも多かった。
短い有節歌曲形式で、abR abR abR ccRって押韻しながら、リフレインで歌うのが普通。
ナポリで誕生した楽式で、曲調が軽くて明るいから、16世紀半ばのイタリアでは最も人気がある楽式の一つだった。


カンツォネッタ

ヴィラネッラから発展した、短い有節歌曲形式の声楽曲。
歌詞は常に世俗的で、牧歌的な題材、性的な題材、風刺が主な歌詞の内容。
地域と時代によってかなり多様だから、あまり明確な形式はないけど、傾向としてはメロディとリズムはダンサブルで軽快、ホモフォニックで明るくてはっきりした調性感を持ってることが多い。
大抵は無伴奏で、AABCCが最も典型的な構成。
音画法とか通模倣様式みたいな、マドリガーレの技法を取り入れてることも多い。
17世紀以降になると、カンツォネッタって言葉は伴奏付きの小規模なカンツォーネを指すようになったわ。


追複曲(カノン)

一つの声部のメロディが一定の間隔を置いて、他の声部が模倣していく楽曲のこと。
パッヘルベルさんの曲はとても有名よね。
模倣は、同じ和声的音程でも違う和声的音程でも構わない。
模倣が早く始まるほど、聴衆は模倣する声部を主導声部と一緒に把握しやすいから、その分だけカノンとして効果的になるわ。
8小節以上遅れて模倣声部が始まるカノンとか、模倣が早めに始まってても両声部が同じリズムで動いているようなのは、対位法的カノンとは認められない。
模倣はどの音度からでも正進行でも反進行でも、2倍の長さ(拡大カノン)でも半分の長さ(縮小カノン)でも自由。
つまり、模倣はどの音度からでも作れるから、カノンには1度から8度まであって、主導声部から模倣声部へと上向きに度数が数えられる(模倣声部が下にある場合は、上に転回してから数える)。
1度と8度の時は模倣による応答は正確じゃないといけないけど、その他の度数のカノンの場合は各声部が違う調で進行することを避けるために、その時々の都合で正確な模倣から外れても許される。
例えば完全5度を減5度にしたり、長2度を短2度にしたりとか、そういうの。
ただし、主導声部と模倣声部の小節の間隔と、模倣の音度は常に一定にし続けること。
ちなみに、3度カノンが一番書くのが難しいとされるわ。
フーガとの違いは、フーガはわりと自由が許されてるけど、カノンは厳密に旋律を模倣しなきゃいけないこと(ただし、旋律の転回とか拡大縮小は認められる)。
模倣声部の他に自由な伴奏声部が付くこともあって、2声のカノンの下声に自由な伴奏声部が1つ付いた3声部のカノンとか、2つ付いた4声部のカノンがあるわね。
伴奏声部の役割はカノン声部の和声を補うことで、伴奏声部があると音楽的な自由度がかなり高くなるし、響きの豊かさも大きくなるから作曲家としては助かるのよ。
主導声部と模倣声部を一時的に休止させて数小節伴奏声部だけで楽曲を進行させたりとか、伴奏声部にカノンのモチーフを模倣させる(カノン声部じゃないから厳密な模倣じゃなくてもいい)とかもあり。
もっと難しい手法について踏み込むと、2つの主導声部を2つの模倣声部が同時に模倣したりとか、1つの主導声部に対して2つの模倣声部が片方は正進行で片方は反進行で模倣したりとか、2つの模倣声部を別々の音程で模倣することもあって、そういうカノンを二重カノンって呼ぶわ。
二重カノンだと、1つの主導声部に対して上声を反進行、次の声部を正進行、その次の声部を反進行、ってまるでミルフィーユみたいに交互に模倣もできるの。
もちろん、そういうことはかなり難しいけど。
まあ、そもそもカノンは書くのが難しい楽式だから、軽い気持ちで手を出すのはおすすめしないわ。
一応、比較的簡単に書ける方法もあるから、それも紹介しておこうかしら。
方法論としてはシンプルで、四重対位法の要領で、主導声部(主旋律)に対してユニゾンかオクターブで次々と同じ旋律を重ねればいいだけ。
この手法を輪唱って言って、こうすれば任意の声部数のカノンを(わりと)簡単に作曲できるのよ。
とは言っても、こうやってカノンを書くのも十分に難しいけどね。


コンメディア・アルモーニカ

連作マドリガーレから発展した音楽劇。
コンメディアは英語ではコメディに当たるイタリア語で、その名の通り戯曲が必ず滑稽なストーリーになってるのが特徴。
これはルネサンス後期に北イタリアで出現した、コンメディア・デッラルテって仮面を使う即興演劇の要素を取り入れたからで、戯曲だけじゃなくて実際の上演でも動物の鳴き声を真似したりする、とてもコミカルで砕けた音楽劇だったわ。
ギリシア悲劇の復活を掲げて生み出された、シリアスで厳格な初期のバロック・オペラとは対照的ね。
ほとんどイタリアでだけ流行した楽式で、オペラが生まれたのはバロック音楽の時代だけど、その直前の時期にヴェネツィアを中心に人気があった。
だから、バロック・オペラが誕生すると、コンメディア・アルモーニカは完全に駆逐されてしまったの。
他には、バロック・オペラでは演者が歌うだけじゃなくて演技もするけど、コンメディア・アルモーニカは話の舞台になる場所を描いた絵を背景に、歌と台詞と器楽伴奏だけでストーリーを表現した。
オペラと同じように複数の幕に分かれてたけど、幕間では5声のマドリガーレ(声楽)に乗って伴奏役の器楽奏者が踊るのがお約束だった。
音楽面の話をすると、ストーリー展開に合わせてポリフォニックでメロディが綺麗なマドリガーレと、ホモフォニックで陽気なヴィラネッラやカンツォネッタを織り交ぜながら上演されたわ。
音楽劇へのアプローチもバロック・オペラとは違ってて、バロック・オペラは登場人物の台詞をはっきり表現するために全ての声部が対等な厳格対位法を放棄して、ソプラノ声部のメロディを強調するモノディ様式を導入したけど、コンメディア・アルモーニカは厳格対位法で書かれたマドリガーレがポリフォニーなのを、井戸端会議みたいな多人数が同時に会話してる場面の表現に利用したの。
劇の流れとか各曲の内容が、歌声(レチタティーヴォ)じゃなくて台詞(ナレーション)で説明されたのも、オペラとの大きな違いね。
同じ音楽劇って意味ならオペラとニてるように見えるけど、バロック・オペラに繋がる直接の前身じゃなくて、オペラとは異なる方向性に進化するかもしれなかったけど途絶えた、ストーリーのある音楽劇の可能性の一つって言うべきね。


トッカータ

鍵盤楽器によるパッセージとか、細かな音形変化を伴った技巧的で即興的な器楽曲。
通模倣様式で演奏されて、和声法だと曲名にその楽曲の調性を付けるけど、トッカータでは代わりに使った旋法を曲名に付ける。
トッカータ、カンツォーナ、リチェルカーレの違いはそこまで明確じゃないけど、カンツォーナやリチェルカーレと比べて特に速くて技巧的、複雑な曲がトッカータって呼ばれるの。
バロック期にも引き継がれて生き残った楽式だけど、ルネサンス期のトッカータはメロディ重視でホモフォニックな構造をしてるわ。


カンツォーナ

ポリフォニーの声楽曲を模倣した器楽曲。
主にフランスのポリフォニー曲を模倣してるけど、イタリアで流行して楽式として定着した、少し変わった経緯を持ってるわ。
トッカータやリチェルカーレと比べるとフレーズがメロディアスでダンサブル、調性感がはっきりしてて、曲が明確に複数のセクションに分かれてるのが特徴。
リズムとテンポはセクションごとに対照的になってて、独立性が高いセクションが次第に楽章として独立して、バロック期に流行したトリオ・ソナタ、特に教会ソナタの直接の前身になった。
ポリフォニーの声楽曲を模倣した楽式だから、これと言って特定の形式はないけど、リチェルカーレと比べてテンポが速くて主旋律が装飾的なことが多い傾向があるのが特徴。


リチェルカーレ

モテットを楽器で模倣して演奏した器楽曲。
モテットの厳格対位法に基づいてるから、トッカータやカンツォーナと比べると、とてもポリフォニックな構造をしてるわ。
通模倣様式の多用で主題が極端に強調されて、各声部の統一感が図られてるのが特徴。
バロック音楽のフーガの前身は、カノンじゃなくてこっち。


パヴァーヌ

ゆったりした2/2拍子の舞曲。
ルネサンス音楽は声楽が中心だけど、この時代には珍しい声楽曲の模倣じゃない純粋な器楽曲よ。
A-A'-B-B'-C-C'って形式で、3/4拍子でテンポが速いガイヤルドとセットで演奏するのが普通だった。
バロック期に入ると、メヌエットとかガヴォットみたいな新しい形式の舞曲に押されて、廃れていったわ。


ガイヤルド

かなりテンポが速いことが特徴の、3拍子の舞曲。
パヴァーヌと同じで、ルネサンス期には珍しい、声楽曲の模倣じゃない純粋な器楽曲。
ゆったりとしたパヴァーヌとセットで、パヴァーヌの後に演奏するのが普通だった。

さて、ルネサンス音楽の講義はこんなところね。
一回当たりの講義としては今までで最長だったんじゃないかしら。
皆さんがルネサンス音楽を書けるように、それだけ細かなところまでみっちりと説明したつもりよ。
もちろん、分からないことがあったら何でも訊いて頂戴。
じゃ、次はバロック音楽の講義で会いましょ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?