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(音楽話)25: Sarah Vaughan “Misty” (1964)

【深声】

Sarah Vaughan “Misty” (1964)

ジャズ・ヴォーカルのある種の最高到達点だと私は思ってるSarah Vaughan。Billie Holiday、Ella Fitzgeraldと並んで「女性ジャズ・ヴォーカリストの御三家」といわれてます…がどうやらこの呼び名、日本だけみたい。少なくとも本国・米国でそのような括り方はしてないようです。数字で括るのって日本らしいですよね、御三家とか三人娘とか五人囃子とか七人の侍とか…ん?

Billieのあの唯一無比な声質とブルージーさ、Ellaの唯一無比なスキャットとまろやかさに対し、Sarahは奥行きのある声とヴィブラートの美しさが特徴。「The Divine One/神聖なる者」と形容された、ゴージャスでフル・ボディな歌声は天賦の才…と言いたいところですが、苦労人です。
1924年米国ニュージャージー州生まれ。幼少期から歌っていたようですが、ニューヨークApollo Theaterの有名な「Amateur Night」に出場、42年に優勝して人生が変わります。いくつかのバンドのシンガーとしてキャリアを積んだ後、40年代後半にソロ活動へ。多少売れたものの全国区の知名度を得るには至らず、有名になったのは54年マーキュリー・レコードと契約を結んでからでした。数多くのアルバムをリリースし一気に全盛期を迎え、その後ジャズだけでなくポップスにも挑戦したのですが、当時の世間はそんな彼女を低俗だと批判…世知辛い。そして60年代後半にレコード契約が無いという不遇を味わいます。
70年代に徐々に復調。ブラジル音楽に急接近した快作「I Love Brazil!」(1977)、Oscar PetersonやJoe Passなどと共演した「How Long Has This Been Going On?」(1978)、そして日本でも有名なアルバム「Crazy and Mixed Up/枯葉」(1982)など、非常に幅広い音楽ジャンルを冒険しながら独自のポジションを確立していきます。そして82年、ライヴ・アルバム「Gershwin Live!」ではオーケストラをバックにGeorge Gershwinの名曲たちをカヴァーし、これが大好評(グラミー受賞)。その後も活動を続けましたが89年頃から体調不良で活動休止、翌90年に肺癌で亡くなりました。

今でこそ女性ジャズ・ヴォーカルとして真っ先に名前の挙がる中に入る彼女ですが、その道のりは決して順調ではなかったし、その柔軟な感性が皆に受け入れられるまでは時間が掛かりました。それでも折れずに我が道を走っていったSarahの歌声は、だからこそ奥が深く、大きなスケールで響いていくのです。

この映像は64年、スウェーデンでのライヴとのこと。曲は”Misty”、54年にErroll Garnerが作ったスタンダード・ナンバー。元々は男性ヴォーカルものですが、Ella、Carmen McRae、意外なところではAretha Franklinなどの女性シンガーもカヴァーしています。

…なんとズルい声をしてるんでしょう!歌う前に「ちょっと風邪気味だけど大丈夫よ」と茶目っ気たっぷりにおどけニコニコしつつ歌い出した途端、一気に歌の世界が広がります。オペラ歌手と比べられるほどの音域の広さ、声の深さ、表情、押し引き加減、しかも明らかに余裕アリ…恐ろしい。前述のBillieやEllaのような「突出した特徴」は無いように見えるSarahですが、総合力の異常な高さは他を圧倒しています。

「よくわかんないけど あなたの手を握るだけで 霧の中にいるみたい」「何もかも上の空 何も見えないの これってあなたに恋焦がれてるってことね」的な歌詞は、とても可愛らしく、とても淡い。フワフワした恋の気分を豊かな声量と表現で深い愛の歌に仕立てていくSarah。その声の深さ、とくとご賞味あれ。

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