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(音楽話)96: Adele “Fastlove” (2017)

【会いたいよ】
Adele “Fastlove” (2017)

Adele。生でライヴを観たい!と思わせてくれるシンガーのひとりです。ご存知の方も多いでしょうが、世界中が一度は聴いたことがあるであろう彼女の歌声は、その声質はもとより、表現力の巧みさ、力強さ、スケールの大きさなど、圧倒的な「声の力」を宿していて、もう別格ですよね。

1988年、英国・トッテナム生まれ。16歳でシンガーを志し、2009年にアルバム「19」でデビューすると、いきなりグラミーで最優秀新人賞を受賞。2011年の2ndアルバム「21」は米国ビルボード・チャートに39週連続でトップ5入りし、それまで最高記録だったMichael Jacksonを超えました(「21」は全世界で3,000万枚以上のセールスを記録し「2010年代で最も売れたアルバム」と言われています)。当然、ノミネートされたグラミー賞の6部門全てを受賞。翌2012年には007の映画「Skyfall」で主題歌”Skyfall”を担当してアカデミー賞までも獲得。大英帝国勲章・MBEを受章したのも当然の結果です。
その後も天文学的なセールスは続き、これまで4枚のアルバムでグラミー賞は累計15回受賞。アルバムのトータル・セールスは6,000万枚以上。

強烈な訛りを伴う速射砲のようなトーク(早口かつアクセントが強烈過ぎて私にはほぼ聞き取れません)、豪快な笑い声、人懐っこくてそこら辺にいそうな威勢のいい姉ちゃん的佇まい(先日のグラミー賞でもLizzoと客席で大盛り上がりしてましたね)。飾らない雰囲気もまた彼女の魅力。今やどんな曲を出しても、どんなことを発表しても、すべて好意的に受け取られる土壌が、既に出来上がっています。

彼女は米国に移住後、2022年秋から米国・ラスヴェガスのCaesars Palaceで週末だけの定期公演「Weekends With Adele」を開始しました。2023年3月に一旦終了しているものの、6月・7月に数回、8月〜11月初旬までは毎週末、公演を再開する予定だそう。いかんせんチケットが完全プラチナ化、円安もあって観に行けません…。

そんな彼女にとってのヒーローは、Spice GirlsBeyonceEtta Jamesなど。そして、George Michaelもそのひとり。

Wham!で大スターになり(ここは省きます)、ソロになってからも”Faith””I Want Your Sex””One More Try””Freedom! ’90””Too Funky””Amazing”などのヒット曲を生んだGeorge。時に破天荒(破廉恥)な言動もゴシップネタになりましたが、Elton Johnの名曲をライヴで本人とデュエットした”Don’t Let The Sun Go Down On Me”の素晴らしさ。QueenFreddie Mercury追悼コンサートでメンバーの演奏をバックに歌った”Somebody To Love”は伝説級で、一時期、Freddie亡き後のQueenのヴォーカルはGeorgeだと噂されたこともありました。

“Don’t Let The Sun Go Down On Me” (1991)

“Somebody To Love” (1992)


Adeleの話に戻しましょう。

2012年のブリット・アワード授賞式。Adeleは多くの賞を受賞するのですが、サプライズ出演したGeorgeから最優秀アルバム賞を受け取った時は、さすがにAdeleはその場で呆然と立ちすくみ、自分のヒーローから賞を受け取ったことに大感激していました。

そして、2016年のクリスマス。George Michael急逝。53歳でした。

翌年のグラミー賞では、George追悼のセレモニーが設けられました。そこに登場したAdeleが歌ったのがこの”Fastlove”。正規の映像が無いのが極めて残念ですが、音声だけでも皆さんに聞いてほしく、ご紹介します。

このパフォーマンス、実はAdeleは一度やり直しています。歌い出してすぐに演奏を止め「ごめんなさい、もう一度やり直させて、本当にごめんなさい」と言って。感情がこみ上げて涙が溢れてしまい、歌えなかったのです。

その後歌い出す彼女。痺れるほどの緊張感、奥底から響いてくる抑揚の効いた声、ストリングスの荘厳さ。そしてラストの「I miss my baby…!!」という歌い上げ、そして最後の最後「I…miss my…baby…」とボソッと彼女の声だけで終わる構成。客席からはほとんど声も出ない、身体中が震える感動的なパフォーマンスでした。

Fastlove、ファストフードの「Fast」と同じ、「手軽で便利な」愛。心の穴を埋めるために手軽な苟且(かりそめ)の愛を求める主人公。でも奥底ではそれが一時的なものであって、寂しさを紛らわすことも儘ならないことを知っている…。

ちなみにオリジナルはこちら。全く異なるアレンジです。明らかにAdeleのそれがいかに難しく、厳かであったかが分かりますし、歌に込めた想いがいかに大きかったかも分かります。
だから最後、心からの叫びとして「I miss my baby…!!」が響くのです。

George Michael “Fastlove” (1996)

Adeleはオリジナル通りに歌詞をなぞっています。Georgeの視点で歌詞全編を意訳しつつ、譜割はAdeleのヴァージョンにしてみたので、Adeleの心境を想像しながらご覧ください。所々が恣意的に沁みてくるはずです。

何がしかの 教示を探してる 夜の中に 僕を誘ってくれるような
このクソみたいな会話の中に 僕のサインを読み取れないのかい?

退屈なんてさせないよ 時間を無駄になんかしないから
多分君は 僕の心を 宥めてくれるような気がするんだ

僕は「Mr. Right」なんかじゃない だけどもし君が…

苟且(かりそめ)の愛を望むなら 本当に望むなら
タチの悪い愛よりは 十分マシなはずだよ
そして苟且の愛しか 僕は持ち合わせていない

何がしかの 肯定を求めてる 陽の光に 僕を誘ってくれるような
みんなそれぞれ伴侶を得て 子どもを授かるけど
僕は少しの慰みだけでいい

退屈なんてさせないよ 時間を無駄になんかしないから
多分君は 僕の心を 宥めてくれるような気がするんだ

僕は「Mr. Right」なんかじゃない
だけどもし君が苟且の愛を望むなら それが君が本当に望むものなら
タチの悪い愛よりは 十分マシなはずだよ
そして苟且の愛しか 僕は持ち合わせていない

僕の警戒は とっくに解いた
さあ夜の中に 僕を誘っておくれ
間抜けなキューピットが僕を呼んでる
でも彼の目には 何も映っていないんだ

君に会いたいよ…!

(George Michael “Fastlove” 意訳)

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