エゴを捨てきれない少年達[短編小説]

早く寝なくちゃ、と僕は思った。
明日は僕のバンド「ゴッホ」の初ライブだった。

「ゴッホ」は、4人組のバンドで、ボーカルのAと、ギターコーラスのBと、ベースのCと、ドラムの僕、というバンド構成だった。

「ゴッホ」というバンド名の由来は、僕達メンバー4人全員が、画家のゴッホが好きだったからだ。
「精神的に限界の境地で、でもその境地にいるからこそ切実で、下心がなく、見たものの魂が震えるものが作り出せる。ゴッホこそ真の芸術家だよな。あの境地こそが芸術の最高峰だ。」
僕達はよくそんな話をしていた。
「俺達はそんな芸術の最高峰をロックで表現しよう。ジョン・フルシアンテの全盛期の泣き叫ぶ様なギターソロ。ジョン・ボーナムのThe Rain Songのライブでの、葛藤をリズムにした様なあの部分。カート・コバーンのHeart Shaped Boxでの魂の叫び。あんなものを作ろう。下心のない、人にどう見られてるかなんて気にしてない、ぶっ飛んだ、最高の芸術を作り上げよう。音源も、ライブも。」
僕は、こんな話が出来る4人が集まった事が奇跡だと思っていた。上手くいかないわけがないと思っていた。

初ライブの当日、僕は少し早めにライブハウスへ向かった。ライブハウスという場所の空気感を早く味わいたくて仕方がなかった。
渋谷のとあるライブハウスに着き、階段を降りていく。少し緊張していた。

地下の扉を開けたら、簡易的な椅子に、無表情の男が彼のスマホを見ながら座っていた。
「あの、今日ゴッホで出るものなんですけど、、」と僕がいうと男は、「……ああ、初めて?じゃあ奥の部屋に機材置いてリハまで適当に待ってて。」と言いまたスマホに目を戻した。

まだ誰も来ていなかった。他のバンドの出演者達も、ゴッホの他のバンドメンバーも。
僕は部屋に機材を置き、狭い控え室の椅子に座った。落ち着かなかった。渋谷の地下のその薄暗い空間が、自分を受け入れてくれないように感じた。

他のバンドの出演者達が、少しづつやってきた。僕が「お疲れ様です。ゴッホのドラマーです。今日はよろしくお願いします。」というと、「どうもです!〇〇のボーカルです!よろしくお願いしまーす!!」などと言われた。
僕達4人は最近20歳を超えたばかりだったが、他のバンドの彼らはみなおそらく25〜30歳くらいだった。彼らは本心を出さず、社交辞令での明るさを出して振る舞うことに慣れ腐っているように僕の目には映った。ロックと正反対だ、と僕は思った。

ゴッホのバンドメンバー達も次々とやってきた。皆緊張している様に見えた。昨日の昼はLINE通話で「俺達が明日時代を変えるんだ!」というような話を、何の緊張もなくしていたのに。

他のバンド達のリハーサルが始まった。僕はなんとか自分の緊張を鎮める為、控え室で、自分が信じる音楽達を、Airpodsで最大音量にして聴いていた。ゴッホの他のメンバー達も大体皆そのようにして過ごしていた気がする。緊張していたのであまり覚えていない。

ゴッホのリハーサルの時間になり、機材を準備し始めた。僕達は出演順が1バンド目だったため、リハーサルは自分達が1番最後だった。
リハーサルが始まる前、比較的社交的そうに見えるスタッフに「すいません、ちょっと今時間押しちゃってて、出来るだけ早めに準備して始めてもらえたら助かりますー。」と言われた。
リハーサルが始まった。
フロアに男が2人いた。他の出演バンドの人達だった。彼らは笑いながら会話し、チラチラ僕達の演奏を見てきた。
リハーサルの終わりに、スタッフの人達にお辞儀をし、「本番よろしくお願いします」と言った。
スタッフの彼らも、「本番よろしくお願いします」と言った。僕達は1バンド目だったため、そこから本番まであまり時間がなかった。

リハが終わるとすぐに「顔あわせ」が始まり、各バンドのボーカルが「本日〇バンド目の〇〇です。今日はよろしくお願いします。」と順番に言った。

その後すぐ「じゃあオープンしまーーす。」というスタッフの声が聞こえた。その日はオープンが18:00で、スタートが18:30だった。
つまり、僕達のライブのスタートは30分後だった。
ゴッホのバンドメンバー達は皆緊張していたが、控え室に他の出演者が居なくなったタイミングを見計らって、僕は言った「俺達は真の芸術をやりに来たんだ。それを忘れちゃいけない。環境に左右されちゃいけない。人の目を気にしちゃいけない。大丈夫。俺達は真の芸術家達だ。自分達が納得できるライブが出来ればそれで良いんだ。人の目を気にしちゃいけない。」

スタートの時間になった。僕達はステージに上がり、いつでも楽器を演奏できる状態にし、幕が上がるのを待った。幕が上がった。フロアには10数人がいた。その中には当時の僕の彼女のEもいた。その瞬間僕は、観客の数と、その観客達の表情、Eの表情を、意識してしまった。エゴを捨てきれなかった。
足がガタガタ震える中、意識をなんとか集中させ、1曲目の出だしのカウントをした。
そのまま、2曲目、3曲目と、続けて演奏したが、正直あまり記憶がない。しかし、観客の反応が悪かったことだけははっきり覚えていた。観客に何も伝わっていない感覚があった。だが当然だった。自分達も何も感じられていなかったのだから。
僕達は音源も出していなかったし、オリジナル曲の数も少なかったため、4曲目が最後の曲だった。3曲目が終わった後、ボーカルのAが、つい言ってはいけない事を言ってしまう。「俺らはゴッホの様な真の芸術をやりに来たんだ!」
彼は、自分達がこの場で評価されないことを恐れてしまった。恐れてしまったが故に出た言葉だった。エゴを捨てきれなかった。地獄の様な空気が流れる中、僕達は最後の4曲目を演奏した。

演奏が終わった。
拍手の数は少なかった。
僕はEの、彼女の姿を目で探した。彼女は拍手をしていたが、後ろめたさもある様に見えた。拍手をしている人の数が少なく、拍手をするとその空間の中で目立ってしまうからだった。

僕は演奏が終わると、すぐに機材を片付け、誰とも話さず、ライブハウスの上にあるコンビニに向かい、そこでストロングゼロを買った。酒を飲まなければ気が狂いそうだった。ストロングゼロを一気に飲み干し、戻りたくないライブハウスへゆっくりと戻っていった。
ライブハウスの扉を開けると、Eがいた。
「…お疲れ。良かったよ。…なんていうか、オリジナルを4曲もやるなんて凄いね。」
僕は全く嬉しくなかった。なんとか「ありがとう」とだけ言って、ライブハウス内の喫煙スペースへ向かった。
喫煙スペースの中には、ゴッホの他のメンバー達がいた。まずお互い「お疲れ」とだけ言った。しばらく沈黙が続いた。
BとCは「俺ら、これ吸ったら帰るわ」と言った。Aは「俺は一応残ろうかな、何か勉強になるかもしれないし。」と言った。
僕も少しだけ残って観てみることにした。
酔いが回り始めていた。

フロアに戻ると、2バンド目の演奏が始まっていた。フロアの観客はおおよそ20人くらい増えていて、その大半が女性で、みんな同じタイミングで手を上げたり、頭を振っていた。マッシュヘアの可愛い顔をした男のボーカルが歌っていた。酒の影響もあってか、僕は気分が悪くなりトイレの個室に行った。その個室の中でもそのバンドの、キャッチーすぎるボーカルラインと、軽やかなドラムのお祭りビートが聴こえてきた。そのバンドの演奏が終わるまでトイレに篭り、演奏が終わったと同時に外へ出た。
そこからまたコンビニへ向かい、2本目のストロングゼロを買い、飲み干した。

翌日、実家のベッドで目が覚めた。
気分が悪かった。
大学の課題の締め切りがその日の昼までだったが、手をつける気になれなかった。
「どこで、何を間違えたんだろう…?」
僕が目指していた真の芸術は、人の目を気にしないはずのものだった。しかし、観ていた人達の目が冷たかったことにここまで自分がショックを受けているということに、その事実にショックを受けた。
僕の信じていた芸術は、僕のこれまでの人生の全てだった。
1週間後、Eと別れた。




以上です!
最後まで読んでくださってありがとうございます。
小説の幼稚な真似事でしかないですが、特にバンドをやったことのある方には、何か感じる所や考えるきっかけなどがあると嬉しいです。






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