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第323回/3年間経っての音[鈴木 裕]

2019年2月14日。大阪にクルレンティス指揮ムジカエテルナのコンサートを聴きに行った。そのことはこのコラムにも書いているが、そして2月の終りから電源ケーブルを自作しはじめている。どうもこのあたりからいろんな流れが変わって来た。タイトルの上の写真はその当時、家のまわりにいた地域猫だが、この3年間を振り返ってみたい。


まず、家を取り巻く状況。

2019年の8月から裏の学校の建て替え工事がスタート(終了したのは先月)。そして2020年6月からは家の前に事務所の建設が、2021年8月からは斜め前にマンションの建設が始まった。事務所は昨年出来たが、マンションは8月完成の予定でまだ続いている。つまりこの3年間近く、家の周囲でずっと工事が続いた。一般的な工事との違いは、地下に埋められていたかつての建設物の基礎部分が猛烈に頑丈だった点。特に学校の校庭の下にはかつての紡績工場のコンクリートやレンガの躯体がほぼ丸ごと残っていて、撤去用に簡単な設計図のようなものが作成されたくらいだ。工期も伸びたが、騒音、振動がひどく、その中で仕事をしていたところ目が回るようになり、今でも医者から出してもらった薬を飲んでいる。

裏の学校の工事。地上の建築物を撤去した後。地下から膨大な量の基礎が出てきた。

しかもそこに新コロナウィルスの一連のことが重なってくる。2020年の3月くらいからか。外に出られなくて家で仕事をしているのに騒音と振動。震度3近い地震のような揺れはしょっちゅうで、もちろんレコードは針が飛んで聴けないし、スピーカーもよく位置が変わっていた。以前だったら自転車で走りに行っていたのもすぐに県境をまたいでしまうので走れなくなった。


そこで家の周囲を歩くことにした。その頃は約1時間くらい。しかし、7カ月ほど歩いてきた2020年の9月に右足首が痛くなった。1986年の筑波サーキットで転倒した時の骨折。時間が経って該当する部位が変形したためという診断。骨自体の変形もあるが、手術して切開したあたりの血行が悪くなったり、関節も曲がりにくくなっていた。対策としてはヒアルロン酸を注射したり、歩き方のリハビリを行っていった。

2019年の5月。
アヴァロンのアイドロンから、ソナスファベールのエレクタ・アマトールⅢに入れ換えた。

リハビリを卒業できたのが2021年1月。しかし運動不足がたたって、その時点でかなりの高血圧に。ここから血圧の薬を飲み始め、対策として毎日1万歩を歩くようになった。スポーツ整形外科の医師から勧められたシューズを履くようになってこの靴には助けられたが、1年ほどで底に穴が空いてお役御免。新しく同じブランドの2足購入して使い分けていたが、その一足の左足用の造りの精度が悪く、こんどは左足のヒザが鵞足炎(がそくえん)になった。

2018年5月。
エソテリックK-03Xを03Xs仕様にヴァージョンアップしているところ。
2019年ももちろん使っていた。
あまりに騒音と振動が酷い時は外に逃げ出した。そのひとつ。区の施設。

そんないろいろなことでこの3年近くでけっこう疲れたのだった。良かれと思ってやったことが新たなトラブルを生み、それ対応しているうちにまた次の問題が勃発した。

それにしても歩きながらいろいろなことを考えた。夜の10時や11時過ぎくらいに歩きだして、荒川の堤防の上や河川敷の真っ暗な管理道路を含むルートを1時間40分。距離にして7~8キロ。その時に思ったことのひとつは、戦争をやっている時の非戦闘地域ってこんな感じなのかなと。たとえばドリス・デイの「センチメンタル・ジャーニー」は1944年の12月、ニューヨークで録音されている。日本にとっては昭和19年の冬。太平洋戦争の敗戦が濃厚になってきた時期なのに、その戦争をしている相手のアメリカ本土の東海岸ではあんな音楽が生み出されていたのだ。コナロ禍の日本の日々も、平安な日常の裏に命のやりとりが隠れているという意味で似たようなものなのかと思ったのだった。

しかしそんな妄想も今回のロシアによるウクライナ侵攻で吹っ飛ばされている。ロシア側、ウクライナ側双方のさまざまな情報が飛び交っているが、どちらにとってもたくさんの人が亡くなっている。ぜんぜん人ごとじゃない。疲れてきた上に憂鬱な何かが気持ちの底に流れている。

荒川の堤防の上からの夕暮れ。気持ちが反映しているのかもしれない。

かくして3年前は電源ケーブルを作るに当たって、「迸るような音」とか「勢い」とかよく書いていたが、現在は「ほっとするような音楽をほっとするような音で」とか、「強さと繊細さのバランス」みたいな感覚になっている。よく言えば成熟したし、悪く言えば堕落したとも感じる。オーディオ的には電源ケーブルの自作、電源環境の徹底的な対策、仮想アースの導入などで、音の純度という意味でも、他の人が出していないような自分らしい音という意味でもずいぶん深化した3年だったが。


そしてそうした流れの中に新しいスピーカーの導入がある。音元出版『Audio Accessary』誌vol.183 の記事でお知らせたが、もちろんまたここで書いていくだろう。「つらくても辛抱していれば、いつかは成し遂げられる」という意味の慣用句に「石の上にも三年」というのがあるが、この3年間が何かを生み出していくことになるのか。

こんど購入するスピーカー、パラダイム/Persona 9Hのウーファーのドライブユニット。
これを4本使っている。215mm径ながら、50mmのストロークを持っている。

(2022年3月30日更新)    第322回に戻る


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鈴木裕(すずきゆたか)

1960年東京生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。オーディオ評論家、ライター、ラジオディレクター。ラジオのディレクターとして2000組以上のミュージシャンゲストを迎え、レコーディングディレクターの経験も持つ。2010年7月リットーミュージックより『iPodではじめる快感オーディオ術 CDを超えた再生クォリティを楽しもう』上梓。(連載誌)月刊『レコード芸術』、月刊『ステレオ』音楽之友社、季刊『オーディオ・アクセサリー』、季刊『ネット・オーディオ』音元出版、他。文教大学情報学部広報学科「番組制作Ⅱ」非常勤講師(2011年度前期)。『オートサウンドウェブ』グランプリ選考委員。音元出版銘機賞選考委員、音楽之友社『ステレオ』ベストバイコンポ選考委員、ヨーロピアンサウンド・カーオーディオコンテスト審査員。(2014年5月現在)。


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