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第336回/頼まれてレコードプレーヤーを探すことになった8月[田中伊佐資]

●8月×日/ある人からレコードプレーヤーが欲しいので見繕って欲しいと相談があった。予算は50から60万円。おお、それくらい出せば良いものが買えそうだと思ったら、実はプリアンプも欲しくて、その予算もそこに含まれているのだという。配分は決まっていないとのことだった。
 使用しているパワーアンプはマッキントッシュのMC2500。それならばプリはその時代のマッキンにするのが手堅いだろう。プレーヤーはその予算の半分と仮定すると、ぎゅっと範囲が狭まってくる。
 唯一の要望点としては、カートリッジを交換して聴きたい、トーンアームはユニバーサル型のアームがよいとのこと。
 ここでさらにぎゅっと狭まる。ユニバーサル型はテクニクス、デノン、ティアックなど10万円クラスならけっこうある。だが定価30万円強くらいのプレーヤーを狙うとするなら、該当製品は数えるほどしかない。もっと予算を出せば、高級ユニバーサルアームがのる。痛いのはそもそも海外製品の多くはユニバーサルを採用していない。
 その理由は販売店やオーディオショウで、ユニバーサルアームを使っていると人目を盗んでカートリッジを外しポケットに入れてしまうやつがいるからと聞いたことがある。ほんまいかいなと思うが、それはともかく確かにユニバーサル型では接点が多くなり、プレーヤー・メーカーにしてみればアームのケーブルをじかにカートリッジへ付けて欲しいと思うのだろう。
 実際、僕はユニバーサル型を使っていながら、アームの外にケーブルを這わせてじか付けしているが、精神的なこともあるだろうけどクリア感がアップする気がする。ただ、僕は10月に発売されるJICOのJ50をここずっとモニターとして使い続け、これでしばらくは固定しよう思ったからで、デメリットがあろうともユニバーサルアームでいろいろカートリッジを取り替えるメリットのほうがでかいと思う派だ。
 ともかく、そういうことでプレーヤーは個体差で頭を悩ます必要がない新品を想定していたが、アームがネックになって中古を視野に入れざるを得なくなった。中古品探しに付き合いだすと簡単に答えが出なわけで、面倒臭いのだが。
 そこで依頼者に目星を付けてもらおうとどんな感じがいいか尋ねると「ガラード301はかっこいいですね。301どうですか」ときた。
 ここ数年、ガラードもトーレンス124やEMTもそうだと思うが、そもそも人気があったメーカーの高騰ぶりは目を見張るものがある。これは予算的にぜんぜん無理だろう。ヤフオクやメリカリなどの個人売買で本体、キャビネット、アームをバラで安く買って組む手もあるが、安いなりに後にメンテ代がかかることを想定しておかなければならない。
 そんなことで、販売店のネット情報を眺めては、物はないし、あっても高いしで腕を組んで唸っていたわけだが、それでは埒があかない。ともかく中古販売店に行ってみることにした。
 自宅からわりと近くにある「ハードオフオーディオサロン吉祥寺店」は店内は広く、名品から珍品まで在庫数も相当多い。ぶっちゃけ、ハードオフといえばリユース、リサイクルショップであるから、それこそ不具合があったときどうすんのって感じなのだが、ここは万全のアフターフォロー体制が整っていて、技術スタッフもいる。それにここは、昭和の秋葉原にあった中古店を彷彿させる庶民性、ちょっとした猥雑感もあって商品を見ているだけでも楽しい。
 副店長の高野雄輔さんにダメ元でガラード301の件を話を持ち込んでみた。「ああ、いま店にありますよ」とあっさり返事があってむむっとなった。ハードオフのオンラインショップももちろん見たが、探し方が悪かったのか確認できなかった。
 正札を見ると、予想通り予算を完全にオーバーしている。プリアンプが買えない。しかしこの301は、しっかりしたガラス蓋が付いた木製のキャビネットに収められていて、アームはオルトフォンのRS-212。これならSPUなどの重量級のカートリッジもいける。301本体は傷などは散見できず状態はよさそうだ。

「ハードオフオーディオサロン吉祥寺店」で販売されていた
フローティングキャビネットに収まるガラード301。
アームはオルトフォンRS212

スイッチのレバーに触れると、ぶよんと下に沈んだ。キャビネットはフローティング構造になっていた。ガラードは重厚な木製キャビネットへリジッドにマウントされていることが多いが、「ヴィンテージジョイン」のキヨトさんによればそれはよろしくなく、アイドラードライブはフローティングさせるのが正しいという。
 ガラード301のユーザーである吉野ステレオ編集長にその話をしたら、自分は中古で買ったままのリジッドなセッティングにしているが、比較試聴したらフローティングのほうが音がよかったと言っていた。
 そういえばガラード301のオリジナルキャビネットを見たことがあった。四隅にバネがあって、振動を力で抑え込むのではなく、逃すような作りだった。正直言って、あまりにもちゃちなので手抜きじゃないかと思ったが、ガラードの説明書にはフローティング式を推奨しているようだ。

ガラード301の純正オリジナルキャビネット

さてどうするかとプリアンプのコーナーに行くとマッキントッシュが何台かあった。MC2500が現行だった時代のちょっと前のC29が2台ある。高野さんにお願いしてガラードをこの2台につなげて試聴させてもらうことにした。ガラードは諦めてプリを買う手もある。

1979年に作られたマッキントッシュのプリアンプC29

パワーアンプはGOKA SOUND LABのEL152シングルアンプ、スピーカーはJBLランサー101のユニットで組んだオリジナル。レコードはローランド・ハナ、ジョージ・ムラーツを従えてキャロル・スローンが歌う『スプリング・イズ・ヒア』にした。これは中古レコード販売コーナーから借りてきたもので、自由に選んで聴けるところがうれしい。

キャロル・スローンの『スプリング・イズ・ヒア』は1983年のダイクレト録音

 しっとりしたスローンの歌声、よく沈むムラーツのベースを聴いてすぐに、これは買いではないかと思った。2台のC29は経年変化による個体差があるのか微妙に音が違った。価格が少し安いほうが、音の抜けが良い。
 こういう出会いがあったらプレーヤー、プリ両方いっぺんに行くしかない。依頼者にプライスカードが入った写真をスマホで送って反応を待った。電話はしないでおく。なにかの事情で見ることができなかったとしても、それは縁がなかったということだ。そもそも予算はオーバーしているし。
 数分後にメールが入った。「えらくいいじゃないですか」。購入決まりだ。人の財布であろうとも、買い物をするのはなかなか楽しかったが、結果がちょっとこわい。いきなりうまく鳴るとは限らないものだ。「うん。スタートラインにしてはかなりいい線いってる」。このあたりの言葉を用意して、近いうちに聴きに行ってみよう。

(2022年9月21日更新)   第335回に戻る


※鈴木裕氏は療養中のため、しばらく休載となります。(2022年5月27日)


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田中伊佐資(たなかいさし)

東京都生まれ。音楽雑誌の編集者を経てフリーライターに。近著は『大判 音の見える部屋 私のオーディオ人生譚』(音楽之友社)。ほか『ヴィニジャン レコード・オーディオの私的な壺』『ジャズと喫茶とオーディオ』『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(同)、『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)『オーディオ風土記』(同)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。 Twitter 

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