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【アーカイヴ】第189回/「音の見える部屋 オーディオと在る人」が5月に出るぞと宣伝する4月 [田中伊佐資]

●4月×日/月刊ステレオ誌で長いこと続いているオーディオ&音楽マニア訪問記「音の見える部屋 オーディオと在る人」が1冊にまとまるヴォリューム(33人)になったので、音楽之友社から5月19日に発売することになった。

 この連載は2014年の『オーディオ風土記』(Du Books)で書籍化したことがあるので、いわば第二弾に当たる。

 今回は版元が音楽之友社になり、判型が大きくなって(ステレオ本誌と同じ)、さらにオールカラーのムックとだいぶ様変わりしたので書名を『続・オーディオ風土記』とすることはやめて、そのまま『音の見える部屋 オーディオと在る人』にした。もっとも「続」が付いていると、初めて見た人は正編を読まずに買う気にはならないから、始めからそうする気はなかったけど。
 こんな裏話をしてもしょうないけど(というか今回は宣伝丸出しですが)、編集作業のざっくりした流れは、ステレオ誌の4ページに載ったテキストを僕が読み直してムックの編集者に渡し、彼が8ページになるようラフを描き、それに基づいてデザイナーの結城亨さんがレイアウトを組むというものだった。

「音の見える部屋 オーディオと在る人」田中伊佐資 著
音楽之友社/2,916円/B5・280ページ/2018年5月19日発売

 テキストに大幅な加筆はしないので、単純に写真が大きくなる。なにをどう大きくするか、雑誌に載せられなかった写真を入れるかなどを考えていくと、取材現場を知っているだけに難解なパズルを解いている気分になる。
 それではぜんぜん先へ進まないので、そこは編集者に客観的に判断してもらい、うまく収拾をつけてもらうことができた。

 読み直してみると今回の『音の見える部屋』は『オーディオ風土記』のときよりも、聴いた音のヴァリエーションが広がっているような気がする。言い方を変えるといろんなアプローチをしているマニアの取材ができた。

 それは僕が以前だったら、わからなかった(良いと思わなかった)音がわかるようになったためと思える。耳が鋭敏になったとか、感じ取る力が上がったとかではない。むしろそっちは低下している傾向にあり、そういう能力的なことではなくて、今まで抱いていたいい音の基準が崩れて多彩になったことが大きい。

 オーディオ雑誌がいいとしている音は唯一無二の絶対的なものではなく、あるひとつの側面から見たいい音でしかない。そう思えるようになった。
 たとえば『オーディオ風土記』に「このシステムはトランジスタ・ラジオの音だね」と友達に絶賛された方が出てくる。何百万円もお金をかけてラジオの音と人に言われたら、普通なら怒る。しかしその方はうれしかったそうだ。ようやくここまで来たという顔をしていた。
 その喜びの意味が当時の僕にはちんぷんかんぷんだった。ソフトやハードの外側に気を配るだけでなく、自分の内側を精錬した人の音は、なかなかうまくキャッチできないものだ。
 『音の見える部屋』にも「究極のオーディオはラジカセ1個」という方が出てくる。その発言に驚いたものの、その家の音を聴いているとそんな煩悩を絶った音の意味をそれなりに解釈することができた。このことは前回のコラムで書いた聴く側の「境地」に直結している。

 ともあれ僕もハイエンドオーディオもいいが、ローファイだっていい(むしろローファイがいい)といった解放された心持ちになれたのは連載の収穫だった。音を聴かせてくれた皆様のおかげです。

 ということで、ここで無理矢理まとめると、マニア訪問記『音の見える部屋 オーディオと在る人』によって、同じように自分の価値観へなにか刺激が加わるようなことがもしあったら、書き手としてはとてもうれしい。オーディオは目に見えない音を相手にしているので、とかく煮詰まりやすい趣味だと僕は思っている。だからなにか別の展望が開けるとまた急速に楽しくなってくる。


 僕なんか、家のオーディオは自分さえよければ誰になんて思われようと構いやしないという変な自信を持つようになった。客観的にみて、いわゆるいい音ではなくなってきている気もする。もしかして、ラジカセと共通するような渋くて枯れた方向へ進んでいるのかもしれない。

(2018年5月10日更新) 第188回に戻る 第190回に進む           


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田中伊佐資(たなかいさし)

東京都生まれ。音楽雑誌編集者を経てフリーライターに。現在「ステレオ」「オーディオアクセサリー」「analog」「ジャズ批評」などに連載を執筆中。著作に『音の見える部屋 オーディオと在る人』(音楽之友社)、『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)、『オーディオ風土記』(同)、『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(音楽之友社)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。
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