【アーカイヴ】第259回/レコード絡みでちょっと訊きたいことがあって3人に電話をしてみた5月[田中伊佐資]
●5月×日/テレビ朝日系で4月から始まったバラエティー番組「天命ナインティナイン」で「爆音おじさん」と呼ばれて浅川満寛さんが出ていたことを知った。「あの音がついにテレビでオンエアされたのか」と興味津々で本人に電話をしてみた。
浅川さんは千葉の長閑なところに住んでいる。かつて訪れたとき、家に向かう300mくらい手前で「あれ、きょうは盆踊りかな」といった感じで、はるか遠くからなにやら賑やかな音楽らしきものが聞こえてきた。案の定その音源は浅川さんがかけているレコードで、何軒かの民家を貫通して聞こえていたのだった。
「すみません、爆音おじさん、見損ねちゃいました」
「いや、見なくていいですよ」
「聴覚がおかしくなるほどの例の爆音は視聴者にはわからなかったんじゃないですか」
「あんな音がテレビから出ないからね。だから目でわかるように、騒音測定器で計ったり、スピーカーの前で紙相撲をしたり映像で工夫してたね」
「紙相撲ですか。振動で動かすってことですか」
「大変だったのはシステムをスタジオに持って行って再現したんですよ。それで1週間くらいは時間をとられた」
「漫画編集者業が忙しかったんですよね。なおさら大変でしたね。フランスの国際漫画祭につげ(義春)さんと一緒に行っていたんでしょ」
「特別栄誉賞を受賞したのでね」
「そんなことでカートリッジ改造・レストア業はしばらくお休みかなと思っていたら、「Analogmysterytour」のFacebookに久し振りの新作が出てましたね。交換針にまち針のようなものが何本も刺さっている変なヤツがあった」
「虫みたいなやつね。あれはドリルで穴を空けてワイヤーを通し、先端に鉛玉をつけています」
「不要な振動を抑える狙いですよね。こんなの見たことないです」
「すごくいいですよ。いまリムドライブのプレーヤーを使っていますけど、モーターのゴロを拾わなくなりましたね」
「僕はトライポフォビア(ブツブツ恐怖症)気味なんで、形があんまり好きでないんです。だけどまさにこれは針のための鍼ですね」
「同じことを言っている人がほかにいました」
「発想が月並みですみません」
●5月×日/JICOの木製カンチレバー交換針「黒柿」に続くシリーズ第2弾「牛殺」は5月に出る予定だったが、コロナのために延期になっている。
耐久テストを兼ねて僕はモニターになっているが、黒柿同様なんの問題もない以上に、音質的にいきなりチャンピオンにのし上がり、その座をずっと守っている。
仲川幸宏部長に電話をしてみた。
「その後どうなったのかと思いましてね。あれは早いとこ出したほうがいいですよ」
「うちはヨーロッパへの輸出が大きくて、コロナは大打撃だったんですよ。でも最近収束してきて、流通が活発になりオーダーがどんと入ってきました。工場はフル稼働です」
「となるとガッポ、ガッポのウハウハじゃないですか」
「そんなわけないですよ。以前に戻りつつあるというだけですよ。それでやっと牛殺を投入しようかということになりまして」
「いつですか」
「7月15日に発売することが決まりました。ただこの世相であまり穏やかでない名称が気になってはいるんですよ」
「でもそういう名前の木なんだから仕方ないじゃないですか。僕はもう雑誌とかに書いちゃってますから、もし変えちゃったら田中のカンチガイとなるところでした」
「カンチレバーだけにね。その駄洒落、前も言ってませんでした?」
●5月×日/大阪にある「Record & Audio Store BUNJIN」の宮本宏典さんに訊きたいことがあった。ジェンセンのヴィンテージ・エンクロージュアCA-12を再塗装しようと思うのだが、それが音に影響するのかどうか。「元の風合いが変わるほど塗り込まなければ大丈夫でしょう」という回答で、確かにそうですねと納得。
「それよりも田中さん、この前お客さんが来て『申し訳ないことになった』とへこんでいるんです。ここで買ったソニー・ロリンズの『Vol.2』をヤフオクに出品したら、買った値段の倍以上で落札されてしまった。それを買ったのが田中さんだったと言うんです」
「あれはセカンド・プレスだけど、2万円代前半でした。レコード1枚にそこまで出費することは滅多にないんだけど、コロナで店に行けないし、ブルーノートだしいいかと入れてみたら落ちちゃった。というかあれを店で1万円で売ってた?」
「盤もジャケも程度が良くなかったですよ。コンディションはG+(下の上)でしたね。というか、田中さん、いったい何やってるんですか。うちに来たときにあれは見ているはずですよ」
「まったく記憶にない。G+の段階であっさりスルーしたのかもしれない。でも家で聴いた感じではVG+(中の上)だった。びっくりしたのは、売ってくださった方から律儀にも、当方は転売を生業としている業者ではなく、買った価格で決済しますので返金しますと連絡が来たことなんだよ」
「知ってますよ。それで田中さんは取り引きに納得してますのでと断ったんですよね。またなに格好つけてるんですか」
「なるほど、これが関西人から見た東京モンのええ格好しいか」
「素直にもらっとけばいいじゃないですか」
「でもね、口座番号を教えなきゃならない。新手のブルーノート詐欺かもしれないと警戒したわけ」
「そんなわけないですよ。うちの店もやりとりに出てきたんでしょ」
「だから宮本さんもグルだと思った。まあ冗談はともかく、あれはね、いい買い物ができたとささやかに喜んでいるところへ、逆に申し訳ないような話がきて、なんかそっとしておいてよって感じになったんですよ」
「まあ、その気持ちはわかります」
「3人ともなんか微妙にすっきりしないものが残ってしまったか」
「誰も悪くないのにね」
「だったらやっぱりもらっておこうか」
「いまさらもう遅いですよ」
(2020年6月19日更新) 第258回に戻る 第260回に進む
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東京都生まれ。音楽雑誌の編集者を経てフリーライターに。近著は『ヴィニジャン レコード・オーディオの私的な壺』(音楽之友社)。ほか『ジャズと喫茶とオーディオ』『音の見える部屋 オーディオと在る人』『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(同)、『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)、『オーディオ風土記』(同)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。 Twitter