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【アーカイヴ】第223回/木製カンチレバーの交換針を世界で初めて披露した5月[田中伊佐資]

●5月×日/「アナログオーディオフェア」の音楽之友社が主催するイベント「針交換で拡がるMMカートリッジの宇宙」で講演をする。

 このテーマはここ数年、月刊ステレオ吉野俊介編集長とシュアのM44やV15シリーズの針を交換して音の違いを楽しんでいたところ「もしかしてイベントでみんなに音を聴いてもらったら楽しんでもらえるんじゃないの」ということが発端になっている。

 たとえば一口にM44といったって、その針はN44G、N44-7、N44C、N44Eなどなど無数にあり、さらに本家シュア製もあればサードパーティー製もあり、それぞれ音が異なる。カートリッジを交換することを考えたらかなり手軽に音の変わりっぷりを楽しめる。

イベントは2019年5月18日、秋葉原・損保会館で開催された
「アナログオーディオフェア」で実施された

 実はさらにもうひとつ伏線があった。3月に日本精機宝石工業(JICO)東京支店で新開発の交換針を試聴したことが大きかった。

 世界でも前例がないと思うが、その針はカンチレバー(針先が埋め込んである棒)があろうことか木でできていた。普通この部分はアルミなどの金属製だから、これには面食らった。

 JICOは多くの樹種をさんざん試した結果、柿のなかでかなりレアな黒柿の音が好結果だったらしく、この秋に発売を予定しているという。これを借りて聴くだけでもネタとして面白い。

MMカートリッジの交換針について話をする筆者(右端)

 まずはイベントの冒頭で、来場者およそ100人にMC、MMどちらのカートリッジをメインに使っているか挙手してもらった。ざっと見た様子、MC派が5割に対しMM派が4割、どっちともいえない(またはレコードを聴いていない)人が1割くらいだった。これは僕の想像をはるかに超えてMM派が健闘している数字である。


 イベントのタイトルに「MMカートリッジ」を謳っているので、MMファンが集まる傾向は当然かもしれない。でも「MMは初心者、MCが上級者」と雑誌だろうがショップだろうが、ユーザーを洗脳するかのように語られているので、フェアに出向くようなコアなファンはMMなんて目もくれないだろうと僕は想像していた。

 いまさらここで書くようなことでもないが、MMとMCは構造が異なり、音のテイストが違っている。そこに上下も貴賤もないのに、総じてMCのほうがハイグレードみたいな風潮はどうなんだと思っている。

 海外製にしろ国産にしろ、誰も取り沙汰していないようなMMを上手に鳴らしているスゴ腕もいれば、超高額MCをコスパ最悪な音で鳴らしているユーザーもいる。なにもカートリッジに限った話ではないが、金を出せる人間がすなわちマニアとか上級者であるとは限らないのだ。

 その件はまあともかくとして、イベントは前半が60年代のシュアM44-7初代モデルを使って、初代アメリカ製針、後年のメキシコ製針、昨年発売されたJICO60周年記念モデル針、木製カンチレバー針(商品名はウッドカービング)を聴き比べた。(そのあらましは6月19日発売の月刊ステレオ7月号「ヴィニジャン~アナログの壺」に掲載)

 後半はV15 TYPE Ⅲの針を聴いていく。オリジナルの針は僕もステレオ編集長も所持していないので、かつて音ミゾにも出てもらったことがある友人に急遽借りた。TYPE Ⅲはオリジ針にこだわる人が多く、この音が出てこないとイベントとして体裁が悪い。

シュアM44用の木製カンチレバー交換針、ウッドカービング。今秋発売予定。価格未定

 レコードはローラ・ニーロとラベルの『ゴナ・テイク・ア・ミラクル』で、A1の「アイ・メット・ヒム・オン・ア・サンデー」をかける。ドゥーワップ調のコーラスや手拍子などが音質のチェックにいい。

 なおオーディオ・システムはレコードプレーヤーがテクニクスのSL-1000R、フォノイコライザーがラックスマンEQ-500、プリアンプ同C-900u、パワーアンプ同M-900u、スピーカーがフォーカルのScala Utopia Evoである。

 まずはTYPE Ⅲのオリジナル針で聴く。同じくオリジナル針を付けた44-7と比べると洗練された質感だ。ヴォーカルのレコードならこちらのほうがマッチしているようだ。

 次にJICOが作っているスーパー・アナログ・スタイラス、通称SAS針。
「JICO社は、レコードが落ち込んだCD全盛時代は、会社としてSOSだったのですが、いまやSASです」と一発かましたが、軽い失笑が漏れただけの不発だった。

 SASもカンチレバーの素材を変えたバリエーションがある。最初はボロン、次に限定販売してもう売り切れてしまったジルコニアを聴く。

 ここでまた「クイズ100人に聞きました」を実施。印象がよかったものを挙手してもらったら、目見当の勘定だが、ジルコニアが5割、ボロン4割、オリジナル1割といったところ。

 ジルコニアはエッジが立って輪郭がくっきりする傾向にあり、イベントではウケやすい音かもしれない。逆にオリジナル針の評価が低すぎるようにも感じた。

 最後は木製カンチレバー針ことウッドカービングで同じ曲を聴く。

 最終決戦はジルコニア対黒柿になるわけだが、皆さんの反応としては黒柿支持が9割に対してジルコニアが1割だった。ここまで差が開いたのもまたまた意外ではある。

 完売のジルコニアが圧勝で、これから出そうとしている黒柿が惨敗だったら、メーカーもやる気がなくなるだろうから、この結果はよかっただろう。確かに僕も黒柿の印象がよかった。しなやかなでありながら力強い。金属製カンチレバーに付帯する微かな硬直感がちょっと気になってくる。

 ここまでの選曲はアコースティックなほんわか系だったので、黒柿カンチレバーに試練を与える意味でジャニス・ジョプリンの『セックス、ドープ&チープ・スリルズ』、ブッカー・アーヴィン『ザ・ソング・ブック』のオリジナル盤など、こっちへバシッと来ないと楽しくないレコードをかけた。
「最後なので大音量でいきましょう。もうおしまいなのでユニットがぶっ飛ぶくらいで」と言ったら、後ろから「そりゃだめですよ」と吉野さんにたしなめられた。

(2019年6月21日更新)第222回に戻る 第224回に進む 


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田中伊佐資(たなかいさし)

東京都生まれ。音楽雑誌の編集者を経てフリーライターに。現在「ステレオ」「オーディオアクセサリー」「analog」「ジャズ批評」などに連載を執筆中。近著は「ジャズと喫茶とオーディオ」(音楽之友社)。ほか『音の見える部屋 オーディオと在る人』(同)、『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(同)、『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)、『オーディオ風土記』(同)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。
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