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第338回/「レ・レ・レ・トーク」が始まった9月[田中伊佐資]

●9月×日/たとえばスーパーに行って、鮮魚コーナーで旨そうなサンマを見つけ、今晩焼いて食べようかと思ったとする。まず価格を見る、冷蔵庫にバッティングする食材はなかったか記憶をたどる、ほかのおかずを考える、だいたいそのあたりで買うかどうかが決まる。
 ところが、中古レコードだったら1枚1枚を見ながら、内容は好みか、盤の程度はどうか、いつどこのプレスか、それが価格に見合っているか、などなどを瞬時に判断し、時にはクレジットやマトリクスを確認し、念押しで試聴することだってざらだ。
 お客さん誰もが黙って手を動かしているけど、脳内はサンマを買う数十倍のいろんな情報や感情が渦巻いている。オーバーに言えば自分のレコード人生を反芻している。それを口に出して文字にしたら面白いんじゃないか。音元出版のアナログ誌で、なにか連載をやりませんかという話を頂戴して、レコ好きゲストを招いた店頭対談を思いついた。
 まずタイトルをどうするかとなって、こういうウラ話はあんまり書くもんじゃないかもしれないが、編集の松井泰裕さんから「田中伊佐資と巡るディグり珍道中」は一案としてどんなもんでしょうかときた。こっちは真っ当にやろうとしているのに、なんでいきなり「珍」なのか。
 まあそれはいいとしても、「ディグ」とか「掘る」といった単語は手垢にまみれているので、文中ならともかくタイトルでは使いたくない。もっと間接的なものがいい。そこで買い物に勢いがつくように「パーッと行こうぜ珍道中」にしてもらった。
 ちなみに松井さんは、ロサンゼルス・オリンピックを開催した年に生まれた。柔道の山下泰裕が金メダルを取った決勝戦にいたく感動したお父さんが、同じ泰裕と命名したそうだ。
 その話を聞いたとき「だったらスゲーな、ゴジラ松井と柔道山下が合体した名前じゃないか」と言ったら「それは気づきませんでした」と意外な返事だった。それ以来、ゴジラ山下こと「ゴジ山」のニックネームを定着させたいのだが、彼には体育会系の汗臭い雰囲気が微塵もなく一向に広まらない。
 その件はいいとして、「パーッと行こうぜ珍道中」ではどこかサブタイトルっぽい。もっとメインらしいインパクトのあるものが欲しい。レコード好きのためのページを表しているようなものがいいなと考えていると、ふとリンカーンの演説「人民の人民による人民のための政治」が頭をよぎって、それをパクって「レコ好きのレコ好きによるレコ好きのための盤買いトーク」とした。
 しかしこれでは如何せん長すぎる。そこでグッと略して「レ・レ・レ・トーク」という意味不明な感じにしてみた。なお末尾は「レコ買いトーク」ではなく「盤買いトーク」なのは「レ・レ・レ・レ」と4つになってくどいためだ。
 このウラ話も相当くどくなっているが、レ・レ・レといえば誰でも思い浮かべるのが、赤塚不二夫の「天才バカボン」に出てくるレレレのおじさんだろう。偶然にも連載第1回が載るアナログ誌77号には娘の赤塚りえ子さんのリスニングルームが紹介されていた。それがどうしたっていう話だけど。
 タイトル回りのデザインについて、ゴジ山は「伊佐資さんの似顔絵イラストを使いたい」と言い出した。
 ずいぶん昔だが、やはり雑誌のタイトル用で面識のないイラストレーターに面白おかしく変な顔で描かれて、こっちは面白くなかった記憶がある。
 やはり実際に会って顔を知っている人がいい。そこで、奈良「THROAT RECORDS」店主にして、ミュージシャン、似顔絵アイコン集も刊行しているイラストレーター五味岳久さんにお願いした。五味さんにならどう描かれてもいい。で、できあがったのがこれです。

五味岳久さんのイラストをモチーフにしてできあがったタイトルデザイン
五味さんが運営する奈良の「THROAT RECORDS」

 さてゲストは誰がいいのか。もちろんレコードへの思い入れたっぷりの人がいいが、一番大事なことは、男気のある買い物ができることだ。僕だって店に行って連戦連勝なんてことはなく、手ぶらで帰るときのほうがよっぽど多い。買うかどうかはその時の巡り合わせみたいなものが多分にある。
 つまり「あんだけさんざん自分の蘊蓄を語っといて、結局1枚も買わないのかよ」になる可能性もあるわけだ。そうするとゲストがセコイ人みたいになるし、店もたいしていい物がないように見えてしまう。だからといって雑誌を意識して無理して買ってもらうのも申し訳ないし、義理レコ感が誌面からニオってくるのは一番よろしくない。
 始まる前から難題含みの企画を立ち上げてしまった感もあったが、第1回ゲストは、そういうウジャウジャしたことを考えずにすむ人に実はもう決まっていた。雑誌「レコード・コレクターズ」で「初盤道」を連載している真保安一郎さんだ。
 真保さんは僕が敬服しているコレクターだが、自分が集めているものしか目が行かないようなスクエアなタイプではなく、根っこの部分で大の音楽ファンなので、逡巡するどころかむしろ喜んでそれこそパーッと買い物をしてくれるに違いない。
 ここまで決まったところで、ゴジ山に僕は提案した。
「ただ買い物をするだけでなく、回ごとにレコードのジャンルとかミュージシャンの出身国とか条件を設けて、必ずその1枚は買わなければならない『掟』を作ろう」
 事前に何種類か作っておいて、クジ方式でゲストに引いてもらう。ただしもしも興味のないテーマが掟になってしまったら、ゲストあるいは自分の首を絞めるかもしれない。楽しいはずの買い物が罰ゲームみたいな展開になることは予想できる。
 「とりあえず、やってみて引いたのがイマイチだったらやめましょう」
 ゴジ山は良く言えば現場主義、悪く言えば行き当たりばったりな男で、僕もそういう傾向があり、あっさり同意した。
 レコード店は真保さんが行きつけの横浜にある「中古レコードのタチバナ」に決まった。僕は店主の横山功さんとは顔見知りではあったが、自宅からの電車経路が煩雑でついつい億劫になっていた。しかし車で行ったらとても近くて、こんなことならもっと早くうかがっていればよかった。それだけいいものがたくさんあった。真保さんも雑誌だからというわけでもなく、ごく自然に買い物を楽しんでいたようだった。ちなみに第1回の掟は「60年代の録音」。なかなかいいテーマです。

横浜市青葉区鴨志田町にある「中古レコードのタチバナ」

 そんなことで、これ以上明かすとネタバレなのでやめときますが、皆さん読んでくださいねと宣伝する気持ちよりも、今後の不安のほうが大きい。今回はうまくいったけど、ゲストと僕と店と掟がうまくシンクロするなんてことを期待する方が無理がある。でも、盛り上がらなかろうとも、それをありのままに載せるのもまたいいかなと思う。

(2022年10月20日更新)   第337回に戻る


※鈴木裕氏は療養中のため、しばらく休載となります。(2022年5月27日)


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田中伊佐資(たなかいさし)

東京都生まれ。音楽雑誌の編集者を経てフリーライターに。近著は『大判 音の見える部屋 私のオーディオ人生譚』(音楽之友社)。ほか『ヴィニジャン レコード・オーディオの私的な壺』『ジャズと喫茶とオーディオ』『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(同)、『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)『オーディオ風土記』(同)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。 Twitter 

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