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駆け抜ける夏を彩る、井野さんの3ベースを想う 【8/6広島戦○】

井野さんはそこに、自分でマイクを持って立った。いや、今年はみんなマイクを自分で持ってお立ち台に立つのだけれど、井野さんのその姿はやたらと新鮮に映った。いやそもそも、井野さんのお立ち台が新鮮なのだ。

「サンルイトオカッタデス」と、井野さんは謎の片言で答えた。私たちはホテルでそれを見ながら、みんなとても満ち足りた気分で笑った。最高だな、と、思った。本当に、本当に最高だ。

連敗は「4」で止まった。4連敗など、連敗のうちに入らない。うむ。…でも、止まって良かった。連敗は、ただただつらい、

ヤクルトの勝敗に機嫌を左右されるまい、と、思ってはいるのだけれど(されていたらまあまあ人生は「機嫌の悪いもの」になってしまう)、明らかに昨日の私は機嫌がよかった。正確に言えば、昨日の後半の機嫌はとてもよかった。なんたって、急遽あきおに代わって出場していた井野さんは、そこで3ベースを打ったのだ。ケタケタケタ、と私は笑った。こういう瞬間が、野球を見ていて面白い瞬間だ。そうですよね。

いつだったか、同じようにスタメンの捕手が怪我をして(今日のあきおがけがだったかどうかはわからないけれどもともかく)、急に試合に出ることになった井野さんは、「いつでも出られる準備はしている」と言っていた。アプリの「捕手座談会」の動画でも、生捕手や正捕手候補に囲まれながら井野さんは、「控え捕手には控え捕手の仕事がある」と、話していた。

好きだ。そういう選手が、私はどうもたまらなく好きだ。

開幕スタメンだったはずのムーチョは、急にスタメンを外れた。さらに嶋さんがまた、離脱することになった。みんないなくなる!と、私は思った。

そしていつのまにか、井野さんが二軍から呼ばれた。

そう、いつも、井野さんは、「いつのまにか」そこにいる。「いつでも」そこにいるわけじゃない。でもチームがピンチになるたび、「いつでも出られる準備をしている」井野さんが、そこに駆けつけてくれる。

そしてたまに、いや、野球人生初めての、3ベースを打ってくれる。それも、連敗中の、あらゆるトラウマを思い出しそうになる、そんな試合で。

野球選手というのは決して、「華やか」なだけの仕事じゃない、と思う。というか仕事はなんだって、「華やか」に見えるのはほんの一部だ。その裏で、泥くさくもがくようなことが山のようにある。それはスターてっぱちだって、キャップエイオキだってそうだ。1億稼ごうが3億稼ごうが5億稼ごうが、それでもその影に山のように、泥くさい瞬間がある。

そして、ほんの一握りの億単位で稼ぐプレーヤーと一緒に、そこに立つ「控え」の選手が山のようにいる。その選手たちはいつも、「いつでも出られる準備」をして、そこで待つ。36歳になる井野さんが、今でもそうして、これからを担う若い選手たちと一緒に、そこでずっと準備をする。「控えには控えの仕事がある」と、そう口にしながら。

それは「華やか」な仕事じゃないかもしれない。ただでさえ泥くさい仕事が山ほどある中で、「華やかな一瞬」さえ、そんなに与えらえないかもしれない。お立ち台に立つ井野さんを見ることなんて、そうめったにあるものじゃない。

でも人生には、予想もしないような瞬間が、本当にある。今日は本当に負けたくないけどいやしかしでも連敗街道をひた走るのでは…と、不安になるようなそんな試合で、プロ野球人生初の3ベースを、36歳の「控え」捕手が打ってくれる。そしてお立ち台で自らマイクを持ち、「ガンバッテハシリマシタ」と言ってくれる。

そりゃ機嫌も良くなるよ、と、思う。みんなにこにこしてしまうよ、と思う。

そして今日も思う。同い年の選手たちが、こうしてそこでしかできない仕事を、見せてくれるのなら、私だってしっかり頑張っていよう、と。

夏の風はここにも吹き抜けていく。夏はいつも、その風のようにあっという間に駆け抜けて、そして消えていく。あの夏はどこに行ったのだろう、と私はふと思う。

でも今日みたいな試合は、それは確実に、夏を彩る景色だ、と思う。そう何度でも思う。今年がどんな夏であれ、いつもとは違う夏だとしても、それでも、ヤクルトたちが彩るその景色は、いつまでも、私の中に残っていくのだ。




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