割れたままの一輪挿しへ、花を。
昨日は久しぶりに遅寝だったけれど、今朝はちゃんと朝に起きた。
着替えて外出したかったけれど暑そうで、面倒で、なかなか行く気にならなかった。
そして午前はずっと音楽を聴いていた。大好きなバンドの新譜。1曲ずつ歌詞を見ながらちゃんと聴いた。
嫌なことや上手くいかないことがあって、もっとこうできたらとかあれが欲しいとか求めるけれど、よく見ればそれはもうすでに持っていた、という展開。それが彼の多くの歌詞の流れなんだけど、今回も多かった。でもそれが良かった。
何回聞いても忘れてしまうから、その度に思い出させてくれる。求めているものはすぐ近くにあって、でも本当に大切なのはそんなものじゃなくて、もっと大きな優しさや熱量だと教えてくれる。
恋愛の歌ばかり取り上げられるけれど、実は焦燥感や疾走感を武器にした熱量のある曲が格好良いんだ。
昼から外に出た。久しぶりに自転車に乗った。道端にはタンポポが咲いていた。タンポポしか咲いていなかった。それと綿毛。自分も飛んでいってしまいたくなる気候だった。
水の減った川が揺れていた。亀か鳥か、しばらく眺めてみたけれど顔を見せてはくれなかった。
帰り道、青い花と紫の花を見た。
そういえば青い生き物がいない理由は青い植物が少ないからだと聞いたことを思い出した。青い光はたくさんの栄養があるから、それを反射してしまう青い色は避けられているのではないか、という結論だった。
頭上に繁った紫の花の写真を懸命に撮っている老夫婦らしきふたりとすれ違ったとき、大きい虫が飛んできた。あの虫はなんなんだろうな、襲ってくるのか、攻撃してくるのか、分からないけれど怖いので向こうから避けて欲しいと思いながらこっちから避けた。
小径に入って見た畑には、黄色でも青でも紫でもない鮮やかな花が咲いていた。
春が淡いイメージが分かった気がした。
細い一輪挿しに適した花は分からないままだった。
夜、新曲のミュージックビデオを見た。心が軽くなってどこまでもいけそうな可能性を感じた。彼らは輝いていた。
完成があるとすれば、自分はまだまだ未完成で、感性が豊かだとすればもっともっといけるはずで、だから歓声を求めるのはまだずっとずっと先で良いんだ。
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