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愛の夢 第3番 ― 歌曲版とピアノ版を比較したことはありますか?

2年前ほど前に、リスト「愛の夢・第3番」の歌曲版の伴奏を練習する機会があったとき、野本由紀夫先生のエディション(全音楽譜出版社)を買いました。楽器屋さんの店頭で立ち読みをしていて、注釈も豊富、解説も詳細ということで即購入となりました。

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<以下譜例は上述の楽譜からの引用です>

ご承知の通り、ピアノ曲としておなじみの「愛の夢・第3番」は、もともとリストが作曲した自作の歌曲のピアノ編曲版ですが、歌曲版とピアノ版、比較すると、見えてくるものがありますね~。

ということで、以下私の独断と偏見に基づいた両者比較を少しご紹介。もちろん、これが正解だというつもりは毛頭ございませんので、あしからずご了承下さい。

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まずは、 animato (歌曲版)と poco allegro con affetto (ピアノ版)というところからして、指示が違います。質感も、微妙に違うな~と思います。歌曲版の方が、伴奏音型を見ていても、二分音符の置かれ方から相対的に3拍目が軽くなることもあって、何か霊的なものがふわふわと飛ぶ感じかな、と思いながら伴奏パートを弾いておりました。

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一方、ピアノ版は、冒頭 dolce cantando の指示があります。ところで、ここ大変重要ポイントなのですが、 dolce は、甘さ控えめとちゃいまっせ! くどいほどの甘さです。 con affetto で dolce cantando ですから、もう何というか濃厚な感じが漂っていますね。冒頭の音型は、いわゆる「憧れの6度」ですが、そこを甘く歌い上げるって感じでしょうか~。

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しかも、原曲は、おそらくソプラノ等高声が想定されていると思いますが、ピアノ版になったときに、メロディが中声部に設置されていること、ここでまず印象が相当に変わりますね。

さて。次に気になるのは、アーティキュレーションの指示。

譜例では、歌詞の関係もあるのでしょう、歌バージョンでは so lang du lieben … の言葉の抑揚そのままに、波打つような表現が企図されているようです。で、ここの crescendo ですが、3拍めはそれでも相対的に軽くして、その分 lieben に向かっていく方向性を見せないと、ということなんでしょうかね~。もっとも、その表現は歌手の方のご担当なのですが…。

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でも、さすがに、ピアノ版では、3つの音がスラーで連結されていますね。とはいえ、この3つの音、コンコンコンと無造作に弾いた途端、「はい残念な演奏!決定!」でしょうね。少なくとも、ここのアーティキュレーションの表現で差がつきそう…。

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それから。

最も興味深いと思ったのは、中間部の C-dur になるところ。歌バージョンでは、なんと p の指示です。結構高い音域なのに…ですよ…。歌手泣かせ! 以前、とある歌手の方にうかがったところ、もちろん音楽も盛り上がってくるし、気持ちもたかぶってくるところなので、弱弱しい表現ではないとのことらしいのです。で、私思うに、朗々と歌い上げるところではなくて、何か胸に秘めたような、だからこそ迫りくるような、そんな微妙な表現なのでしょうか。 E-dur に転調して、 gis 音まで上がって盛り上がってくるのに、なんともう一度 p の指示ですよ! 歌手の方に超絶技巧を要求する箇所ですね~。

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そこへ行くと、ピアノ版は、華麗にババーン! ですね~! sempre stringendo の指示はありますが、そもそも f スタートで、益々大盛り上がり…。もちろん、 stringendo なので、切迫感はあるでしょうが、歌のときの微妙な表現とはかなり様相が違うかも…。

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このあと、歌バージョンには、 Recitativo が入ります。ここもピアノ版とは大きく違うところですね。

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とまあ、比較してみると、リストという人は、歌曲としての表現と、ピアノ曲としての表現をそれぞれ追求していた側面もありそうだな、ということが見えてくるようです。

それにしても、この曲の大きな特徴として挙げられるのは、同じ音を保持しながら、和声がどんどん変化していくところですね。冒頭も、旋律部にずっと c 音がつづきながら、見事に和音が変わって行く。中間部などは、 gis 音がやがて as 音に読み替えられて転調していく。まさに、エンハーモニックを駆使した見事な作品だと言えると思います。

これは、私個人の感覚なのですが、リストは活躍していたその時代その時代の最先端を行く人ではなかったかと思うのです。この後、リストは、「エステ荘の噴水」 ― 印象派を先取りするような作風もさることながら、和音が解決するまでに見開き2ページもかかってしまうところがなかなか興味深い ― を経て、やがて「リヒャルト・ワーグナーの墓に」や「凶星!」といった作品を書くに至るのですから、本当に凄い人ですね。

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