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アルギニンよりも効果的?硝酸塩と筋肉の最新エビデンス

硝酸塩は自然界に広く存在する無機物です。「硝酸」と聞くと、何やら危険な印象を受けますが、緑の葉っぱ系の野菜にも豊富に含まれる有益成分です。

確認されている主な作用は血流の改善。硝酸塩は血管拡張物質である一酸化窒素(NO)の前駆体であり、摂取することで全身のNOレベルが向上します。全身の血液の巡りの改善につながるため、古くから心血管系疾患や高血圧の治療に用いられてきました(1)

近年では医療現場だけでなく、スポーツ界からも注目を集めており、アスリートの競技力向上のために、実用方法の研究が重ねられています。

特に、常に全身に酸素を届け続ける必要がある有酸素運動のパフォーマンス向上に、研究の焦点が当てられてきました。東京五輪のマラソン種目で見事金メダルを獲得したエリウド・キプチョゲ選手も、硝酸塩を豊富に含むビートルートジュースを愛飲しています。

また、最新の研究では有酸素運動だけでなく、筋トレなどの無酸素運動にも硝酸塩の摂取が有益であることが示されています。

この記事に辿り着いた方であれば、顕著な血流改善効果から、パンプアップを目的にプレワークアウトとして摂取している人も少なくはないことでしょう。

しかし、実は硝酸塩は血流改善とは全く別のメカニズムで筋肥大効率を加速させることがわかっています。

今回は、硝酸塩と筋トレの関係について、最新のエビデンスからわかっていることを私見を交えてご紹介します。

最後には、具体的な活用方法についても言及しているため、トレーニーの方は是非、日々のトレーニングに役立ててくださいね。


硝酸塩と筋トレの最新エビデンス

硝酸塩の摂取とスポーツパフォーマンスの研究の黎明期では、主にサイクリストやマラソンランナーを対象に実施されていました。

例えば、イギリスのエクセター大学が2011年に9名の男性サイクリストを対象に行った研究では、運動の2時間半前に400mgの硝酸塩を含むビートルートジュースを摂取することで、4kmのタイムトライアルで2.7%、16.1kmのタイムトライアルで2.8%パフォーマンスが向上したことが報告されています(2)

また2015年に西オーストラリア大学の研究チームが行った研究では、運動の2時間前に600mgの硝酸塩を含むビートルートジュースを摂取する事で、女性カヤッカーのパフォーマンスが1.7%向上したことが確認されています(3)

硝酸塩の摂取は血流の改善に有効なことから、酸素必要量の多い、有酸素系のアスリートのパフォーマンス向上に関する研究が盛んに行われてきました。

そこで、筋トレにも効果がないか調査したのが、エッジヒル大学のMosherらです。

硝酸塩の摂取はボリュームの増加に効果的

Mosherらは、トレーニング歴が最低3年(平均4.2年)はある男性12名を集め、二重盲検ランダム化クロスオーバーデザインで、400mgの硝酸塩を含むビートルートジュース、もしくはプラセボを6日間摂取してもらいました(4)

そして6日目にスミスマシンでベンチプレスを実施してもらい、パフォーマンスを評価しました。

・二重盲検
参加者がどちらの群に入ったのかわからないようにすることを盲検法といい、結果を観察する研究者自身にもわからないようにすることを二重盲検法という。
・ランダム化
複数の介入の効果を比べるときに、グループ分けの際に参加者をくじ引きや乱数表など、無作為に選べる方法を用いること。
・クロスオーバー
同一参加者に時期を変えて異なる介入を実施する試験。

なお、ベンチプレスは1RM60%の重量で、2分間のレストを挟み、計3セット行うプロトコルでした。

その結果、ビートルートジュースを摂取した時は、プラセボを摂取した時よりも、各セットの挙上回数が有意に多いという結果になりました。

(Mosher et al.2016より筆者作成)

この結果から、硝酸塩の摂取はトレーニングボリュームの増加に有効である可能性が示唆されました。

トレーニングボリュームとは、挙上重量×挙上回数で表されるトレーニングの総負荷量のことを指します。例えば、ベンチプレスを60kgで10回×3セット行った場合のトレーニングボリュームは、60×10×3=1,800kgとなります。

筋肥大においては、トレーニングボリュームを増やし、筋肉に与える刺激を増やしていく必要があるとされています。

トレーニングボリュームを増やす上で、セット数を増やすことは1つの手段です。しかしセット数を増やせば、関節にかかる負担も同様に増加します。

そこで硝酸塩は、セット数を増やすことなく、トレーニングボリュームを増加させることのできる新しい手段であると言えるでしょう。

硝酸塩の摂取は瞬発的な力発揮にも有効

硝酸塩の摂取が筋持久力を高め、筋トレのレップ数を増加させる可能性があることがわかりました。ではウエイトリフティング競技で重要な、パワーに対してはどうなのでしょうか。

この問いに答えたのが、アメリカのサムフォード大学のTylerらです。Tylerらは、少なくとも週に1回はベンチプレスのトレーニングを行う男性11名を集めました(5)

実験は二重盲検ランダム化クロスオーバーデザインで実施され、参加者は400mgの硝酸塩を含むビートルートジュース、もしくはプラセボを、運動の2時間前に摂取してもらいました。

そして、フリーウエイトのベンチプレスを1RM70%の重量で2回挙げてもらい、その時の速度とパワーを計測しました。

その結果、ビートルートジュースを摂取した時は、プラセボを摂取した時よりも、挙上速度が7%速く、パワーが19%も大きかったことが示されました。

(Tyler et al.2020より筆者作成)

したがって、硝酸塩の摂取は筋収縮のスピードを改善し、瞬発的な筋力の発揮に有益である可能性があります。

また、6秒以内の筋力発揮と硝酸塩の摂取の関係を調べた18の研究(上記のTylerらの研究を含む)を対象としたシステマティックレビューにおいても、硝酸塩の摂取はウェイトリフティングなどの爆発的なレジスタンストレーニングのパワーと速度、ならびにサイクリングやランニングにおける爆発的に繰り返されるタイプのスプリント運動のパフォーマンスを改善するのに効果的であることが報告されています(6)

その他にも数多くのシステマティックレビューにおいて、最大筋力向上への効果が示されているため、信頼性は高いと言えるでしょう(7)(8)(9)

・システマティックレビュー
ランダム化比較試験(RCT)などの質の高い複数の臨床研究を,複数の専門家や研究者が作成者となって,一定の基準と一定の方法に基づいてとりまとめた総説のこと。現時点の科学で最も信頼性が高い論文とされている。

その証拠に、国際オリンピック委員会 (IOC) も、高強度の運動パフォーマンスの向上に有効とされるサプリメントの中に、カフェインやクレアチンと並んで、ビートルートジュースを挙げています(10)

筋力の伸びに悩んでいる人は、硝酸塩の摂取を意識してみるとよいでしょう!

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