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【短編小説】兄が嫌い

 私は兄が大嫌いだ。顔を見るのも、声を聞くのも嫌いだ。
どこかで会いそうになると避けるようにしてる。
兄への異常な嫌悪感。なぜそこまで嫌なのか。
どんなに説明しても、誰にも、この気持ちは分からないだろう。
大人になり家を出てから10年、連絡も取ってないし、一度も会ってない。

 しかし、この前、なぜか知らないが、兄の夢を見た。

 夢の中で、私は兄を殺していた。リアルで妙に生々しい夢だった。
山奥の空き家でイスに縛り付け、口には猿ぐつわをして、頭に銃を当てたまま、10秒数えながら、処刑したのだ。
 銃を撃つ瞬間、兄は瞳を見開いて、「頼むから助けてくれ」と訴えてた。その瞳をじっと見ながら、私は容赦なく、なんのためらいもなく、引き金を引いた。弾丸が当たった瞬間、脳みそが飛び出し、兄は横にバタッと倒れて動かくなくなった。

 その夢を見た翌日、電話がかかってきて、兄の死を知らされた。
酒を飲んで夜中に家に帰る途中で、誰かに殺されたらしい。
後ろから頭を強く打たれたらしいが、なんで殺されたのかは分からない。
しかし、あまりに突然だったせいか、まるで現実感が持てなかった。
それにしても、よりによって、変な夢を見た後に、こんな事が起こるとは。

 私の見た夢は、正夢だろうか、虫の知らせなのだろうか。
不思議に思えるが、おそらくは、単なる偶然の一致なんだろう。
頭では何の関係もないと、分かっていても、心の中に後味の悪さがあった。夢の中で殺すくらいだから、私の内に、殺意があるのは確かだろう。
 兄への思いに蓋をして、兄の事を誰にも話さず、兄なしで生きていたら、異常な嫌悪は、いつのまにか憎悪に変わり、ついには殺意にまでなった。
私の心の底には、どうやら、どす黒い塊ができたようだ。

 兄の葬儀が終わって、しばらくすると、私は夜寝るのが怖くなった。
それは兄の夢を見るからである。兄とは死んでも縁が切れてないのだ。  毎日、見るわけではないけど、忘れかけた頃に夢を見て夜中に目を覚ます。
 夢の内容は大したものでない。寝ている自分の顔を誰かがのぞき込んでるのだ。誰だと思い相手の顔を見ようとすると、相手の顔が近づき目がアップになるのだ。その大きな瞳が「なんで殺した」と問い詰める。

 夢の中で目を見ただけで、相手が誰なのかは分かっていた。
顔はおぼろげだが、間違いなく兄だ。私は夢の中でつぶやく「理由はない」
兄の瞳は怒りに満ちあふれる。それを見るのが嫌で私は目を覚ますのだ。
こうして夜中に一度目を覚ますと、頭が冴えて朝まで寝ることができない。
 そのうちに、夢を見る回数が多くなって、夜、あまりに眠れない日々が続いた。睡眠不足のせいで、仕事でミスをするし、体調も悪くなるので、どうにかしたかったが、何をすばれよいのか、まったく見当がつかなかった。

 ある日スーパーで買い物をしていると中学時代の同級生に会った。
数十年ぶりの再会なのにまるで昔に戻ったように話が弾んだ。
昔の友達と思い出話をするのもいいものだと思っていたら
「お前やつれてるけど大丈か?」と友達が言った。
「実は最近、夜あまり眠れないんだよ」と私は答えた。
「どうして悩みでもあるのか」と聞くので、
「死んだ兄の夢を見て夜が怖いんだ」と手短に説明をした。
すると、その同級生はやはりそうかという顔をして、
「それは兄の夢ではない、兄の幽霊だ」と真顔で言うではないか。
「お兄さんはお前に殺されたと勘違いしてる」
「お祓いをちゃんとしないと大変なことになる」
そういえば、この男は霊感が強いことで有名な奴だった。
学生時代に、よく霊が見えるという話をしていたのを思い出した。

 同級生との話がおかしな方向に行ったので、話を急いで切り上げて別れた。私は家に帰りながら、夢の話というのは人にするもんじゃないなと思った。兄の夢が幽霊だという話を真に受けるほど、私はバカではない。同級生はお祓いとか言っていたけど、そんな迷信みたいなこともしなかった。
 
 そうこうしてるうちに、兄の夢をまた見た。同じような夢で目が顔に迫って来る。ただ、いつもと違って、私が兄の目を睨み返すと、いきなり兄の手が出てきて私の首を絞めてきた。兄の目に殺意を感じた私はこのまま殺されるのかと思って兄の両手を自分の手でつかんで止めた。その瞬間、俺は目を覚ましたのだが、私は自分の両手で自分の首を絞めていた。私の首には絞められた跡があった。もし、こんな夢で、翌朝、自分が死んでいたら、自殺と思われるのだろうか。

 その夢を見た日をさかいに、私は夜に寝ることができなくなった。
夜寝るのが心底怖いのだ。朝まで一睡もせずにずっと起きている。
夜寝ると、朝には死んでしまってるかもと、本気で思うのである。
おかしいと頭で分かっていても、怖いという気持ちが心の奥から離れない。
こんな気持ちを抱えたままで、とてもじゃないが人は眠れるものじゃない。
 こうして、私は夜に寝ない男として生きることになった。
今、仕事は夜勤の警備をして生活している。もちろん仮眠などは取らない。 昼間には寝ているのだけど、日の光がある時間に寝て、兄の夢を見たことはまだない。
 

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