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薬のリスク評価とリスク管理

薬の添付文書には妊産婦や授乳婦への投与の注意が書かれています.「投与しないこと」や「投与しないことが望ましい」とされている薬がありますが,これらのなかにも,「催奇形を疑う症例報告がある」というものから,単に「妊娠中の投与に関する安全性は確立していない」というものまでさまざまです.

妊婦さんがこれから薬を飲むときは,この「投与しないこと」という注意は守られるべきですが,しかしすでに妊婦に投与してしまって,妊娠継続の可否を問われたときは,この注意書きは参考にしてはいけません.薬の「リスク評価」と「リスク管理」をきちんと分けて考えなければならないからです.

「リスク評価」は医学的なデータに基づく個別の判断ですが,「リスク管理」とは赤ちゃんに問題をおこさないためのポリシーをつくるものです.たとえばある薬が「妊娠中の投与に関する安全性は確立していない」とされるのは,データにもとづいたリスクの医学的評価です.一方「リスク管理」とは,「安全性の確立していない」薬は投与しないほうがいいと判断するものです.これは胎児の安全に配慮した防護的ポリシーであり,妊娠中はある薬の投与が避けられることになります.

しかしすでにある薬が妊婦に投与されてしまったときの対応はまったく異なってきます.「妊娠中には投与しないこと」というのは,赤ちゃんに異常をおこすかどうかの医学的なデータではなく,安全を充分に見込んだ上での防護上の目安に過ぎないからです.

たとえば妊娠に気がつかず風疹生ワクチンをうった例などがわかりやすいでしょう.このとき妊婦さんは一時的なウイルス血症になります.中絶胎児からウイルス分離されたという報告もあり,理論的にはウイルスが赤ちゃんになんらかの影響をおこす可能性は否定できません.だから添付文書のとおり妊婦には投与すべきではないし,投与後2か月間は避妊すべきです.

一方で,妊娠中にすでにワクチンが接種されてしまったときはどうすべきか? これまで妊娠中に風疹生ワクチンを誤って投与された例は世界中に無数にありましたが,それにより先天性風疹症候群の赤ちゃんが生まれたという報告はいまだありません.だからそれが赤ちゃんになんらかの影響をおよぼす可能性はまずないと判断できるし,妊娠の継続を勧めるのが正しい助言となるでしょう

世界的にみても風疹生ワクチン投与後に先天性風疹症候群の赤ちゃんが生まれたことはなく,問題は少ないだろうというのが「リスク評価」です.一方,妊娠がわかっていれば,添付文書で禁忌とされているとおり投与すべきではないし,投与後2か月間は避妊すべきというのが「リスク管理」となるわけです.

「リスク評価」と「リスク管理」を混同すべきでないもうひとつの理由は,たとえば妊婦さんの病気の治療のために薬が必要になるときです.添付文書で禁忌とされてもあえて処方することがあります.これは医学的なリスク評価はかわらなくても,状況によりリスクに向き合う姿勢をかえる必要があるからです

「添付文書に投与するなとあるのに飲んでも大丈夫なのか?」と聞かれることがありますが,この注意書きはそもそも医学的事実(リスク評価)ではなく,防護上の目安(リスク管理)にすぎないからです.投与文書の記載に固執しすぎると,母体の合併症自体によって逆に胎児により悪影響がでかねません.

ですから妊娠中に「禁忌」とされる薬を内服してしまっても決して早まってはいけません.必ず専門家のもとを受診し「妊娠と薬」のカウンセリングを受けてください.現在はデータベースが完備しており,正確で詳細なリスク評価が可能です.専門的なカウンセリングをぜひ受けられることをお勧めいたします.

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