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選択的夫婦別姓の法制化。議論の整理

ガラパゴス化する日本

有名な話だけど、結婚した夫婦が強制的に同じ姓を名乗るのは日本だけ。
制度の是正に関して、国連の3度の勧告(2003、2009、2016年)にも政府は応じない(時事ドットコム)。

「別姓を選びたい人ができるようにしたらいいのでは?」と思ってしまいますが、それだけ夫婦別姓への反対は根強く、一筋縄ではいかないようです。


どうなる?衆議院選挙

今日19日公示、31日に投開票となる衆議院選挙。

総裁選のときにも選択的夫婦別姓制度については論点の一つに挙げられました。自民党内においても意見が割れるようですが、「国民の理解」「引き続き議論」を重視する岸田さんが新総裁になった今、難しいんだろうな、と思います。

各党に対して67項目の質問を行った回答が、以下のサイトにまとめられています。

ここでの選択的夫婦別姓制度の導入に関する自民党の回答は「△」。理由としては以下のように書かれています。

令和3年最高裁大法廷の判決を踏まえつつ、氏を改めることによる不利益に関する国民の声や時代の変化を受け止め、その不利益を解消し、国民一人一人の活躍を推進します。

「令和3年最高裁大法廷の判決」については、今までの議論や平成8年に日弁連が提出した民法改正案、世論調査の結果なども含めて、次のサイトに詳細に記載してあります。

判決を踏まえつつ、ということは、国会での議論が進められるのでしょうか?

他の5つの政党は導入に賛成なので置いておくとして、自民党が論点として挙げている「氏を改めることによる不利益」について、以下でより詳細に考えていきたいと思います。

夫婦別姓に対する反応

その前に選択的夫婦別姓制度に対して、実際に、どのような反対意見があるのでしょうか?
個人的に結構ショックだったものでは、以下の記事があります。
正直、記事を読んだ感想としては、筆者と同様に「日本を出ていったほうが早そう」なんて若い世代に思わせる法律が今後も続いていいのだろうか?いや、よくない!という思いだったのですが…。

5000件を超えるコメントで、目につくものはマイナスのものばかり。

あんまり読んでいると気持ちも沈んできてしまうので、いくつかピックアップしてみると、以下のようなものです。

・夫が姓を変える選択肢はないのか
・極々少数派のわがまま
・結局相手より自分のことが大事
・いまの法律は女性の改姓を強いている訳ではなく、男女平等で問題ない
・子どもの姓をどうするのか示すべき

選択的夫婦別姓制度に関しては、色々な方面からの意見があり、私自身、どう考えていくべきなのか迷っていました。
もちろん、夫婦別姓も選べるようになるべきだと思います。でも、法律婚で別姓を認めるのか?フランスのPACSのように、結婚以外の関係でも法的関係を認めるように求めるべきか?

堂々巡りから抜け出すために:議論の整理

ここでは、『事実婚と夫婦別姓の社会学』を参考に、日本での選択的夫婦別姓制度に関する議論を整理してみたいと思います。
この書籍では、水掛け論になりがちな夫婦別姓に関する「論点の整理」、「視座の再定位」をしながらどのような議論を進めていくとよいのか書かれています。

本書の論点を図で示してあったものに加筆修正したものが以下のものです。
夫婦別姓に反対の【A】の夫婦同姓原則に対して、本書で問うのはあくまで【B】に位置づけられる人々の主張の正当性です。

【B】の主な主張は、現在の法律婚の中で、別姓も選べるようにすることです。

【C】も【D】も夫婦別姓に賛成の立場ですが、それぞれにその論拠は異なります。
【C】や【D】の場合、例えば、結婚という個人の選択を国に届け出ないといけないということに対して疑問を持っている場合や、戸籍や家制度を批判したい人などが含まれます。
その中でも【D】の人は、まずは法律婚の中で別姓を認めることで、議論を次のステップに進めようと考えるような人が含まれます。

夫婦別姓制度の議論の整理

このようにそれぞれの論点を整理したうえで、よくある夫婦別姓への反対意見とそれに対する【B】の立場からの反論をまとめてみました。

●歴史的な伝統を重視する
⇒夫婦同姓と夫婦別姓のどちらが歴史的に正しいのかということは議論できても、夫婦別姓の妥当性や夫婦同姓の強制の正当性は議論できない
●夫婦別姓での子どもの不利益
⇒「親子で別姓は子どもがかわいそう」について、「かわいそう」にしているのは同姓しか認めない社会である。
●男女平等の達成
⇒「夫婦別姓=男女平等思想」ではない。別姓の法制化はあくまで「個人の自由」を求めており、「男女平等の否定」でもない。
●家制度の崩壊
⇒【B】においては、法律婚をしたいのであり、「個人主義」なのではなく、「個人の自由」を求めている。

以上の様々な方向からの意見と、それに対する反論をまとめると次のようになる。

選択的夫婦別姓制度の議論の整理

一方への改姓の強制、旧姓の通称使用について

「夫が改姓すればいいのでは?」という意見の周辺には、「改姓さえ乗り越えられないなら関係は続かない」「話し合いは十分にできなかったのか」というものも見られます。
自分の名前を変えることは、話し合いでなんとかなる、愛があれば乗り越えられるものなのでしょうか。

この点に関しては、本書では以下のように書かれています。

夫婦同姓原則を主張する人々は、〈結婚すること〉と〈一方に改姓を求めること〉という異なる事象を結合しておかなければならないことの正当性をしめさねばならないはずである。

このように、異なる事象を一緒くたにしてしまわず、1つ1つの事象ごとに正当性や妥当性を考えていく必要があると思います。

その点で、政府が進めている旧姓の通称使用も同様かと思います。
グローバルに活躍する人が多いなか、日本独自の通称使用を普及させてもあまり意味がないのでは、と思う部分でもありますが…。
そもそも通称使用を進めたからといって、「姓の選択に関する法制化」「夫婦同姓の強制」について何らかの正当性や妥当性を示しているわけではありません。
ここには、直接的な議論を避けたい気持ちや、思想や信条に基づくものが大きいのではないかと思います。

最後に

いかがでしょうか?
たとえ【B】(現在の法律婚における夫婦別姓の法制化)の立場でなかったとしても、選択的夫婦別姓制度に関して何を議論すべきなのか、どうすれば水掛け論にならずに済むのか、ということが少しクリアになったのではないかと思います。

つまり、「国民の理解」がどの程度か、「氏を改めることによる不利益」がどうかなどではなく、どちらか一方に改姓を強制することの妥当性や、個人の選択の自由について、真正面から議論してみてほしいと思います。


(参考)
阪井裕一郎『事実婚と夫婦別姓の社会学』白澤社、2021



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