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映画「英国王のスピーチ」レビュー「ふたつの対決」。

1938年9月30日ドイツ・ミュンヘン会談において
当時の英国首相チェンバレンがドイツのヒトラーより
「これ以上の領土拡大は行わない」との言質を取り合意が成立した。
だがしかし合意の僅か半年後(1939年3月)ヒトラーは合意を無視し
チェコスロバキアに侵攻し
1939年9月1日ポーランドに侵攻するに至り
1939年9月3日チェンバレンはドイツに対し断腸の思いで宣戦を布告する旨
ラジオから英国民に伝える。

今朝,ベルリンの英国大使はドイツ政府に最後通牒を渡しました。
我々の国はドイツと戦争をすることになります。
平和への最後の努力が水泡に帰し,痛恨の極みであります。

同日,当時の英国王ジョージ6世は英国民に対し,ラジオで演説を行う。
ジョージ6世は吃音を抱え,それがため,人と会話することが大の苦手である。
そんなジョージ6世が英国民に襲いかかる暗闇と断固戦う
勇気と力を与える世紀の大演説を求められたのだ。
王位は世襲制であり退路は断たれている。
果たしてジョージ6世はこの大任を全うできるのであろうか…?

本作品は当然,脚色はあるものの基本的に実話に基づいており
主要登場人物の殆どが実在の人物である。
ジョージ6世,チェンバレン,チャーチル…そして当然アドルフ・ヒトラー…。(ヒトラーは後述する実写場面で「本人」が登場する。)

本作品の特徴のひとつは時折モノクロの場面が登場するところだ。
それらの場面は,実際に記録された実写映像である。
実際のジョージ6世の戴冠式の一部,1933年1月30日ドイツの首相となった
ヒトラーの首相就任間もない頃の演説の一部…。

面白いのは英国王室の映写室でジョージ6世(コリン・ファース),王妃,
ふたりの王女がジョージ6世の戴冠式の映像を視聴する際,
戴冠式の映像の直後に件のヒトラーの演説の映像が流れ,王女のひとりが
「パパあの人(ヒトラー),何て言ってるの?」と問いかけ
父親であるジョージ6世が「分からないが彼は演説がうまいな」と
回答する場面で,この場面が本作品の宣伝にも採用されている。

因みにジョージ6世に代わって王女に回答すると
ヒトラーはドイツ語でこう言っている。
「勤勉と決断と誇りと屈強さとによって,
ドイツを興した祖先と同じ位置に上ることができる」(NHK訳)。
つまり英国とドイツとの対決は
ジョージ6世とヒトラーとの演説対決でもあるのだ。
「演説能力」という点に特化して言えばヒトラーは世紀の天才であり
その世紀の天才にジョージ6世は挑まねばならないのだ。
この「ふたつの対決」の対比の構図が実に素晴らしい。

実際のところは第二次大戦勃発後の1940年5月に新たに首相に就任した
チャーチルの演説が出色の内容なのであるがそれは「未来」の話であり
あくまでも本作品は第二次大戦の開戦に当たってジョージ6世が
「ヒトラーの演説」というこれ以上ないくらい険しい壁を
家族愛と師弟愛に助けられながら登ってゆくことに意義があり
極端に言えば本作品は壁を乗り越えることよりも
逃げ出さずに壁に挑む心意気の発露を描いた作品なのである。

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