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ミケーレ・ソアヴィ監督の映画「アクエリアス」レビュー「この映画は…邦題を「アクエリアス」にした時点で…大勝利が確定していたんです…」

弱小劇団員のアリシアは稽古中の捻挫の治療の為に
稽古を抜け出し最寄りの病院に駆け込む。

だがその病院は精神科で16人殺した殺人鬼が幽閉されていた。
その気違いの殺人鬼がアリシアの車に潜んで脱走する。
折しも劇団関係者が何者かに惨殺されたのをいいことに
団長は脚本を変更し梟頭の殺人鬼にその気違いの名を付ける。

だが稽古で女を絞殺する場面で梟頭の殺人鬼役がナイフで女優を惨殺する。
アリシアは脱走した気違いが舞台に紛れ込んだと疑いを抱き始める…。

初見。

なまじっかミステリ小説とかミステリ映画に傾倒してるとさあ。
真犯人が梟頭の仮面で顔が隠れるのをいいことに
気違いの振りして凶行を繰り返してると思い込み…。
生き残りの中に真犯人がいる,死んだと思わせて実は生きている…。
と「トリック」ばかりに囚われて,
殺人鬼が梟頭の仮面を被って襲って来るって恐怖に
素直に怯える気持ちを失ってイカンと思うのですよ。

でもさあ…パッケージ裏面の煽り文句も悪いのです。
「ダリオ・アルジェントの愛弟子ソアヴィ処女作」
とか書かれるとどうしたって…。
「裏の裏」を読みたくなるよねェェェェェ!?

ソアヴィ監督がアルジェントから継いだのは
芸術の魔性に憑りつかれた真犯人が
殺人舞台劇を完成させて悦に入る姿であって
「誰も想像出来ない意外な犯人像」
じゃなかった訳。
ジャッロから離れて,変に穿った,ひねた目で観ないで,
もっと素直に
景気よく片っ端から
人が猟奇的な惨い死に方をするのを堪能すべき作風。

本作の原題は「恐怖のステージ アクエリアス」と言うのだけど…。
邦題はズバっと「アクエリアス」のみに改題!

コレは配給会社の大英断だと思います。

何しろ本邦に於いて「アクエリアス」は…。

宇宙戦艦ヤマトが沈没した星であり
水瓶座の黄金聖闘士であり
アイソトニック飲料であり
…と語呂が良くて即覚え出来て親しみがあると3拍子揃った
じっつっにっ素晴らしい邦題なのです。

原題の「恐怖のステージ」は要らん!

だってみんな…「アクエリアス」って題名聴いて…。
「何となく虫が好く」でしょう…?
「何となくキレイ」だと思うでしょう…?
「何となくオシャレ」だと思うでしょう…?
「何となく透明感」を感じたでしょう…?
「何となく観てみたい」と思うでしょう…?
「水の星に愛をこめ」たくなるでしょう…?
「映画本編そのものより面白さ2割増し」になるでしょう…?

もし…「恐怖のステージ」と「アクエリアス」が併映されていたら…
絶対…!
「アクエリアス」を選ぶでしょお…?

「邦題」で重要なのは…。
「何となく好感を持って貰う」コトと「皆に名前を覚えて貰う」って
デビューしたばっかのアイドル歌手が一番最初にしなければならい
大大大大大至上命題をクリアするコトでしょう…?

この映画は…邦題を「アクエリアス」にした時点で勝利が確定していた…。
日本人の「アクエリアス」に対する
無限大の好意を熟知していた時点で大勝利が確定していたのですよ…。

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