見出し画像

ジャッキー・チェン主演の映画「少林寺木人拳」(吹替完全版)レビュー「親の仇が自分の師匠…典型的な武侠映画のテンプレートに泣かされるとは…僕も年を取ったもんだ…」。

少林寺の門を叩いてから2年になると言うのに未だ芽の出ない
口の利けない若者イーロン(ジャッキー・チェン)は兄弟子から
「ダンマリ」と呼ばれ蔑まれる日々を送っている。

口が満足に利けないのは「知恵遅れ」の証だからである。
そんなある日イーロンは少林寺の地下洞窟深く幽閉され鎖でつながれた男
ファーツーと出会い彼に師事して殺人拳(殺法)を学んで行く。

常に相手の急所を狙い相手を殺すコトこそが拳法の目的だと。
ファーツーから教わった殺法の練習に密かに励むイーロンを見咎めた尼僧は彼に
「決して相手の急所を狙ってはいけない」
と彼に活人拳を指導して行く。
こうしてふたりの師匠から殺法と活人の法を教わったイーロンは
少林寺の免許皆伝の試練「木人拳」に挑戦する。
「木人拳」の試練と言うのはパーマンのコピーロボットの様に
決まった型しか繰り出せないが決して疲れる事を知らない
「木人」達との百人組手に挑戦し「木人の道」を抜けると言うもの。

イーロンは殺法を駆使して「木人の道」を抜け
晴れて免許皆伝され山を下りる事を許される。

一方獄に繋がれていたファーツーは「獅子の拳」を開眼し
鎖を引き千切って脱走に成功する。
ファーツーはかつて少林寺の優れた使い手であったが
殺人・強盗等私欲の為に拳法を使い強盗団を組織して
略奪を繰り返したが故に破門され10年間獄に繋がれていたのだ。

少林寺の高僧はイーロンにファーツー征伐を命じるが
彼の心中には葛藤がある。
ファーツーは極悪非道な犯罪者かも知れないが
自分に目をかけてくれて拳法の奥義を授けてくれた
恩人であり師匠なのだ…。

俺には恩義のある師匠を倒す事は出来ない…。

最愛の師匠が極悪人で親の仇であると知り悩み苦しむ…。
これが武侠(ぶきょう)と呼ばれる作品のキモであり
本作品は典型的な武侠映画の文法で作られているのである。

イーロンは師匠ファーツーから教わった殺法で戦い彼を圧倒するが
尼僧から教わった慈悲の心からかつての師匠に止めを刺せない。
ファーツーからしてみれば愛弟子が自分を超えた事を誇らしく思うのは
確かに本心ではあるが彼の心中には殺法しかなく
弟子に牙を剥いた結果,自滅して行く。
それが活人拳を学んだものと
殺法しか知らぬものの「末路の差」として顕れるのだ。

武侠映画の醍醐味を心ゆくまで堪能し目頭を押さえるものである。

イーロンが口が利けないのは親の仇を倒すまでは
決して口を利かないと誓いを立てているからで
そのイーロンが石丸博也声で
「なぜ殺した…ッ!」
と師匠に尋ねる場面で初めて口を利く演出に泣けるのである。

個人的には全編吹替であるのに
石丸博也さんの声が最後まで聴けないのは残念至極ではあるが…。
コレは「作劇の要請」であって,
この演出を最大限に生かす絶対の必要があるから…許すッ!

本作品に文句があるとするなら
「若い頃のジャッキー・チェン」が実に貧相極まりない人相である点で
スターの煌めきなど微塵もない点であろう。

主題歌の「ミラクル・ガイ」が日本語で聴けて大満足。
ジャッキー・チェンはコミカルなカンフーを売りにしてると思ったが
本作でその認識は改められた。
彼は…シリアスな演技もイケるのだ。


この記事が参加している募集

#映画感想文

67,587件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?