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映画「クレヨンしんちゃん オトナ帝国の逆襲」レビュー「人は「理想」という霞だけ食って生きる仙人にはなれないんだよケン…。」

春日部郊外に出来た「20世紀博」で大人は
昔の特撮ヒーローや昔の魔法少女アニメのコスプレをして
童心に還って大はしゃぎだが子供には「昔を懐かしむ」感覚がゼロ故に
何故大人が過去の特撮やアニメに夢中になるのか皆目理解出来ない。

実はコレ秘密結社イエスタデイ・ワンスモアの策略。
リーダーのケンは語る。
そもそも「俺達が夢見た21世紀」はもっとキラキラ輝いていて
戦争もなく汚職もなく公害を撒き散らす車もなく,
ずっとずっと「綺麗な未来」だった筈だ。
だが実際には戦争はなくならず,人同士の殺し合いが続き,
政治家は呼吸する様に不正をし,大気汚染で青空が見えない体たらく。
21世紀の実態が汚い金と燃えないゴミで溢れかえってる以上,
俺達は「現実の21世紀」を断固拒絶し,
人々が明日への希望に満ち溢れていた1970年代を指向する。
人間は未来永劫進歩する事なく永遠に続く1970年代の中で
ずっとずっと明日を夢見続けてればいいのだ。
未来を指向しない以上,未来を担う子供も必要ない。
我々は従来の家族制度を否定し,結婚もしなければ,家庭も持たない…。
…てな事を津嘉山正種声で演説された日にゃあ
「未来なんか来なくていいんじゃね?」「ずっと1970年代でいいんじゃね?」
と納得してしまう訳で時が止まった永遠の夕陽の町で
大昔のアニメや大昔の特撮や大昔のお笑い番組を
見ながらジャンク菓子をつまみながら
暮らせたら幸せに思えて来るから不思議だ。
原恵一監督は許されるなら
90分間ケンが津嘉山正種声で演説し続ける映画を作りたかったという。

でもさ。
僕みたいな「ダメな大人」には「未来」なんて要らない,
未来永劫「過去」を振り返って生きて行けば良いのかも知れないけど
振り返るべき「過去」がなく「未来」しかないしんのすけ達園児にとっては
「イエスタデイ・ワンスモア」の主張は到底受け入れらるものではなく
子供は要らねえから監禁・再教育しようとする
同結社と敵対する事となります。

イエスタデイ・ワンスモアのリーダー・ケンとチャコは「夕陽の町」の
一角に佇む木造家屋の下宿で同棲生活を送っているが
同結社のスローガンが
「従来の家族制度の否定」「未来を紡ぐ子供の存在の否定」
なので永遠にふたりの関係は同棲止まりで一線を越えることは絶対にない。

主義主張信念理想は結構だが,
人は「理想」という霞だけ食って生きる仙人にはなれないんだよケン…。
作中では描かれないがケンとチャコが同棲してる下宿の一角で
何度も言い争う修羅場が展開されていたんじゃないかなあ…。
だって同棲って
「志を同じくする男女が同じ星を見詰めながら寝食を共にすること」
って意味じゃないじゃん…。

ケンはチャコのコトを「同志」と思ってるだろうけど
チャコはケンのコトを「「同志」以上の存在」と受け取ってるんだよね…。
でなきゃ女が同棲に応じる訳がない。

「イエスタデイ・ワンスモア」は「リーダーの立ち位置」にしてからが
そもそも構造的な欠陥を抱えているのですよ。

本作は時間が1970年代で止まった「夕陽の町」を悪として描き,
しんのすけを惰眠を貪るダメな大人たちを叩き起こし
「未来を返せ」と叫びながら
彼等の「夢」をブチ壊す存在として描いてるのが素晴らしいですね。

本作は今は亡き映画秘宝誌の2001年映画ナンバーワンに選ばれてます。
因みに2位は現実と向き合わない
スタートレックファンに「君達は今のままでいいんだよ♪」
と元気を与える映画「ギャラクシークエスト」。

当時の選者のコメントを抜粋すると

「クレしん」シリーズのベスト・オブ・ベストにして
2001年映画のベスト・オブ・ベスト。
原監督,私も文明は70年代で止まっていいと思ってます。
(三留まゆみ(イラストレーター))

映画自体が卑怯な存在。
気絶したひろしが誕生から現在までを回想するシーンには泣きに泣いた。
(岩本克也(スティングレイ代表))

(野原ひろしは)全国の父親の魂の叫びを代弁してくれた。
そうだ,人生は下らなくなんかないぞ!
(山本弘(作家))

と熱い熱い熱いコメントを残してます。

ブルーレイ画質とは言ってるけど,それ程有難味は感じないなあ。
散々待たされたが「こんなもん?」って感じです。
多分WOWOW放映版と同じマスターを使ってる。

野原ひろしは2001年時点で35歳。
そのまま「サザエさん時空」で
同じ1年を繰り返すことがなければ僕と同い年。
当時僕はうつ病で休職期間中で
未来が全く見えなかった時期だった事もあって
殊更にひろしに感情移入しました。

それから22年が経過してしんのすけの声の出演は変わり,
ひろしの声の出演を務められた藤原啓治さんは他界されました。
でも僕にとっておふたりの声優は依然矢島晶子さんと藤原さんのままです。
これはルパンが山田康雄さんで次元が小林清志さんのまま
変わらないのと同じですね。

世の中は悪い方に変わり,
35歳で役付きで埼玉県春日部市郊外にマイホームがあって
マイカーがあって奥さんと子供がいて…って家庭が
「大変恵まれている」と見做される様になりました。

世知辛い世の中から目を背ける様に
70年代の映画・アニメ・特撮の円盤やCDを繰り返し見聞きしている
僕を見たらきっとケンは笑い,高らかに勝利宣言するでしょうね。

「イエスタデイ・ワンスモアは勝利した!」ってね。

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