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映画「カジノロワイヤル(1967年)」ブルーレイレビュー「吹替音源の「キチガイ」を堂々と収録するフィールドワークス社を無限に称賛するッ!」

現役を退いて悠々自適の隠居生活を送る
「最初のジェームズ・ボンド」こと
ジェームズ卿(デヴィッド・二―ヴン)の
元に英米仏露の諜報組織の幹部が訪ね
秘密結社スメルシュによって世界中の諜報部員が殺され
是非とも元祖ジェームズ・ボンドにお出ましいただきたいと懇願するが
彼は高齢を理由に拒絶したところ,秘密会談の席に迫撃砲が撃ち込まれ
屋敷が吹っ飛び英国情報部の「M」が絶命する。
スメルシュのやり口に俄然闘志が湧いて来たジェームズ卿は
前言と引退を撤回し捜査に乗り出すのだった…。

007ファンにとって「カジノロワイヤル」と言えば
ダニエル・クレイグがジェームズ・ボンドを演じた
2006年の映画「007 カジノ・ロワイヤル」が想起されるだろうが
本作は1967年に製作されている。

先ず少々「その辺の事情」について解説したい。
007シリーズと言えばイオン・プロダクション製作の映画シリーズが
有名だが「カジノロワイヤル」の映画化の企画は
もっと前から動き出していた。

同名原作小説が1953年に出版され
1955年にはハリウッドのふたりのプロデューサー
グレゴリー・ラトフとマイケル・ギャリソンは
原作者のイアン・フレミングから映画化権を6,000ドルで購入していた。

しかしラトフは1960年末に急逝。
映画化権はラトフに金を貸していた
プロデューサーのチャールズ・K・フェルドマンに譲渡され
「カジノロワイヤル」の映画化は
フェルドマンの個人プロジェクトの様相を呈し始める。

フェルドマンは旧知のハワード・ホークスに監督を依頼するも
「007 ドクター・ノオ」を観たホークスはやる気をなくし,この話は頓挫。

次にフェルドマンはショーン・コネリーを主役に起用しようとするも
イオン・プロとの交渉は決裂。

フェルドマンがコロンビア・ピクチャーズの出資を取り付けた事により
一時はイオン・プロからの共同製作の申し出があったが再度交渉は決裂。

フェルドマンはシリアスなスパイアクション路線を放棄し
幾人ものジェームズ・ボンドが登場する
狂騒のパロディコメディ路線へと方向を転換した。

円盤の特典映像の予告に登場するジェームズ・ボンドは都合8人。
(実際はもっと登場する)
ピーター・セラーズ,ウルスラ・アンドレス,デヴィッド・二―ヴン,
ウディ・アレン,ジョアンナ・ペティット,ダリア・ラヴィ,
テレンス・クーパー,バーバラ・ブーシェ
老若男女8人中実に4人が女性である。

8人のうち最大の問題児がピーター・セラーズで
彼は脚本を勝手に書き換えアドリブを連発,
当時19歳のジャクリーン・ビセットとの共演場面では
突然空の拳銃を発砲して彼女を怯えさせた。
ル・シッフル役のオーソン・ウェルズと
ソリが合わず彼と一緒の撮影を拒絶。
遂に彼は途中解雇され
エンディングで8人のボンドが天使のコスプレをして演奏するアイディアは彼を除いた7人の天使のコスプレ演奏となり
彼は作中バグパイプを演奏する場面の流用・切り貼り参加となった。

フェルドマンにはパートごとに別の監督を立てるアイディアがあり
結局監督は総勢5人となる。
5人に統一された意思は全く無く皆が思い思いに撮る為,
話は支離滅裂となり,セラーズが拉致されたペティットを追う場面で
監督が切り替わり次の瞬間セラーズが
ウェルズに拷問椅子に拘束されている等々の体たらく。

斯様な作品の脚本家こそ,いい迷惑でクレジットの脚本家の数こそ3人だが
実際には脚本に12人の手が入っていると言う。

ボンドの数も監督の数も脚本家の数も多過ぎて
船が山に登ったのが本作…「カジノロワイヤル」と言えるのだ。

しかし…本作…「カジノロワイヤル」が「詰まらない」のか?
と言われれば僕は大いに楽しめた。

コレは要するに新年にお屠蘇を飲みながら観る
「オールスター新年かくし芸大会」
であり酔っ払って酩酊し
意識が混濁し朦朧とした頭で観るのに最適な映画なのだ。

映画には「接待」という「隠しジャンル」があり,
主人公役がアイドルとか若年とかで演技力に不足が有ったり,
往年の大俳優が高齢により満足の行く演技が実現出来ない等の場合,
周囲の人間が何もしてない主人公を
ひらすら褒めちぎる映画を「接待映画」と呼ぶ。
「接待映画」の定義上,具体例を挙げるのは障りがあり過ぎるのだが,
例えば「若大将シリーズ」に於ける加山雄三,
「インディジョーンズシリーズ」最新作に於けるハリソン・フォード,
等々が挙げられる。

本作の序盤はデヴィッド・二ーヴンの接待映画として進行し,
爺さんの二―ヴンが女性にモテまくり,女性と風呂に入ったり,
ミニスカートの女性2人に甲斐甲斐しく付き添われたり,
「M」の未亡人に化けた諜報員ミミ(デボラ・カー)に
夜這いされたりと延々接待が続く。
二―ヴンが重い丸石を持ち上げるとデボラ・カーは
「アナタは世界一の男だわ!」
と称賛して色目を送る有様。
何だよコレ!

まあね。

接待映画に免疫がない人は
この「ジジイが延々女性の接待を受けるパート」で脱落すると思う。

中盤は爺さんの二―ヴンひとりじゃ間が持たんから
英国諜報部員の見所がありそうなのを
片っ端から「007 ジェームズ・ボンド」と名付け
「沢山の007」が登場するが
特に見所がありそうなのが
ピーター・セラーズ(男)とジョアンナ・ペティット(女)のふたりで
それぞれ寝技を駆使しつつ活躍する事となる。
セラーズとラスボスのオーソン・ウェルズのカジノ・ロワイヤルでの
バカラ対決はイアン・フレミングの原作に則っていて緊張する。

終盤は…何と説明したら良いか…「気違いの見る夢」が延々と続く。
ウェルズに拷問を受け,精神が錯乱したセラーズの見る夢,
「真のラスボス」の秘密基地の
サイケで「ドアが地の果てまで延々と等間隔に並ぶ」悪夢的間取り,
「ピンク・パンサー」でお馴染みの笑気ガスによって錯乱する
カジノ・ロワイヤルの混乱した模様は
「ここだけ」急に気が狂っていて一見の価値がある。

お色気担当のバーバラ・ブーシェ,
神経質な演技で存在感をアピールするウディ・アレン,
チョイ役で登場するジャン・ポール・ベルモント等々
終盤の「気違いの見る夢」演出を踏まえて考えるに,
「シラフで観なければいい!」
「酒を飲んで意識が混濁すれば面白いかも」
という結論に到達するのだ。

僕的に終盤の展開が無ければ
うんと辛い評価となるが終盤で逆転して
得した気持ちになるは必定の映画と思えて来た。

少し真面目に言えば
本作は大人の男と女が真面目にバカバカしい事をする映画なんですよ。
まあ作中のジェームズ卿とマタ・ハリの娘:マタ・ボンド
(ふたりは親子って設定です)の会話を(吹替で)聞いてやってくださいよ。

マタ:アタシは…天から舞い降りた聖堂の処女なの♪(神崎メグ声全開で)
ジェームズ卿:ああ?…処女だァ…?
ちょっと厚かましいんじゃないのアナタ!?(中村正声で)
マタ:ウフ♪ちょっとね♪

この…少しも気取らない気さくな親子の会話を見てよ!
この子(マタ)は親(ボンド)から見て私生児に相当し
長い間親から放っておかれて
加えてボンドとマタ・ハリの娘って有り得ない設定で
世間からの風当たりが強いんだけど
久しぶりに会った親子の会話がコレですよ。
恨み事一切なし!

現実ではマタはボンドに対して恨みに思う気持ちが残り
恨み事のひとつも言うのでしょうけれど
コレは喜劇であり登場人物全員がアレコレ思い悩まないんです。

作家の筒井康隆さんが本作のファンで
「僕は喜劇の登場人物になりたかった」
「恨みとか悩みを抱えない世界に生まれたかったんだ」
と随筆に書かれていて喜劇=能天気=バカっぽいんじゃなくて
堂々とバカをやりアレコレ思い悩まない世界観に救われる魂があるんです。

何だか知らんけど「頭がいい」「バカと思われたくない」ってのが
映画の至上命題となって登場人物が皆頭のいい発言をする,
人の発言の揚げ足を取りマウントを取る事に汲汲としてる…。
それっておかしくね?
と僕は思うのだ。
そんな中こういうね…「真剣に不真面目を演ずる」映画って
凄く新鮮でありながら同時に凄く懐かしく感じたんです。

僕達は「利口に思われたい」「バカと思われたくない」って事に
汲汲としてる世の中に窒息しそうで
映画を観てる間くらい「バカ」に戻りたいのですよ。

それを…映画の中でも登場人物が皆利口ぶって…。
一体…僕は何処で深呼吸すればいいんだッ!

マタの台詞でもうひとつ取り上げたいのはコレ
字幕:マタ・ハリとボンドの私生児なんて
吹替1:マタ・ハリとボンドの娘って言ったらキチガイ扱いなんだから
吹替2:マタ・ハリとボンドの娘って言ったらバカ扱いなんだから
吹替3:マタ・ハリとジェームズ・ボンドの私生児よ?大変に決まってる。

僕がフィールドワークス社を褒めたいのは
1.一時期使用が自粛されていた
「私生児」って言葉を字幕に堂々と使ってる。
2.吹替音源の「キチガイ」って言葉を堂々と収録してる。

の2点。
「キチガイ」とか「日雇い人夫」って言葉を消音処理して
「無かったこと」にしようとする風潮には断固反対します。
僕は!子供の頃,聞いた通りの吹替で映画が観たいんです。

映画「ヘルハウス」で富山敬さんがべラスコの事を
「チビの私生児」と罵倒して除霊する場面で
「私生児」が長らく消音処理されてましたが円盤で復活しました。
「私生児」を消したら映画の創作意図は死ぬんです。

恐らく…「ヘルハウス」の吹替音源復元が
「私生児」を今日字幕や配信音源に堂々と使える様になった
一助になったと僕は思ってます。

「私生児」や「キチガイ」や「日雇い人夫」を消されて
「そういう時代だから」って俯いて黙ってたら
どんどん「不適切な表現」は消されて行きますよ。

僕はただ!子供の頃聞いた通りの吹替で聞きたいだけなのに
「表現の自由」とか「差別」とか…随分と話が大事になったもんです。

本円盤には3種類の吹替音源が収録されています。
浦野光さんのセラーズ,武藤礼子さんのウルスラ・アンドレス,
中村正さんのデヴィッド・二―ヴン,
吉田理保子さんのジョアンナ・ペティット,
富田耕生さんのオーソン・ウェルズ,肝付兼太さんのウディ・アレン…。
何れも絶品です。

最後に一ヵ所だけ指摘したい事があります。

音声メニュー
字幕メニュー

1.セットアップの3つの吹替音源の
「音声」と「字幕」のメニュー画面が似ていて一見では見分けにくい事。
2.また関連して3つの吹替音源の何れかを選択した場合,
吹替がカバーしてない箇所は
自動的に字幕対応にしていただきたかったです。
現行ですと「音声」「字幕」共に手動で指定する必要があるので。

ホントナマイキ言って済みません。

「カジノロワイヤル」のブルーレイはココでしか買えません。




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