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黒澤明監督の映画「椿三十郎」レビュー「思慮の深浅の描写に痺れますね。」

古寺で車座になって
殿様が出府中なのをいい事に汚職に耽る
次席家老・黒藤と国許用人・竹林を糾弾する若党9名。
若党9名は血気にはやり頭目の井坂の伯父で
留守を預かる城代家老の睦田に
「斯かる奸物共の汚職を知りながら何故今日まで奴等を見逃しているのか」と奸物粛清の意見書を提出するも井坂の眼前で破り捨てる。

「オマエ達はこの俺を少しウスノロのお人よしだと思って
案山子代わりに担ぎ出す算段らしいが…」
「人は見かけによらねえよ」
「危ねえ危ねえ」
「第一な。一番悪い奴はとんでもない所にいる」
「危ねえ危ねえ」

とニヤニヤ笑いながら。
そこで井坂は大目付の菊井に伯父との話の一部始終を伝えると
「宜しい。この際,貴方たち若い人と共に(汚職根絶に向けて)立ちましょう」と菊井が井坂に言質を与えたと言う。
意気上がる一同。

「さすが菊井さんは(ウスノロの睦田と違って)話が分かる!」

すると古寺の奥から大あくびの音。
あくびの主は浪人・椿三十郎。

もうね。若党9人の余りの思慮の浅さが
「聞いちゃいられねえ」
のだ。

椿に言わせりゃあ城代家老・睦田の思慮は途方もなく深く,
奸物共の首根っこを押さえる証拠固めの段階で
軽々な行動を自重してるに過ぎず
砂糖菓子の様な甘言で若党9人を煽る大目付の菊井が一番ヤバイ。
大体「大目付」は藩内の揉め事を収めるのが役目なのに
その大目付が何で若党を煽るんだよ。
睦田は菊井が汚職の黒幕と見抜いていて内偵してる最中に
若党が意見具申しヤバ過ぎる意見書を破り捨て若党の身を守ったのに
あろうことか若党は黒幕の菊井にありのままを伝えに行ったのだ。

「俺が菊井ならオマエ達を一網打尽にして睦田を失脚させるね」
「しっしかし菊井さんはキミ達若い人の話がもっと聞きたいと」
「本日この古寺で落ち合う約束を…」
「ハアア?」「この寺でェェェ!?」

古寺は既に菊井の手勢に十重二十重に取り囲まれている!

「我等9人生きるも死ぬも一心同体ッ!」
「10人だッ!テメエ等の浅慮でオレまで一網打尽にされてたまるかッ!」

もうね!冒頭からメチャクチャに面白いのである。
本作では「思慮」の深浅が非常に重要視されていて
一番思慮が浅いのが若党9人。
椿と菊井の思慮は五分だが…椿の方が1枚上手かな。
天衣無縫であるが故に椿の本質をギラギラした「抜き身の刀」と表現し

「貴方の刀は本当によく切れる」
「でもね。本当にいい刀は鞘に納まっているものよ。ん?」

と釘を刺す睦田の奥方が椿の上を行き
藩内の騒動が一件落着し
ずっと菊井等に拉致監禁されていて

「ワシは…事を穏便に収めたかった…」
「菊井たちには隠居して貰う心算でいたが…」
「ワシの算段が外れ」
「菊井は自刃,黒藤と竹林を家名断絶に追い込んだのは」
「ひとえにこのワシの不徳の致すところである」

と「余計な真似をした」若党9人の謝罪を遮って
逆に詫びる睦田の思慮は
ガタガタになった藩の立て直しには
血気盛んな彼等若党の力が必要なのだという
「藩の未来」まで見通していて
思わず頭が下がるのである。
こんな真似,「ウスノロのお人よし」に出来る訳ないじゃん…。

最後は決して宮仕えが務まらない
ふたりの「抜き身の刀」
椿と室戸の決闘が描かれ
血しぶきを上げながら倒れる室戸の姿が
宮仕えの務まらない「抜き身の刀」の未来を示唆し
「自分の未来の姿」に不機嫌になった椿は
若党9人の「お見事!」という称賛の声に

「馬鹿!知った風な口を利くんじゃねえ!」
「あの奥方が言った通り」
「本当にいい刀は鞘に納まっているもんだ」
「オマエ達も大人しく鞘に納まっとけ!」

と罵声を浴びせて去って行き映画は閉じる。

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