【台本】マッチョ売りの少女
/SE 吹雪
「寒い……」
凍える風に指先がかじかむ。
今夜はかつてないほどの大寒波がきているという。
それなのに、私は家に入れてもらえない。
いじわるな両親が私に仕事を押しつけたのだ。
手にした籐の籠を握る手に力がこもる。
/SE マッチョ
籠の中にはたくさんのマッチョ。
このマッチョをすべて売り切るまでは帰ってくるなと両親は言う。
「ああ、寒い……」
私は手をさすりながら雪一面となった街の広場へやってきた。
仕事帰りの人たちがまばらには見受けられるが、やはり普段ほどではなかった。
「マッチョ、マッチョはいりませんか?」
私が呼びかけても人々は見向きもしない。
皆、温かい家庭があるのだろう。
マッチョなどには目もくれない。
「マッチョはいりませんか?」
それでもあきらめるわけにはいかない。
マッチョをすべて売らないと私はここで夜を明かすことになってしまう。
「お願いします。1マッチョだけでもいいんです。マッチョを……」
目の前を通り過ぎようとした黒いコートの男に私は呼びかける。
しかし、
「なんだ!マッチョなら足りてるよ!」
男のしなやかな上腕二頭筋の動きに私は跳ね飛ばされる。
「きゃっ!」
/SE マッチョ
/SE マッチョ
/SE マッチョ
あたりに散らばるマッチョ。
「ふん!鍛え方が足りないんじゃないか?」
男はそう言い捨てると去っていった。
「うう……」
マッチョをかき集めて籠へと入れる。
そんな私の姿を見ても気にかけてくれる者はいない。
それが一層辛く、私の頬を涙が伝った。
「ああ……どうして誰もマッチョを買ってくれないの?」
地面に落ちた最後のマッチョを拾いあげる。
こんなにもマッチョなのに。
手にしたマッチョは輝かしい笑顔をこちらに向けているが、なぜだろう、心では泣いている様な気がした。
/SE 吹雪
「ああ、寒い……」
吹雪がまた一段と強くなった。
「マッチョ……マッチョはいりませんか……」
私はガタガタと震える体を抱えるようにして広場をさまよう。
だが、もう周囲には私以外に誰の姿も見当たらない。
ああ、もうダメかもしれない。
寒さで意識もはっきりしなくなってきた。
ふと視線を落とす。
/SE マッチョ
籠の中にぎっしりと詰め込まれたマッチョたち。
数マッチョくらいなら使ってもいいんじゃないだろうか。
そんな思いが頭の中を巡る。
どうせこのままだと死んでしまうのだ。
ならば、と私は震える手で籠からマッチョを引っぱり出して握った。
「…………ダメ。全然温かくならないわ」
マッチョは確かにほのかに温かい。
しかし、この吹雪ではそれでも体の震えは治まらなかった。
「ああ……どうすればいいの?」
/SE マッチョ
手の中のマッチョを眺め、そして思いついた。
「そうだわ!パンプアップすればいいのよ!」
私は籠から何人ものマッチョを取り出すと周りに並べて言った。
「お願い!マッチョたち!その体の真の力を見せて!」
私の声に応えるようにマッチョたちは白い歯をキラリと見る。
すると突然、思い思いのトレーニングをはじめたのだった。
ある者はプッシュアップを、ある者はクランチを、どこから持ってきたのかバーベルを手にスクワットを始める者もいた。
皆、鍛えたい箇所が違うのだろう。
しかし皆変わらず、満面の笑みを浮かべ、そしてその筋肉を大きくさせていく。
「すごい!すごいわよ、皆!あと少し!もう一回!できる!あなたたちならできるわ!」
私の応援が届いたのか、マッチョたちは最後の力を振り絞り、トレーニングをやり終えた。
じっとりと汗の滲む表情は、しかし最後まで笑顔だった。
/SE マッチョ(大)
あんなに小さかったマッチョたちは気づけば見上げるほどに大きくなっていた。
「なんて暖かいの」
パンプアップされた筋肉たちに囲まれる私。
あたりは吹雪いているというのにまるで南国にでもいるかのような暖かさだ。
/SE マッチョ
/SE マッチョ
/SE マッチョ
籠の中のマッチョたちがうずいている。
「ええ、そうね!次はあなたたちの番よ!」
かくして――、
かつない寒い夜はかつてない暖かい夜となった。
え?
このあと私がどうしたかって?
それは……ううん、長くなるからまたの機会にしましょう。
けど……そうね、一つだけ言うとすれば――、
/SE マッチョ
/SE マッチョ
/SE マッチョ
あらあら。ふふ、マッチョたちが呼んでるわ。
彼らだけは私のそばにいてくれる。
それは今も昔も変わらないことよ。
✒あとがき
読んで下さってありがとうございました!
昨日のこちらの配信で書けって言われたので(言われてない)書きました。
僕もムキムキというほどではないけど筋トレ好きです。
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