見出し画像

黄泉比良坂墓地太郎事件簿「ムクリコクリの鬼」



海月くらげは今日16歳になった。
「16歳」
と海月くらげは声に出した。

「じゅうろくさい」
鏡の中の自分を覗きながらもう一度声に出した。
「ろく」の音で舌先が丸まって反り返る。そして軟体動物が新体操をするかの如く跳ねて、唇がくるりとすぼまった。
誕生日を迎えた、というだけで世界が自分が昨日よりも変わってみえる。

昨日よりも自分が大人っぽく見えるし、世界は昨日よりも明るく見える。
今朝のチョコレートホイップトーストは昨日よりもビターでソルトサラダは昨日よりもスパイシーだ。
ママンとパパンは昨日と変わらない。この人たちは誕生日を迎えた訳ではないから。
猫は昨日よりも少しだけ可愛い。
空がいつもより青い。
空気は日増しに冷えて透明度を増す。年の瀬も近い。

「誕生日おめでとう」と松葉ぼたんは言った。
「ありがとう」と海月くらげは言った。
「誰の誕生日」同級生の飛葉嶺二は聞いた。
「くらげよ」とぼたんは言った。
「へえ」飛葉嶺二は言った。

海月くらげは16歳になった。
松葉ぼたんは夏に16歳を迎えていた。
嶺二は未だ15歳だ。

一年ごとに彼ら彼女らは目覚ましく成長する。
男子三日会わざれば刮目して見よ。
誕生日を迎えない飛葉嶺二は先んじて大人になった少女たちに軽い苛立ちを感じた。
それは劣等感、であったかもしれない。取るに足りない劣等感、だが男児には大事なことかもしれない。飛葉嶺二はこの靄ついた感情の処し方を未だ知らない。

「16歳は」と松葉ぼたんが言った。
「結婚ができる」

「いやだ、エッチ」と海月くらげが言った。
婚姻がエッチなものだと感じる程度に彼女らは大人であり、子供であった。
空を、雁が飛んだ。
その雁の編隊を見ながら飛葉嶺二は会話に加わることのうしろめたさを感じて黙っていた。

「はい」と海月くらげが手を差し出した。
「なに」と嶺二は聞いた。
「プレゼントを頂戴よ」とくらげが笑った。
その笑顔を見て、嶺二は鬱屈が吹き飛んだ。

「ははは」と笑った。
海月くらげも「ははは」と笑った。
三途川高校に向かう通学路の途上である。
本日の授業が終わると明日から冬休みが始まるだ。

通学路を歩く生徒たちの足取りは軽い。
今日はきっと教師たちも真っ当な授業をやる気などない。
コーヒーにミルクが溶けていくように、今日という日に冬休みが溶けて、一日の時間をゆるやかにするに違いない。空には雲一つない。きっと暖かな一日になる。

あたしは16歳になった。
海月くらげは考える。
もう結婚だって、できる。
人生の伴侶を、選ぶことができる。人生を、決める事ができる。
大人の仲間入りをしたのだ、と思った。

歩を止めた海月くらげを振り返り松葉ぼたん、飛葉嶺二がどうしたと声をかける。
何ンでもないと笑って再び歩き出す海月くらげ。彼女らの人生はいま当に始まった所なのだ。

そんな彼ら彼女らの首が飛び、今断面から血飛沫が噴出する。教室は文字通り血の海だ。
転がった海月くらげの生首が無表情に空を見る。
空は澄み切ってア、オ、イ…。

mmmmmmmmmmmmmmm

遡ること数刻前。
教員である十三階段は懊悩していた。

フラミンゴは赤い色素を持つエビなどを食べるので、ピンク色になるのだ。
とすれば、目の前の白いフラミンゴ的な動物は赤い色素を食べてこなかったに違いない。もしかしたらお腹が空いているのかもしれない。アンパンは食べるだろうか。

「野生動物にアンパンを与えると動物虐待で逮捕するわよ」
「そうですか、まだあげてません」
「でもあげようとしていたから逮捕よ」
「そんな馬鹿な」

よく見ると白いフラミンゴは亀の上に立っている。カミツキガメだ。大きい。凶暴そうだ。

「鶴と亀よ。縁起がいいわ。」
「そうか、嬉しいな」
無邪気に喜んだ十三階段昇は誰かから
「先生」と呼ばれた。

「え?」
「先生」
女生徒が起立して十三階段を呼んでいた。
「何かな」
「教科書を読み終えました。」
十三階段は思考を巡らせる。
そう言えば教科書を読むよう女生徒を指名していた。
次第に思考は明智となって記憶を繋げる。

「そうか、ありがとう。それじゃ後ろの席の者は次の箇所を読むように。」
「もう続きはないですよ」

生徒たちが笑った。
「先生、大丈夫?」
どうやら意識が飛んでいたらしく鶴と亀の白昼夢を見たらしい。
その時、終業を告げるチャイムが鳴った。十三階段の言葉も待たずばらばらと生徒が席を離れた。

十三階段昇は三途川高校の社会科の教員である。
冬の柔らかな暖気の中で苛烈な眠気に抗いながら、本日最後の授業を終えた。
明日から冬休みになる。開放感に伸びをして疲労を吐き出した。

冬休みであっても教員は無論出勤をするが、園芸部という実質帰宅部の顧問である十三階段は冬休み期間は実の所、やることがない。教材研究と名付けられた自由時間を校内で持て余すだけだ。

明日からは好きなだけ自堕落に過ごすのだ、と十三階段は決めていた。その代わり、本日までが多忙を極めた。冬休み直前の学年テストを前に同じく社会科で倫理と世界史と政治経済を担当していた同僚が失踪した。

十三階段の担当は日本史と地理と現代社会であったが、急のことなので、何ら援軍もなく同僚の抜けた穴をすべて十三階段が補った。折しも学年テストの直前であったので三学年のテストのすべてを十三階段が作ることになり、すべてを採点することになった。一学年につき三課程あったので全部で九課程のテストを作り、一学年百人×三課程の合計六百解答を採点をし、それぞれを集計をした。

代わりの教員が来るのは冬休み明けになるということで、文字通り十三階段はいつもの倍働いた。多忙を極める仕事は困苦であったが、それはまだ良い。

彼の最たる問題は眠れない事であった。

不眠不休の仕事の合間に、少し時間が取れて仮眠を取ろうとする。だが横になっても気が張って眠れない。微睡んだと思うと何かよからぬ胸騒ぎがして目が覚める。そうして十三階段はこの数週間をろくに眠って居ないのであった。

たがしかし眠れないからと言って眠くないかと問われれば眠いのだ。
眠い、相当に。その眠気がまた困る。少し気の抜けた時間が出来るといつの間にか大脳活動が停止して夢を見始める。起きて現実世界に身を置きながら、現実の理との境界が定かならぬ夢を見始めてしまうので、仕事にも私生活にも差し支えるのであった。

先程の鶴と亀の夢を見たように、そのような事がしょっちゅうで生徒からもいつも以上に小馬鹿にされる。尤も元来彼は風采の上がらない男であるので今更そんな事は気にしないのだが。しかし。一つ歳下の国語科教諭である捌谷・レマ・恵理恵理は生徒から馬鹿にされる十三階段を見て眉を顰む。

「もっと厳しく叱らないと」
と捌谷恵理恵理は言う。
「ははは」と十三階段は力なく笑う。

大人になれば一つ二つの歳の差など気にしない。後輩である捌谷の物言いは無遠慮であるが姉のような母のような親しみがある。捌谷は四人の弟妹がいて子供の頃から面倒を見てきた。培われた長女らしさが十三階段との関係にも遺憾無く発揮される。それを十三階段がどのように感じているのかは知れない。

放課後の学舎は午後の、暖気に包まれていた。大半の生徒は下校した。
教室には何人かの生徒が残り、本年最後の教室の、日常の残り香を楽しんでいた。

その一角に女子が机を囲んで座っていた。

「こくりさま、こくりさま、いでませ。いでて願いを叶えたまえ。むくりさまはおいでになってもいねませ。」

海月くらげ達数人の女生徒が教室のひと角の机を囲んでいた。

机の上には鳥居と五十音の書かれた紙、その上に十円玉が置かれている。机を囲む女子たちの指先が十円玉の上に乗せられている。

「こくりさま、こくりさま、いでませ。いでて願いを叶たまえ。むくりさまはおいでになってもいねませ。」

それを見て捌谷は呆れて云った。
「あんたたち何をやってるの」

「先生、邪魔しないでよ」と松葉ぼたんが云った。
「ほら、十三階段先生も何か言ってやって下さいよ」と捌谷は云った。

「君たちもう帰りなよ」
と十三階段は云った。

そんな陀落しない物言いをするから生徒に馬鹿にされるのだ、と捌谷は思った。柔和で人柄は悪くないが、それで生活指導は務まるのだろうか。

「ちょっとしたら帰るから」
と松葉ぼたんは言った。

「学校で狐狗狸さんなんてやめてよ」捌谷は言った。
「狐狗狸さんじゃないよ」と松葉ぼたんは言った。

「コクリさんだよ」
「同じじゃないの。」
「同じじゃないよ」
やり取りしながら本当にこのこの子たちは子供だ、と捌谷は思う。

既に肉体からは子供らしさが抜け大人の色香を纏い始めている。だが大人と思っているのは当人達ばかりで、精神の分別がついておらぬ。

こっくりさん、エンジェルさん、19世紀の心霊学に端を発するこれらの交霊遊びを本心から信じている。ともすれば狐狗狸さんとエンジェルさんは違う霊だ、などと言い出しかねない。

狐狗狸さんの原型は当時欧米で興隆した降霊会のテーブルターニングである。ヴィジャ盤と呼ばれる盤に数人が手を載せる。じっと待っていると盤があらぬ方向に傾く。「霊が降りてきた」証拠なのだと降霊術師が語る。

日本ではそれが手書きの紙と銅銭という誰もが手軽にできる降霊術として発展した。

デーブルターニングの現象が複数人の筋緊張から起こる無自覚筋運動であると説明したのは妖怪博士との異名もある明治の哲学者井上円了である。降霊術などと嘯いて無知蒙昧の人々を騙る悪輩が現れる事を危惧していたのだ。

このようなものをすっかり信じてその挙句に泣き出すやら喚くやら暗示に陥ったりするので、真に多感な乙女は始末に悪い、等と嘗ての多感な乙女である捌谷は溜息をついた。

乙女たちが良からぬ集団催眠に陥る前に止めさせなくてはいけない。

「コックリさんでもモックリさんでもお終いにしなさいな」
「ムクリとコクリだよ」
「同じじゃないの」
「違うよ。コクリさんが現れると願いが叶うんだよ」と乙女たちの誰かが言った。
とまた別の誰かが言った。

「今日、海月が誕生日だからみんなで占うんだよ」と松葉ぼたんが言った。

どうやらコックリさんの持つ和なる神性と荒ぶる神性が此処ではムクリとコクリという悪神と善神に別れているようだ。昔は狐狗狸さんを怒らせると呪われる、と子供たちは信じたものだが、此の遊びではムクリ様は危険で有害、コクリ様は安全な福音となっているらしい。一種の安全装置のようなものだろうか。子供たちの中に生まれる伝承は時に不可解だ。現れたのがコクリ様なら安全だとして、もしムクリ様が現れたなら?嘗ての荒ぶる狐狗狸神が其うで在った様に、大人しくムクリ様は帰って呉れるのだろうか。


「あ。」
と女子が奇矯な声を上げた。

捌谷と十三階段は見た。少女たちの指を乗せた十円玉が紙の上で攪乱する様を。誰かが動かしている、のではない。どの乙女らも力強く力動する十円玉から指を離さぬようにするのが精一杯であった。

「これが無自覚筋運動?」捌谷は疑念した。断じて異なる。そのような曖昧な力動では無い。もっと明確で強固の意思が銅銭を動かしている。一体自分はいま何を見せられているのか。

「ナニヨ、コレ!」乙女の一人が悲鳴を上げた。

滅茶苦茶に十円玉は動き、そして紙の上に描かれた鳥居の上で止まった。戸惑いながらも乙女たちは作法に則ってお尋ね申し上げる。

「コクリ様、ですか」
と少女が聞いた。

十円玉は滑らかに動いた。誰かが他の者を謀って動かしている様には見えない。

「YES」の上で十円玉は静止する。
それを見て、乙女たちは安堵した様だった。捌谷もまた安堵した。だが安堵してから内心、苦笑した。ムクリ様だろうとコクリ様だろうとそれは無知蒙昧の起こす誑かしだ。十円玉の力動が如何に不可解であったとしても、非科学の産物であろう筈がない。大人として分別ある自分までが騙られて如何する。

捌谷は冷静を努めた。
心霊の正体が無自覚筋運動であろうと、集団催眠であろうと、子供たちに心霊が降りてしまった以上、不用意に中断するとこの子らが良からぬ暗示にかかるだろう。後々呪いだ何だと騒がれる位なら、無事に終了するのを見届けた方が良い。

いざとなれば自分が十円玉に指を添えて平易の結果に誘導すれば良い。

コクリ様が現れて、次は乙女たちが質問をする番であった。

明日は晴れますか?

YES

私の三学期の成績は上がりますか?

YES

Oooo(アイドルグループ)のooooはoooo(ポルノスター)と付き合ってるんでしょうか。

YES

十三階段先生は捌谷先生の事が好きですか?

乙女たちは質問してにやにやと笑った。
「あんたたちいい加減にしなさいよ」捌谷は子ども達を叱った。

十円玉がYESに動いた。
黄色い声が上がって乙女たちが教員達を囃した。
「こら」と捌谷はまた叱った。
そして十三階段を見た。
「ははは」と子供たちの無作法な揶揄に、彼は背中を丸めて笑っていた。

全く馬鹿馬鹿しい。捌谷は思った。こんなことで何一つ真実など分かりゃしないのに。
それからまた捌谷は思った。
「捌谷先生は、十三階段先生の事が好きでしょうか」
生徒の質問が逆でなくて良かった。もし逆であったなら、自分は斯様に無心となって揶揄を躱せない。

「くらげちゃんは彼氏ができますか」

NO

それが占いの本命であったのだろう。乙女たちが溜息混じりに落胆した。
質問はそれで十分のようだった。

「有難う御座いました。もうお帰り下さい。」

「…。」

十円玉は動かなかった。
NOの上のまま。

「お帰り下さい」

もう一度乙女が云った。
十円玉はふらふらと力なく動き、またNOに戻った。
乙女たちに緊張が走ったのが分かった。

「帰ってくれない」

「お帰り下さい」
再び、少女たちは云った。
十円玉は文字盤の上をゆっくり進んだ。

「イ」

「ヤ」

緊張して少女たちは言葉を失った。
「本当にコクリ様ですか?」
乙女たちの不安が思わず口をついた。恐ろしい考えが脳裏によぎる。
もしもこれがコクリ様でなかったら?

十円玉が無軌道に疾走した。目に見えない何者かが嘲笑しているようであった。

「こんなの絶対、コクリ様じゃない!」

乙女が叫んだ。
十円玉がぴたりと静止した。
そしてまたゆっくりと動き始める。

捌谷はその行先を追った。
「見えない」と捌谷は思った。
何かに視界が塞がれて盤上が見えない。十円玉の動きが追えない。

一体何に?
捌谷は蓋然に気付いた。

「夜に成ッている!」

確かに放課後の校内は日が傾きかけていた。だが日没にはまだ数時間もある筈だった。
先程まで自分たちは光の中にいたのだ。柔らかな冬の陽射に包まれていた筈であった。

だが今や夜の闇が視界を塞いでいた。
その暗闇の中を十円玉がゆっくり進む。
捌谷は目を凝らした。極限に瞳孔を開く。

「YES」

十円玉は静止した。

YES?
何の質問の答えだろうか?と考えて即座に悟った。
「ゼッタイ、コクリサマ、ジャナイ」
という乙女の悲鳴に、今何者かが「YES」と答えたのだ。

その刹那に。
誰もが其処に、自分たちの背後に、何かが現れるのを気取った
捌谷の全身が総毛立った。

そして乙女たちは、捌谷は見た。教室を埋め尽くした化性に自分たちが取り囲まれているのを。

「ひ」

戦慄に圧倒されて悲鳴を上げる事すら憚られる。
姿形は皆バラバラであった。首の無い者。腕の無い者 。顔が半分潰れた者。目のくり抜かれて孔となった者。バラバラであったが損傷した人体の「なれはて」であった。彼らの傷口は癒えず血と腐汁に穢れていた。床に彼らの腐汁が滴り水溜まりを作る。

狂暴の気魄を肉塊達は発していた。乙女らは剥き出しの敵意、害意に囲まれている。

恐怖に硬直した乙女の指先を十円玉が強制的に操作した。

「ム」
「ク」
「リ」

「ガ」
「キ」
「タ」

ムクリが来た。
ムクリとは。
答えは眼前に在った。

黒毛に覆われた歪の人体。巨大な顔面から直接幾つもの腕が生えている。其れが多足の節足動物に似る。その背にあたる後頭部の翅が開くと不自然に大きな口唇が在り、人の頭骨ほどの大きさの歯が並ぶ。
歯が開いて隙間から舌が伸びた。舌の先が傀儡の童女人形となっていた。その細工物の目が乙女たちを睨める。

「オネエチャン」
「アソボ」
と童女人形が言った。

mmmmmmmmmmmmmmmmmm


化け物の後頭部が開いて現れた和装の童女人形が、私の目の前で喋っている。

「アソボ」

私は悲鳴を上げた。もしくは声すら出なかった。
どちらだったのかも分からない。
私は化け物から顔を背けた。だが背けた先に回り込み、童女人形は私の視界から離れない。

「アソボ」
返事をするまで諦めないのだ、この童女は。

「何をして」
喉奥から声を絞って私は言った。

「ゲエム」
童女は言った。

「マチガイサガシ」
アハアハと童女は嗤った。

思考が停止した私に不可解が襲った。
「松葉ぼたん」が二人に増えている。

「あなた何で二人になっているのよ」
私は言った。
二人のぼたんは互いを見て悲鳴を上げた。
「ナニヨコレ」
各々が恐怖に慄く。

童女人形は尚も私の顔面を覗いて嗤っている。

「ホンモノ、ハ、ドッチ」

「本物ハ?」と繰り返し再生のように私に選択を迫る。訊き乍ら怪物の無数の腕が私を弄るのだ。

いつまでも答えない私に童女人形は苛立ち、私を嬲る腕が関節を捻った。
私は悲鳴を上げた。

二人の松葉ぼたんのうち本物を当てなければいけない。でも二人はまるで双生児のようだ。並んだ鏡像に差異など無い。
折檻の痛みに震えながら私は右のぼたんを指さした。

童女人形は言った。
「ハズレ」
右のぼたんは消失した。
そして左のぼたんは化け物の腕に軛殺された。

ギィィ
とぼたんは言って軛かれた。

ギャア
隣にいた少女が叫んだ。

「コンドハ、コレ」

その叫んだ少女がふたりに増えていた。

少女は錯乱していた。

恐怖に歪んだその表情は、私の初めて見る顔であった。この娘はこんな顔もするのだ、と私は思った。私は腕を捻りあげられる痛みの中で亦た一人を選んだ。

「ハズレ」

少女は、十六歳になったばかりの海月くらげは、軛死した。

教室の隅に数人の男子が震えていたが私は悉く本物が見つけられず全員死んだ。

「オネエチャン、コンドハ、オニゴッコ、シヨウ」
と童女人形は言った。

私の周りを囲んだ破損人体たちが哄笑した。

「アタシヲ、ツカマエテネ」
「モシ失敗シタラ」
「#*++-%%ガ死ヌヨ」

mmmmmmmmmmmmmmm

「という訳なのよ」

黄泉比良坂探偵事務所で出された茶を啜りながら女子高生夜蝶アゲハは言った。

「じゃあアゲハちゃん、今度はその怪物に取り憑かれてるの?」
黄泉比良坂探偵事務所で助手を勤める人三化七猫之助は尋ねた。

「そうみたい」
とアゲハは答えた。

「ウワーーーー!」
探偵事務所所長の黄泉比良坂墓地太郎は素っ頓狂に叫んだ。
「こいつとんでもないもの憑れて来やがった。カエレーーーッ!!」

台所から塩壺を取り出し、女子高生に此れでもかと塩を撒く。
「先生、ちょ」
猫之助が墓地太郎から塩壺を奪って羽交い締めに封じた。
「疫病神が!」
墓地太郎は唾を吐いた。

「吾輩は馬鹿な客だけ騙して儲けられれば良いんだよ!」

mmmmmmmmmmmm

「改めて、事件を整理すると」猫之助は言った。

墓地太郎は憮然としている。そっぽを向いて話に加わろうともしない。
それを捨ておいて猫之助は言う。
「ムクリの鬼というものが現れて鬼ごっこをする事になった、と。」
「ええ」アゲハは言った。
「この場合どちらが鬼なの?」
「追いかける方が鬼だから、あたし達が鬼と言うことになるのかしら」
「鬼になって、鬼を捕まえるなんておかしな話だね」
「ははは」アゲハは笑った。
「ははは」猫之助は笑った。

放課後の教室で実に七人の生徒が残虐死したため、事件は全国報道され、世間を騒がす案件となった。警察が動き、学内は封鎖された。その場に居合わせた生徒の夜蝶アゲハ、教員の捌谷・レマ・恵理恵理達も警察から事情聴取を受けた。

「笑い事じゃない」
墓地太郎が言った。
「ムクリの鬼だって?とんでもないものを連れてきやがって。」
「墓地太郎は知ってるの?」
アゲハが聞いた。
「墓地太郎、じゃない。平民は吾輩を先生と呼べ。」と墓地太郎は言った。
「だって墓地太郎じゃん」とアゲハは言った。現代っ子だからなのかアゲハは墓地太郎の偏屈をものともしない。対等に付き合える。もしかしたら墓地太郎の精神年齢の低さが世代に合うのかもしれない。

「お前達は子供の頃、寝ない子には鬼が来ると脅された事はないか」
「ああ、あります。」
「いまは鬼としか言わないが、昔はその鬼をムクリコクリの鬼と呼んだんだ。」
「ムクリコクリの鬼?」
「起源は古く江戸時代初期にまとめられた醒睡笑という小噺集の中に正体不明の怪物として「むくりこくり」の名前が出て来る。既にその頃には一般的な名前だったんだな。」
「江戸時代の鎖国体制が強まる中でムクリコクリの鬼は儒学者や国学者によって元寇と同一視された事もあるようだが、蓋しどんな姿の鬼なのか書物に描かれた事はない。南方熊楠が蒐集した三重県の伝承では田畑の中で伸び縮みする人型の妖怪とも、海に大量に浮かぶクラゲのような妖怪とも伝えられる。」

ほお、と猫之助とアゲハは話を聞いている。

「古くから妖怪変化の事をもののけと呼んだ。神に対して忌まれる存在をもの、と呼ぶ。その化性であるから神の気に対しても物の気。転じて物の怪。もののけの名前が訛ってもっけやもっこと呼びならわす地域がある。もっこの隠語からもくりこくり、更にむくりこくりの名前が生まれて、民草の口上に膾炙されたのかもしれない。」

「要するに。」墓地太郎は言った。
「ムクリの鬼というものは神に仇する鬼である。つまりは相当危ない。そんな奴と鬼ごっこ?暗黒神に喧嘩を売るようなものだぜ」
墓地太郎は言い捨てた。

「関わったらこちらが危ない。こんな案件引き受ける馬鹿などいない。」

アゲハはしゅんとしてそれを聞いていた。
その時、探偵事務所の扉が開いた。
警察からの事情聴取の終わった捌谷がアゲハから呼ばれて到着したのだ。
「あの」
捌谷は一先ず自己紹介をした。
墓地太郎は猫之助に耳打ちした。
「おっぱいが大きい」
墓地太郎は空気が読めない上に空間認識が劣るため内緒話の声が大きく眼前の相手に筒抜けになっている。

「何カップあるのか聞いてくれ」
猫之助は無視した。
「この度は大変でしたね。」
「ええ、まあ」
「取り敢えず我々が出来る事は御協力しましょう」

墓地太郎が猫之助に耳打ちした。
「吾輩は関わらないと言ったじゃないか」

その言葉を聞いて捌谷の顔が翳った。
事件の異様性から頼れる者がいないことは想像していた。だがそれを押して此処に来たのだ。
捌谷やアゲハの見た異様を信じる者はいなかった。そして「鬼と鬼ごっこ」する事になった事もそれが命に関わる事も誰にも信じて貰えない。捌谷には墓地太郎が最後の頼みの綱なのだ。

夜蝶アゲハは捌谷の横顔を見た。アゲハは墓地太郎の事務所には親しい、と思っている。身内のようなものだ。事件解決に協力したこともある。
親しいからこそ、墓地太郎の人非人の如き発言も予想された。
墓地太郎はとかく勤労という言葉の裏道を歩む人物であった。
面倒な仕事は厭う。厭うて逃げる。その逃げ方たるや徹底している。脱兎、と呼ぶに相応しい。正真正銘の屑である。
詰まるところ頼りにならない。頼りになるのは助手として事務所の一切を仕切る猫之助である。
猫之助は精明強幹の仕事ぶりで情に厚い。困っている者を捨て置けぬ。きっと助けてくれるに違いない。そのような期待から事務所を尋ねた。
端から墓地太郎の協力など期待していない。
何とか猫之助が動いてくれないだろうか。

「先生、ちょっと」
と猫之助がむずかる墓地太郎を奥へと連れて行った。
奥の方で何やら小声で話をしている。
何を話しているのか内容までは分からないが墓地太郎の語気は伝わる。昂っていた墓地太郎の気勢が温度を変える事なく何か別種のものに転じていく。そして時折奥から顔を覗かせては無表情の相貌でアゲハたち、特に捌谷の全身を瞥見しては奥に戻る。

そうこうして墓地太郎は戻って来た。心無し鼻息が荒い。
「オホンオホン、ぶふ。」

ぶふ?改めてアゲハは墓地太郎の顔相を観察した。
本人は小難しい顔を作ろうとしているのだが、何を企んでいるものか次第に眼尻が下がって鼻の下が伸びる。良からぬ事を考えているのは間違いない。

「ええ、おほん。」

と墓地太郎は咳払いした。

「吾輩も霊能探偵の端くれ。我が能力を困っている方のために使うのは義務のようなもの。ムクリだが、コクリだが知らないが吾輩の法力を前にして敵う怪異などございません。宜しい我が偉大な法力をあなた方にお貸し致しましょう。」

言い終わるか終わらぬかのうちに喜色を堪えられなくなった墓地太郎は破顔して「ぶふ」と吹き出した。
「キモい」とアゲハは思った。

少し準備をする、と言って墓地太郎は奥に戻った。
なんだか、妙な事になった。とアゲハは思った。偏屈人間墓地太郎を心変わりさせたものはなんであろう?

怪訝な顔をしていたら猫之助と目が合った。猫之助はニヤニヤと笑っている。一体何を墓地太郎に吹き込んだものか。

mmmmmmmmmmmmmmm

珍しく小綺麗にした墓地太郎と捌谷は喫茶店「黒猫亭」でホットチョコレートを飲んでいる。
一間離れて猫之助とアゲハの席となる。何やら墓地太郎が捌谷を前に頻りに話をしているが、大方くだらない自慢話だろう。

「こんなことで本当に鬼は見つかるのかしら。」
アゲハはホットチョコレートを啜った。
「どうだろうね。手がかりがないから、サッパリ」猫之助はそう言ってホットチョコレートを啜った。
「鬼ごっこをするにしたってせめて場所は限定されると思うけれど。ヒントとか無いのかな。これじゃゲームにならない。」

「それこそ狐狗狸さんに尋ねて見れば良いんじゃない?もしムクリ鬼が亦た現れてしまったとしても、捕まえればゲームは終わるんだし」

猫之助は白紙を取り出してさらさら文字を書き加えた。銅銭を取り出して二人は指を乗せる。
喫茶店のひとかどで猫之助とアゲハは狐狗狸さんを始めた。

が、いつまでたっても一向に十円玉が動く気配がない。
「動かないね」

アゲハは超高感度の霊媒体質で、知らずのうちに憑依されて事件に巻き込まれることが少なくない。
そんなアゲハが狐狗狸さん等やったので今回の事件の契機となったのだろうと猫之助は考える。
雑霊ではなく神様級の鬼を呼んでしまうとはつくづくこの娘は本物だ。そんな娘が何処の霊能者に師事をする事もなく野放しに暮らしている。周囲にとっては地雷が放置されているようなもので危険この上ない。
何かこの娘のためにも考えなくてはいけないな、と猫之助はホットチョコレートを啜りながら考えた。

そんな猫之助の考えも知らず、アゲハはホットチョコレートを啜る。

目が合った。

ニコリと猫之助は笑う。
アゲハもまたニコリと笑う。
霊媒体質のアゲハといえ、常時霊を呼び込む訳でもないらしい。
動かなかった十円玉を見て猫之助は思った。

「もしムクリ鬼がいたとして、どうやってそれが分かるんでしょうか」
捌谷が墓地太郎に聞いた。
アゲハも同様の事を考えていた。
ムクリ鬼が人間に化けていたとして、どうしてそれが見分けられよう。

気付かずに擦れ違うことも有りうる。この鬼ごっこは途方も無いものに思える。

「吾輩などの高次霊能探偵ともなれば怪異の類など一瞥で見分ける事も出来ますが、修行の足りない皆さんの為に狐の窓、と呼ばれる古式がありますよ。」

墓地太郎は捌谷と話しながら至極満悦して自身の能力の高さを吹聴する。あのような高慢な物言いを重ねれば重ねる程、女性から嫌われるなど微塵も思わない。やはり屑、塵芥の輩である、とアゲハは思う。

狐の窓とは影絵遊びの狐を左右で作り、耳に当たる小指と反対手の人差し指を互いに絡める。絡めて狐の口を開くと両手中指薬指が背合わせになる。この形から手掌をずらしていくと双掌の真ん中に窓が開く。
この窓を覗くと化性の正体が見えるのだ。
墓地太郎は捌谷の手に己が掌を重ねて密接に教えている。
この挙動に流石のアゲハも墓地太郎の魂胆が見えてきた。
人格破綻者墓地太郎は捌谷の窮状に乗じて彼女を口説き落とそうと企んでいるのだ。
呆れた人でなしだ。
捌谷も墓地太郎の間の詰め方に当惑している。
アゲハは腹が立ってきた。
「猫さん」
とアゲハは猫之助を呼んだ。
「なんだい」
「奴を殴るのに拳骨で殴るのと、胡椒瓶で殴るのは何方が良いと思う?」
「アゲハちゃん物騒だねえ」
「薄汚い手を捌谷先生から離せ」
「まあ見ててご覧よ」
「何を?墓地太郎のあのニヤけた面ときたら。爪で引っ掻いて八つ裂きにしてやりたい。」
捌谷は手のひらを墓地太郎の汗ばんだ手掌に操られ狐の窓を完成させた。
墓地太郎の鼻息が髪を揺らす。

「さ、さ、覗いてみなさい」
と促されて組んだばかりの窓を覗いた。

「ひ」
叫びかけた捌谷の口を墓地太郎が押さえた。
「おっとと失礼。大声はご勘弁。」
いまこの時、捌谷の目には喫茶店の至る所に潜む影達が見えていた。

「彼らは善良な影です。ずっと昔からこの店にいるのです。」
逆さ吊りになって天井を歩いている長黒髪の影が墓地太郎と捌谷の顔をその長髪で撫でながら通り過ぎだ。
「こちらは影の店員、そしてあれは常連客」

空き席に頭がみっつもある大男が座っている。三つの頭で蛇のような影を食らっている。
捌谷が先程まで飲んでいたホットチョコレートにも得体の知れない芋虫が数匹身をうねらせている。
テーブルの天板から半分の女の顔が生えている。

「この店は怪異たちからも人気があって昔から繁盛しているのです。名店とはこのような店を呼ぶのです。和みますなあ。」
等と言っている墓地太郎の鼻の穴から鼻毛の如く小さな蛇がもっさり出てきた。
それに気付いた墓地太郎が鼻毛蛇を引き抜きふっと息吹きかけて周囲に飛ばす。その幾匹かが捌谷の眼前にも飛んだ。

「いかがかな、吾輩の身を置く世界の光景は」
墓地太郎は捌谷の瞳孔を覗き込んだ。
「驚きました」
捌谷は言った。
「でもムクリ鬼はいません」
「左様です。だがしかし、吾輩と共にしていればいづれ見つかる。」
捌谷は窓越しに墓地太郎を見た。
墓地太郎の瞳孔は黒く大きく開いている。

深淵。
「吾輩の眼に何か見えるかな」
墓地太郎が言った。

見てはいけない。
凶事の気配を感じて捌谷の本能が告げた。慌てて目を逸らす。捌谷の手が作った狐の窓も解けてしまった。
途端に捌谷の視界はありふれた日常の光景に戻った。

「捌谷先生に近付くな」
アゲハはテーブルに爪を立てて唸り声をあげる。

「おや」
猫之助は言った。言ってあらぬ方向を見ている。
「どうしたの?」アゲハは訊いた。
「狐の窓は作れる?」と猫之助は言った。

先程教わったばかりの狐の窓を作ってアゲハは覗いた。
眼前に眼球がある。
「ひ」
長黒髪の影の店員がアゲハを覗いていた。
髪が蛇のように動いてアゲハに紙片を渡した。
「何?」
「何だろう?」
二人は紙片を見た。

「ユメノナカ ニ アソブ」
夢の中に遊ぶ?
影の店員は去った。
「どういう事?」

寝ない子にはムクリコクリの鬼が来る。
鬼が来て何とする?
ムクリと起きてコクリと眠る。ムクリコクリの鬼は何するものぞ。
夢の中で、遊ぶ?

mmmmmmmmmmmmmmm

「夢の中、と書いて夢中だよ。夢中に遊ぶ、そりゃ遊園地に決まっているじゃないか。」
墓地太郎の発案で一向には遊園地に来た。
「絶ッ対、其うに決まっている。」と墓地太郎は言い張る。

「本当にこんな所に鬼はおりますか?」
捌谷が聞いた。
「鬼は賑やかな所が好きなのです。逍遥すれば必ずや手掛かりは見つかるでしょう。」と墓地太郎は言う。

風船売場で風船を買った後、一同が最初に乗ったのはSL汽車だった。
「園内を1周出来るそうですよ、おほほ児戯児戯。」

「や、あんな所にウサギ広場がございますぞ。あちらには観覧車。大きなジェットコースターでございますなあ。ほほほ児戯児戯。」

「猫さん、こいつ全部に乗るつもりだよ、キモ太郎め」
アゲハは隣の猫之助に言った。
「アゲハちゃん、聞こえるから」

「珍しい化性がおりましたら吾輩が教えて差し上げますぞ!」
歯噛みするアゲハにも気付かず墓地太郎はすっかり遊園地を満喫している。

観覧車、メリーゴーランド、ジェットコースター。
「愉快愉快、児戯児戯」

そしてお化け屋敷。
「きゃあ」と捌谷が悲鳴をあげる。日頃は教員として冷静沈着な捌谷も急に驚かされるのは苦手である。
思わず隣の墓地太郎にしがみつきかけたが、生理的な拒絶反応から体を大きく反転させて後ろを歩く猫之助にしがみついた。

「呵呵、愉快愉快、吾輩がいれば怖い物など無いですぞ!」
空気の読めぬ墓地太郎は、そうした婦女子の嫌悪にも気付かない。
「児戯児戯」と快哉に笑う。

「ほうら此処にも化性がおりますぞ噴破噴破。」
鼻息荒く墓地太郎の独壇場である。誰も彼を止めることは出来ない。
「そうら」と群がる怪異を鷲掴み、婦女子に向かって撒き散らす。その度に悲鳴をあげる捌谷。それを喜んでいると勘違いし更に調子に乗る墓地太郎。小学生男子並の社交力である。

心無い霊能探偵と共に巡ったお化け屋敷は捌谷にとって完全なトラウマとなった。
ようやく出口に辿り着き、捌谷はすっかり墓地太郎が嫌いになってしまった。

「おかしいな」猫之助は考えた。
静か過ぎるんじゃないのか。
前述の通り、夜蝶アゲハは稀代の霊媒である。怪異の集まるお化け屋敷など夜蝶と回ればそれこそ怪異の力は増幅し地震轟雷大嵐如何な天変地異が起こってもおかしくないのである。が、いつも以上に何も起こらない。既に此れは何かが起こっているんじゃないのか。猫之助は得体の知れぬ何者かの腹底に迷い込んだような不気味を感じるのであった。

mmmmmmmmmmmmmmm

手回しオルガンを弾きながら賽河原地獄彦はアイスクリームを売っている。
冬とは言え本日は暖かくアイスクリームがよく売れる。

母子がアイスクリームを買った。
「ちょっとオマケしてあげたよ。」
地獄彦は大きめにアイスを掬うとコーンカップに載せた。
地獄彦は泣く子も黙る強面であるが、冬の暖気が彼の顔を柔和にさせる。母子は丁重に御礼を言ってアイスクリームを受け取った。
その背中を見て地獄彦は思う。
平和だ、と。
地獄彦にとって其れはかけがえのないものである。地獄彦は日頃の奇態な交友関係が災いし、常に混乱の渦中にいる。悪いのはなんと言っても墓地太郎である。墓地太郎と書いて災いと読む。
豪壮の地獄彦にだって休息は必要なのだ。そう、墓地太郎の居ない休日が。

「おすすめのアイスは何かね?」
次の客が来た。
地獄彦は思う。
俺はアイスクリームを売っているのではないぜ。俺が売っているもの、それは幸福である。穏当な休息の中で地獄彦はいつもより優しくなれる。そんな自分を悪しからず思う。

「冬ですからラムレーズンなどは…」
と言いかけて客と目が合った。

紛うことなき墓地太郎である。
「ウワーーーー」
地獄彦は声を上げた。
「出タナ疫病神メ!」

墓地太郎は憮然とした。
「失敬な!吾輩は客だ!さっさとラムレーズンを寄越せ!」

墓地太郎は思う。
冬はなんと言ってもラムレーズンだ。

「全部で四つだ」

四つ?
地獄彦は不思議に思う。友人など全く居ない墓地太郎にしては大所帯だ。まさか猫之助と二つずつ食べる訳でもあるまい。

「誰と来てるんだ、こんな所に」
「誰だって良いじゃないか」
「何だ、デートか」
と揶揄った。

返答がない。

見ると墓地太郎が真っ赤になって俯いている。地獄彦は墓地太郎と長らく交友しているが、このような墓地太郎は見た事がない。


「正気か貴様。」
「何がだ。」
「デートか。」
「違う、事件だ。調査だ。」
「アイスは俺が届けてやる。」
「余計なお世話だ。吾輩に手渡せ。」

墓地太郎を棄てて地獄彦はアイスを運んだ。猫之助と見慣れぬ美人がいる。
ほお。と地獄彦は感心した。
墓地太郎は人間的に屑であるが、こんな美人を捕まえるとは隅におけない。

「これはこれは」と挨拶をした。
墓地太郎と猫之助と美人の三人。
「あと一人いるだろう?」

と猫之助に尋ねると
「あと一人はアゲハちゃんだ」と答えた。
「直ぐに戻る」

とやり取りしている所にアゲハが戻ってきた。
地獄彦もアゲハも頻繁に墓地太郎の事務所を出入りするので知らぬ仲ではない。

「おお」と地獄彦は挨拶した所、地獄彦は我が目を疑った。
何だ、これは。
猫之助を見た。
平然としている。
墓地太郎もまた平然としている。
こんなものを連れ立って、此奴らは正気なのか。

「地獄彦!」
アゲハが言ってラムレーズンを受け取った。
何やら事情は分からぬが、また厄介な事に巻き込まれているらしい。


mmmmmmmmmmmmmmm

鏡館にて。
鏡張り巡らされた小屋の中で捌谷は一行を見失った。振り返ると其処は鏡鏡鏡の無限回廊。幾人もの捌谷がこちらを見ている。

「まだ見つからないの?」
声がした。
捌谷は辺りを見回した。
狐面の少女がいる。
と、思えばそれは歪にゆがんだ捌谷の鏡像であった。

「アソボ」
声がした。
傀儡の童女人形がいた、と思ったがそれは歪に歪んだ捌谷の鏡像である。
捌谷の他に誰もいない。
幾人もの捌谷が見つめる中で、捌谷は一人であった。


mmmmmmmmmmmmmmm

遊園地は海に面していたのであった。一行は遊び疲れて海辺に休んでいた。

波が。
寄せて返す。
その音が心臓の音にも似て一同の心を癒すのであった。

「愉快愉快。本日は真に愉快である。今日この日を記念して吾輩が諸君らに魔法を見せて進ぜよう。」
墓地太郎が言った。

「天」
と墓地太郎が夜空を指さした。
まばらに星が瞬いていた。
「この空を満天の星空にして見せよう」
と墓地太郎は言った。

「さあさ」
と言って足元の砂を掴む。
「さあさあ」
と空に撒く。
すると、その砂は空に上がって星となった。
「さあさあさあ」
墓地太郎は重ねて砂を撒く。
その度に夜空に星が増えていくのだ。

夜空の星は満天となった。
「吾輩の魔術を篤と御覧じろ」
次に墓地太郎が星星を指差せば星は流れ星となり、輝きを増して夜空に光の弧を描くのであった。金色の飴がけが幾条にもなって天蓋は煌々と光る。

「屠ル屠ル」と墓地太郎は愉悦に笑う。
次々と星は流れて花火のような瀟洒であった。光の織り成す瀑布の中に墓地太郎が浮かんでいた。壮大なイリュージョンに誰もが心を奪われていた。

なんなんだこれは。
猫之助にも何が起こっているのか訳が分からない。ひとしずくの涙が頬を伝う。訳は分からないがいま彼は望外の感動をしている。誰もが墓地太郎に魅了されている。

「そんな馬鹿な」猫之助は声に出した。だがそれは声にならない。その代わり感動が嗚咽となり、涙となり肉体から溢れるのであった。誤解していた全く誤解であった。墓地太郎を品性下劣の最低人種と侮っていた。最低人種は自分であった。墓地太郎の君子の如き清廉潔白品行方正に気付けなかった。
猫之助は恥じた。悔いた。自らを責めた。
そして心を震わせて墓地太郎を崇拝した。流星群はますます明るさを増した。猫之助の涙は益々流れてメテオの光を反射した。

捌谷もこの瞬間、墓地太郎を崇拝し涙を流していた。
師父。
捌谷は墓地太郎を呼んだ。呼ぶ度に心が満たされた。愛、なのだろうか。
そう思った時、捌谷の心を小さな針がちくりと刺した。その胸の痛みがなんなのか捌谷には分からない。墓地太郎がわたしをパライソに導いてくれる。悪しきむくりの鬼から解放してくれる。
師父、師父。わたしの魔法使い様。
私は師父を愛している。
また、捌谷の心臓を針が刺した。捌谷には胸の痛みが何者か矢張り分からない。


その時。

打ち捨てられた公衆電話が鳴った。
鈴、鈴、鈴…
呼出音が鳴り止まない。
呼んでいる、誰かが、誰かを。
怪訝に捌谷は受話器を取り上げた。
「もしもし?」
捌谷は電話に出た。

「お願い、*%%*+を探して。」
「なに?」
「&*+-==を探して」
「待って、聞こえないわ」
「##&*、がっこう」

電話は切れた。

がっこう?

学校?
学校に行けば良いの?

どうしましたか?
と墓地太郎が言った。

「いえ」捌谷は言い淀む。考えがまとまらない。わたしは学校に、行かなければ、いけない?

どうしましたか?
と墓地太郎が言った。

その時、墓地太郎を月の光が照らした。
揺らめく月影。墓地太郎の姿が朧に霞んでいる。

どうしましたか?
猫之助が言った。

どうしましたか?
アゲハが言った。

月光に照らされて墓地太郎たちの姿が霞んでいる。わたしはいま誰と一緒にいるの?

そっと捌谷は狐の窓を両手で作り、彼らを覗いた。
全員、首が無い。

「どうしましたか」
墓地太郎が言った。
墓地太郎の首が浮いている。
胴体から離れて。

「どうしましたか」
猫之助とアゲハの首が浮いている。胴体とから離れて。

「がっこう」
捌谷は言った。
「がっこうに行かなくちゃ」
捌谷は走り出した。
わたしは何かを忘れている。
学校に行けば、それを思い出す事ができるのだろうか。
先程の電話の声は誰なんだろう。彼女を見つければ、わたしが何をすれば良いのか分かるのだろうか。

捌谷は走る。
大通りに出た。
タクシーを捕まえれば学校に辿り着ける。
捌谷は手を上げてタクシーを呼んだが、どの運転手も意地悪そうな顔をしていたので止まってくれることは無かった。
その代わり、1台のバイクが止まった。黒いライダースーツに黒いフルフェイスのヘルメット。顔は、見えない影。
そのライダーが捌谷を見つめる。
ごろん、と首が落ちて、捌谷の足元にゆるゆる転がる。

捌谷はそのヘルメットを拾った。
中は空っぽであった。

ライダーは消えていた。
バイクのエンジンは脈動する鉄の心臓。捌谷はヘルメットを被ってバイクに跨る。
深夜のハイウェイを捌谷は走る。

後方から墓地太郎の首が追いかけて来ていた。
捌谷は車の合間をすり抜けて速度を上げた。

月魄の色はますます濃くなった。輝度が高く、鏃となって世界を射抜くようだ。

いつの間にかこの街のネオンは目医者の看板ばかりになった。看板に描かれた目が瞬きしている。眼球のネオンが極彩色に光っている。

月光が、ネオンが光る合間の闇は色濃くしてこの世の影たちは其処から生まれるのであった。
墓地太郎の首が追いかけてくる。

捌谷は薔薇の花束を投げた。
薔薇の花弁は散って、墓地太郎の首は花弁を貪った。

捌谷は走った。

程なくして墓地太郎の首はまた追いかけて来た。
蛞蝓のような舌を伸ばして捌谷のうなじを舐ぶろうとする。滴り落ちた唾液がバイクのレザーシートに落ちて、レザーを焦がした。
「なめなめなめなめ」
墓地太郎の首が言った。

捌谷は香水瓶を胸元から取り出して墓地太郎に投げた。
墓地太郎の首は香水の香気に誘われてそれを貪った。柑橘系のトップノートがダーク系に変化していく。
なめなめなめなめ
良い香りとなった墓地太郎は再び捌谷を追いかけた。

捌谷はライダースーツの胸元から手紙を見つけた。封筒の中に指輪が入っていた。
捌谷は指輪を墓地太郎の首めがけて投げた。
なめなめなめなめ
墓地太郎の首は指輪の魔力によって消し飛んだ。

学校に着いた。

中庭の百葉箱から声がする。
「女子更衣室に法衣を置いてある。着替えるべし。」

その傍らの菜園で二宮金次郎像が雑草を抜いていた。
聞こえてくるパイプオルガンの旋律は音楽室のヨハン・ゼバスティアン・バッハの肖像画が奏でているに違いない。理科準備室の窓から半身を出して骨格標本と人体模型が恍惚と賛美歌を聴いている。
校舎の外壁にはガーゴイルたちが巣食っている。ガーゴイル達が舌を伸ばして哄笑する。捌谷は十字を切った。
主よ。

捌谷の下駄箱に手紙が入っていた。
「ずっとあなたを見ていました。初めて会った時からお慕い申し上げます。黄泉比良坂墓地太郎」
それを棄てるともう一通の手紙があった。

「着替えたら旧校舎の女子トイレに行くこと」

女子更衣室に着くと捌谷のロッカーに「法衣」と書いた包みがあって中を開くと黒衣である。改めて黒衣を広げると厚手の伸縮素材。色といい形といいどう穿って見てもスクール水着である。
「これが法衣なら仕方ない。」誰かが耳許で囁いた。振り返ったが誰もいない。或いは自分の声だったのかもしれない。

捌谷は衣服を脱ぎ、裸形となってスク水に着替える。大人になった捌谷にはサイズがきつくボディラインが強調される。スク水に「さばくたに」と名前が書かれている。かつて少女であった自分が着ていた水着のようだ。あどけない少女はすっかり大人の色気に満ちている。内気であった少女。かつての捌谷は物陰から好意を寄せる先輩を見つめる事しか出来なかった。その先輩と職場で再会した。内気を克服して積極的に関わろうと努めた。先輩の不健康で儚げな横顔を見つめて、彼を支えるのだと決めた。そうした思いが捌谷の胸を大きく膨らませる。

捌谷は旧校舎の女子トイレに向かう。
女子トイレの鏡は合わせ鏡になっていた。捌谷の正面と背面が鏡像世界の奥底に無限に続く。奥へ奥へ。捌谷の顔が小さくなりながら深淵に続く。
鏡の中の何番目かの捌谷の後ろ姿が揺らめくと此方を振り返った。狐面の少女であった。少女の体躯に見覚えがある。面は被っているが教え子の夜蝶アゲハだ。狐面が口を開いた。

「かいだんで#%*+=をさがして」
旧校舎の階段は十二段あるが、夜に数えると十三階段あるという。十三階段を登ると踊り場には撤去された筈の鏡が架かっていて、そこに自分の未来が映ると言う。

一歩ずつ数えながら捌谷は階段を登る。
「…十三」
そして踊り場には鏡があった。
自身の姿を映す。

「見つけた」
其処にいたのは醜悪のムクリ鬼の姿であった。舌先に括られた童女人形と目が合った。
「オネエチャン」
童女人形が言った。
鏡に手を伸ばす。
鏡面は水面のよう、その境界を越えて手掌は鏡像世界に侵入する。
そして童女人形の手を取ると、鏡から連れ出す。
鏡面から連れ出されたムクリ鬼は同僚である十三階段に姿を変えた。
捌谷は意識なく横臥した十三階段を抱き締める。
「やっと見つけた」

捌谷が目を覚ますと其処は白天井の病室で隣のベッドに十三階段が眠っている。
その寝顔を見つめる。血色が良くなった。
程なくして十三階段が目を覚ます。捌谷は彼を、抱き締める。


エピローグ

黄泉比良坂探偵事務所にて。
夜蝶アゲハが猫之助に叱られている。
「アゲハちゃんは霊媒体質なんだから狐狗狸さんの類はやっちゃダメ!」
友人に誘われて仕方なく参加した交霊儀式で予想外の大物を呼び出してしまった。
その結果、居合わせたクラスメイトは軒並み惨殺。
血腥い惨劇の犯人と目されて教員一名が逮捕されるも夢遊のち昏倒。
その同僚である女教師からの依頼を受けてこの度、黄泉比良坂探偵事務所の面々が雌伏雄飛に割拠して、辛くも幽界に迷った十三階段教諭を救い出した。
それがこの度の真相である。

寝ない子にはムクリコクリの鬼が来る。

不眠の夢遊病患者である十三階段昇はアゲハの呼び出したムクリの鬼に憑依され幽門に囚われてしまった。
捌谷の静止も聞かず、鬼人となった十三階段の殺戮は凄惨を極め海月クラゲ、松葉ぼたん、飛葉嶺二はじめ七人の生徒が犠牲となった。表の司法では十三階段は最短の判決を以て死刑に処せられる。
が、憑依による殺人事件は裏の司法にて情状酌量が斟酌されて、十三階段は秘密裡に釈放され後に別の個人としての人生が付与される事となった。

友人に誘われて降霊会に参加したアゲハ、夢遊病を鬼に利用された十三階段。彼らはこの事件の犯人ではない。
犯人たるムクリの鬼は猫之助に捕らえられて裏の検察に引き渡され、禁錮100年が求刑された。
アゲハの隣に狐面の少女が座っている。
「コン」と少女が鳴いた。
悪神ムクリを捕まえるため、アゲハに憑依していたコクリ様である。

その正体に気付いたのは遊園地でアイスクリームを売っていた地獄彦である。地獄彦からすれば何故、アゲハに神が宿っている異常事態にこの二人が気付かないのか、不思議でならなかった。二人とも高神位の神の気に正気を失っていたのかもしれない。
地獄彦は直ぐにその場でコクリ神の託宣を受けた。つまり狐狗狸さんを行った。
と言ってもアゲハ自身が神を宿しているので、一見してアゲハが十円玉を動かしているようにしか見えないのだが。
猫之助とアゲハが狐狗狸さんをやった時にいつまでも十円玉が動かないのは無理もない。既にコクリ様がアゲハに降りていたのだ。

御託宣の「夢の中」とは昏睡した十三階段の事であった。
直ぐにコクリ様の力で十三階段の精神に捌谷が送られたのである。
夢の中に送られた捌谷は記憶を失うので、その導きに一同が苦心をした。特に墓地太郎の邪念に塗れた横槍は捌谷を困惑させ、事件解決を遠のかせた事は言うまでもない。
神の加護無くして事件の解決は無かったのである。

コクリ神への御恩返しは油揚げで良いんだろうか、と猫之助は考える。
「黒猫館のホットチョコレートが良いってさ。」
とコクリ神と通じるアゲハが答えた。

mmmmmmmmmmmmmmm

病室にて。

十三階段の見舞いに来た猫之助、アゲハが捌谷と談笑している。
其処に勅使河原警部が面会に来た。
「ああ!起きられましたか。」と十三階段や捌谷のこの度の苦労を労う。

霊感の無い者にはこの度の事件は童女人形を胸に抱いた十三階段が生徒達を軛殺したように見えていた。その目撃者証言から十三階段が惨殺事件の犯人と断定された所を、捌谷、アゲハが十三階段の無実を訴えた。彼女らの必死の訴求に与して尽力したのが勅使河原警部であった。

「奴めは来ないんですか?」
勅使河原は尋ねた。

「奴」とは無論、関わる事件を事ある毎に複雑化せしめ、悪手を重ねて被害者を増やす警察の仇敵、黄泉比良坂墓地太郎の事である。

「先生は諸事情あって」と猫之助は言った。

墓地太郎が事件に乗じて捌谷を口説き落とそうとし、それに失敗した為、恥ずかしくて合わせる顔が無いのだなどとは口が裂けても言えない。
今頃は地獄彦とともに事務所でアイスクリームでも食べている事だろう。


(短編小説「黄泉比良坂墓地太郎事件簿ムクリコクリの鬼」村崎懐炉)

#小説 #眠れぬ夜の奇妙なアンソロジー #ネムキリスペクト #魔術

#創作大賞2024
#ファンタジー小説部門


跋文
長い。長くて顰蹙を買いそうです。こんなに長いものを読んで頂けるのでしょうか。もし読んで下さったならば、斯様なものにお付き合い下さって誠に有難う御座います。

お暇な方は本話を書くに当たっての備忘録と解説がてら今しばらく戯言にお付き合い下さいませ。

一説によればむくりこくりの鬼は漢字表記で蒙古国裏の鬼。江戸時代の国学者によれば蒙古高句麗の鬼。元寇にて蒙古高句麗連合軍が日本を襲った事が妖怪化したのだ、と説明されます。が、その説が盛んに展開されるのは江戸時代になってから。特に鎖国が完成した1630年前後と外国船の脅威が迫った1800年前後、幕府お抱えの学者先生による論説が特に盛ん。
元寇から300年間そんな話は露ほども語られず、江戸時代になってから急に一般化した説です。
私見ながら、これはむくりこくりという既存の鬼を元寇に準える事で外国人への恐怖心を煽り民衆を攘夷に扇動した国家戦略なのだと思われます。
太平洋戦争で連合国軍が鬼畜米英として妖怪化したのと同じ事が当時も起こっていたのではないかしらん。
江戸国学者の語る「蒙古高句麗鬼の所業」は凄惨で、壱岐対馬は島民が殺戮されてほぼ全滅。この時、元軍は子供の泣き声を頼りに逃げた島民を探し出し、親子諸共島民を殺害した為、子供が泣かぬよう親は泣く子の口を塞いで殺してしまった。のような話も残っております。(元軍残酷説の出処は当時の舌鋒日蓮上人のようです。)
奇しくも太平洋戦争の沖縄にも同じ話が残っておりますね。米軍が上陸し逃げた島民は防空壕に息を潜めて鬼畜米英に見つからぬよう泣く子の口を…。
つまり「寝ない子には鬼が来る」という脅し文句の裏側には、鬼が来て一家惨殺されないように、泣いてる子供はxxxxしちゃうよ。と言う意味があるようですよ。残酷で胸心地の悪くなる話です。
非人道が罷り通る戦争は悲しいですね。痛いのと、苦しいのは嫌いです。
本話ではそういった国粋主義はさておき、むくりこくりの鬼を古代から息する物の怪として取り扱い、妖怪退治の専門家、名探偵、黄泉比良坂墓地太郎先生にご登壇願いました。この度も墓地太郎先生は大活躍。先生の御人徳は如何だったでしょうか。

昨今、むくりこくりの名前を全く聞かないのは矢張り蒙古高句麗の鬼なんて漢字を当てる事が国際問題になるからでしょうね。各方面への配慮から消えた妖怪と言えるでしょう。

狐狗狸さんの名前は開国直前にテーブルターーニングが伝来した時に、テーブルがこっくり動くから、という説が一般的。そこに人を化かす狐、狗神、狸の字を当て嵌めたようですが、正体不明の怪奇現象をむくりこくりと呼んでいた事から、狐狗狸さんとむくりこくりの鬼の名前はあながち無関係では無いような。そんな気も致します。
などなど徒然の戯言でございました。

当月もお疲れ様でございます。
締切の間際から
皆様に愛を。

ムラサキ

ああ、脱稿して良カッタナア