現代詩「バターになる」

容器にね
生クリームと塩一つまみを入れるのです
容器は密閉できれば何でも良いのです

生クリームは動物性の
なるべく脂肪分の多いものをご用意ください

蓋を締めて
あとはその容器を振るのです

振っておりますと
さまざまの昔のことを思い出します
恥ずかしいことの数々を
思い出します

嬉しいことも沢山ありましたが
思い返されるのは恥ずかしいことばかりです

生クリームが振られる水音は
浜辺に寄せるさざ波に似て
くすぐったいばかりです
幾年も波が浜辺を洗うように
人の一生もなんだか同じような
失敗ばかり繰り返すものです

そのようなことを
暫く続けますと
段々と
むかしといまが
混ざり合って
波の音は静かに消えていくのです

もうなにがなんだか分からない
こんだくして
ろうあのごとくむおんになります

それはなんだかここちよいのです
いろいろどうでもよくてね
ぜんぶ
わすれることができるのです

あーああーー
あーあー
はなうたを
うたいだしたくなるくらい

しかし
突然
突然ですよ
我に返るときがやってきます

なめらかに溶け合った悔悛と忘却は
突然分離するのです
そして再びぱしゃぱしゃと
波の音が始まるのです

あなたはハッとして
現世の我が身を振り返ることでしょう
辱めが消えぬことに怯えるでしょう

でもね
蓋を開けてご覧なさい

乳清の海に
脂肪の塊が浸かっています

泡立てられた乳白色の追憶から
生まれたそれは
とても柔らかくて
良いものです

クラッカーに添えて
慎んで召し上がるのが
宜しいでしょう

わたしたちの罪は
バターになるのです

(現代詩「バターになる」村崎カイロ)