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七つの幸運ep.刻ノ宮蓮珠「退屈だった彼ら彼女らの、成長の瞬間」⑦

7.

「おまえは、だれかを壊しちまうことの怖さを知ってんのか?」

 硝子張響。がらすばりひびき。カラーギャング『スカイレッド』族長。戦場の悪魔"モスキート"。

 勇猛から立ち止まり、仲間を守る安寧に尽くす喧嘩屋。

「喧嘩なんか、したことねえって面構えだが」

 昼下がりの公園。黒を基調としたラフな服装に身を包んだ青年──硝子張響の座るベンチの傍に、一眼レフを構えた制服姿の少年が立っている。

 刻ノ宮蓮珠。流動的な人生のなかで、瞬間の断片に存在する真実のみに意味を求める写真家。

「喧嘩が強いことが自慢になるのなんて、小学生までなんじゃないかな」

 写真に、強い弱いの基準はない。あるとすれば、上手いか下手かだ。それにしても極論を述べてしまえば、作品の良し悪しなどは所詮受け手の好みでしかないのだから、結局は写真を評価付ける判断きじぬんなど、存在しない。

 最後にどっちが立っていたか。倒れなかったか──あからさまで明確な勝敗が決する喧嘩との、最大の違い。

 曖昧で誤魔化しの効くものを、人は『芸術』と呼ぶ。

「べつに、自慢になんてならねえさ」

 ともすれば嫌味とも、皮肉とも取れる蓮珠の言葉にも怒りの感情など微塵も見せずに、響は答える。

 以前の彼を覆っていた、近づくものをすべて壊してしまうような荒々しい怒気は、もう消えている。

「どんだけの力を持ってようが、それが壊すためだけの強さなら……そんなものに、意味はねえ」

 硝子張響の青春は、真っ赤な血に塗れていた。

『スカイレッド』というチーム名の由来も、"モスキート"という異名も、彼に触れたものはみな──敵だろうと味方だろうと親友だろうと家族だろうと関係なく──血に染まることから名付けられた。

 消したくても消えてくれない過去も、守りたいはずの大切も、すべてを傷つけて、壊してきた。

 そんな、彼だからだろうか。

「この強さは、守るべきもんを守るために──もうだれも、俺のせいで傷ついたりすることのねえように、使っていかなきゃなんねえ」

 痛みを知れば、人は優しくなる。

 優しくなれば、人は臆病になる。

 臆病な生き物は、守ることを覚える。

「だから、マフラーマン」

 硝子張響には、対象をユニークな呼び名を付けるクセがある。

 明確な固有名詞の排除──もしかしたらそれが、不器用な彼なりの、精一杯の処世術だったのかもしれない。

「てめえも、あんまり舐めた真似はし過ぎねえ方が身の為だぜ」

「……舐めるといえば、先輩」

 硝子張響は三年前、公立域還高校を中退している。

 つまり、いまのところ敵でも味方でもない響と蓮珠の関係性は、一応直属の先輩後輩ということになる。

「これ、差し入れです」

 蓮珠が差し出したのは、小さな袋。なかには、ピンクに染まった棒付きの飴が入っている。

「あなたは、意外と甘いものが好きだと聞いて」

「あぁ? だれから」

「あなたのことが……あなたのことだけが大好きな、偏愛主張の受付嬢から」

『え? 響くんが好きなもの? ほんとうはわたしだって言ってほしいところだけれど──』

 愛須は腰をくねらせてそう言いながら、域還市最強の喧嘩屋のキャラクター違いな好物を教えてくれた。

 刻ノ宮蓮珠は、時折オーセンビルに出入りして、捺鍋手愛須をモデルに写真を撮っている。決して『平等』などとは程遠い彼女の"真実"を、そのカメラに収めている。

「……アイスか」

 硝子張響と捺鍋手愛須。

 未知標奇跡と安楽詩衣に並んで──ある意味ではそれ以上に濃厚かつ劇的に──あの成長痛みたいな一連の騒動を経て深い交流を持つようになったふたり。

 彼と彼女については、もう少しだけ後に詳しく語られることになるとして──ともかく。

 手渡された袋から取り出した飴を口に運びながら、響は小さくぼやく。蓮珠はその様子を、手に持ったカメラで捉える。

「あの女……ふん。名前通り、甘ったるい女だ」

 写真は、真実を語る。

 そこに映る姿がどれほど信じ難いものであったとしても、提示された事実は、受け入れねばならない。

「俺のこと、知った気でいるんじゃねえよ」

 硝子張響は、こんな顔で笑う人間だったのか。

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