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七つの幸運ep.刻ノ宮蓮珠「退屈だった彼ら彼女らの成長の瞬間」⑤

5.

「お前のやったことは正しいことではあったかもしれないが、あまり褒められたことではないな」

 型固芽道利。かたがためどうり。域還警察署一課刑事。空欄知らずの"模範解答"。

 聡明な頭で弾き出す百点満点の解答よりも、胸に滾る正義に貫くことを決めた天才。

「正しいことをしても褒められない──やっぱりこの世界は、虚偽で溢れてますね」

 連続性は、嘘を生む。

 断片の中に真実を見出す刻ノ宮蓮珠の哲学は、正解ありきのテストで最高評価を当たり前に得ていた型固芽道利の才能と酷似する。

 そこにあることこそが正解。

 正解こそが真実。

 真実だけが、意味であり意義。

 刻ノ宮蓮珠はむかしから、テストの成績は良好な方だった。

「正しいことだけがすべてじゃないんだ、世の中というのは」

「それ、あなたが言いますか?」

 四方を真っ白な壁に囲まれた域還警察署の一室で、机を挟んで対面する刑事と高校生。

 蓮珠は、とある事件に関して警察署に呼び出されていた。

「公立域還高校二年生、刻ノ宮。ともあれ、白粉撒逮捕はきみの写真のおかげだ」

 域還市中に蔓延していた危険薬物。その大元である白粉撒の逮捕に至ったのはもちろん、域還警察署きっての天才・型固芽刑事の手腕によるものであるが、その捜査の際、証拠として有用な役割を果たしたのはある学生が"趣味で"撮った一枚の写真だった。

「別に。僕はただ、そこにある真実の瞬間を切り取っただけです」

 大手極道組織『輪廻会』会長の白粉撒煙利が、薬品会社『アクタボン』の専務と癒着して、域還市中の若者にクスリを撒いていた事件。

 白粉撒が、直々に、男に小袋を渡している最中の証拠写真。

「どの筋から得た情報で、この現場に行き着いた?」

「だからずっと言ってるじゃないですか、刑事さん。僕がこの写真を撮れたのは、"たまたま"で──運が良かった、だけなんだって」

 冬でもないのに首に巻いているマフラーに、蓮珠は言葉を押し付ける。口元が隠れてしまったその表情は読めない。笑っているのかもしれないし、笑っていないのかもしれない。

 まあ、笑っているからといって必ずしも楽しいとも、幸せであるとも、限らないのだが。

「……嘘じゃ、ないだろうな」

「さあ、わかるでしょう? 聡明なあなたなら」

 無慈悲で聡明な法の番人。空欄知らずの模範解答。

 型固芽道利の脳にはおそらく、すでに『正解』が導き出されている。

 しかし、もう彼は知ってしまっている──解ったのではなく、知ったことがある。

「……わからないな。他人の考えていることなど」

 人にはだれでも、悩みがあって。

 なにかに縛られているのも、未来に怯えているのも、自分だけではなくて。

「それこそ嘘だ。あなたはずっと、解ってきたじゃない」

「わかったつもりになってただけだ」

 そんな自分でも、だれかの憧れになることはできて。

「俺はもう、だれの、どんな可能性も否定しない」

 人は、変わることができると。

「どんな可能性も否定しない、か──ふうん……じゃあ」

 正義を宿した言の葉を受け流し、蓮珠は学生服のポケットから、一葉の写真を撮り出す。

「この瞬間に切り取られた"真実"についても、完全に否定することは、できないよね?」

「……これは」

「まだだれにも見せてないし、見せるつもりもないけど──これがなにを表しているのかくらい、あなたじゃなくてもわかるよね?」

 その写真の中に映っていたのは、蓮珠が事件の証拠として警察に提供したのとはまた別の、白粉撒の取引現場。

 小袋を受け取る相手は、赤い帽子を被った蓮珠と同じ高校の制服を着た男子。学ランの下には、赤いジャージを着込んでいる。

「──知らなかったな」

「……さすがに呆れるな。そうまでして守りたいものなの?」

「いや、そうじゃなくてだな」

 刑事は顎を上げて、目の前の少年を不遜に見下し、余裕そうに口角を上げ、告げる。

 警察署に備えられこの取り調べ室には、蓮珠が構えるべきカメラは、彼の手元にはない。

「お前にとってあの"被写体"──幸せ面したバカ女が、そこまで大事なものだったとは。知らなかったな」

 いくら成長して、変化したところで。

 型固芽道利が"天才"であるという事実は、揺るがぬ現実として、そこに在り続ける。

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