七つの幸運ep.刻ノ宮蓮珠「退屈だった彼ら彼女らの、成長の瞬間」⑧
8.
「真実がひとつしかないなんて、思い込みかもしれないよね」
伝道寺真実。でんどうじまこと。公園に佇む『未来人』。超直感の超能力者。
懐かれていた正直に愛想を尽かされ、冗談を吐き捨てる占い師。
「安楽詩衣は学級委員である前にまず、二年二組の生徒だし。そもそもそれ以前に、安楽詩家の次女だ」
三つ編みと眼鏡を外しても優等生だし、多少の素行不良を働いても、模範生だ。
他人の評価や認識なんて、植え付けられたイメージでしかない。
「捺鍋手愛須が好きな人に向ける好意は、はたしてほんとうに恋なのかな? 博愛に溢れていた彼女に、恋愛感情とそれ以外の区別なんて、つかないんじゃない?」
好きにも種類はたくさんある。異性に向いた好意、愛情がすべて恋愛に結び付くわけでもあるまい。
交際も、結婚も、突き詰めれば契約でしかないわけだし。
「硝子張響が守りたいのは、自分にとって大切な人だけ。それ以外には無頓着だし、守るべきものの敵はもう、問答無用で敵だ。そのスタンスはひょっとすると、以前よりも凶悪で凶暴かもしれないよね」
守ることは壊すことで、壊すことは守ることだ。結局手段と目的の認識が入れ違っただけで、根本的なところは、何も変わっていないのかもしれない。
暴力の矛先が変わることを、更生とは呼ばない。
「型固芽道利が出す答えは、本人が求める求めないに関わらず"正解"なんだ。だってほら、現に彼は『つまらない聡明に縛られるのをやめる』という答えを自ら弾き出し、生き生きとしてるじゃないか」
凡才と低能は誤魔化すことができても、有能と優秀は隠し通すことはできない。才能は振る舞うものではなく、際立つものだ。
複数回答可の問題にだって、最適解は存在する。
「未知標奇跡も、迷っていると思うよ──生まれて初めて、ね。自分で下す決断には、責任が伴う。未来への道がこれほどまで複雑に枝分かれしているなんて、きっと、想像もしていなかっただろう」
人の数だけ未来があり、歴史の数だけ過去がある。言葉の数だけ事実がある。
嘘と真は、地続きで、同系色だ。
「そうやって虚言を吐くのが、占い師のお仕事かい?」
刻ノ宮蓮珠は、ファインダー越しに伝道寺真実と対話する。占い師の手元に置かれた水晶玉に映る自分の顔に、己と向かい合っているような気分になる。
合わせ鏡。
正直と断片──現実に囚われたこのふたりは、どこか似ている。
「嘘ばかりを撮る写真家に、言われたくはないな」
「僕の写真が、嘘だって?」
「うん。そこには事実も、真実もない」
伝道寺真実について、詳しく知る者はいない。
体調病歴も、恋愛経験も、身体能力も、テストの点数も、学生時代の役職も。
彼が幸せなのか、不幸せなのかも。
だれも、なにもよく知らない。
「ぜんぶ虚構の──虚偽に塗れた、作り話みたいなものだよ。写真からわかる情報なんて」
言葉を話すことに臆病になってしまっていた占い師は。
歪んでしまった世界で、在るはずのなかった思い出に浸りながら笑う、伝道寺真実のその表情は。
「ほんとうに、つまらない」
傍目からはすくなくとも、幸せそうには映る。
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