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病院広報のKPIとは何か?

病院経営は極めて厳しい時代を迎えている。2023年度の病院経営定期調査(概要版)によれば、赤字病院の割合は2019年は68.3%であったのに対し、2020年は78.2%に増加し、以後4年連続で70%後半を推移している。病院の開設主体の区分は、国、自治体、その他公的、医療法人、その他私的なものがあるが、国民医療の約8割は私的医療機関が担っていると言われている。私的医療機関は国立病院などと異なり、赤字となっても税金による補填などの助け船は無い。
 病院の経営改善を図るには、収入を増やして費用を削減するしかない。そこで鍵となるのは、マーケティングミックスの考え方である。マーケティングミックスとは、4P(Product:製品、Price:価格、Place:流通、Promotion:広報)を最適化することである。しかし、病院経営という視点では、製品(医療)は医療者と患者の間の情報の非対称性が大きく、その良さや違いを患者が判断することは難しい。価格(医療費)は、公定価格であるため、どんなに良質な医療を提供したとしても独自に変えることはできない。流通(場所)は、都道府県により基準病床数が決められているなどの理由で、自由に変えることはできない。しかし、広報は、医療広告ガイドラインによる厳密なルールはあるものの、効果的な経営改善のための唯一のレバーである。

下のグラフは、病院広報に関する論文数の推移(検索サイト「Clini articles」,キーワード「病院 and 広報」「病院 and PR」)を示している。これによると、病院広報に関する論文は、1954年に最初の論文が公開されて以降、約40年間病院広報に関する論文は見当たらない。しかし、2000年と2010年以降に二峰性のピークがあることがわかる。

大田章子,他:コミュニティ・エンゲージメント時代における病院ダイレクト広報の役割〜人生100年時代の広報戦略.広報研究22,pp126-134,2018

2000年まで病院広報が注目されてこなかった理由は、非営利性を基本とする医療との親和性の低さ(岡田,1977)や、待ちの姿勢でも経営が可能であった(東島,1990)ためと考えられている。しかし、近年になって急激に病院広報が注目されたのは、”救命を第一義的課題として高度な医療を追求する「医学モデル」が終焉を迎え、人々の QOL を重視する「生活モデル」に転換したため”と推測されている(大田章子,2018)。つまり、病院側から主体的にリーチしなければ、病院経営はすでに成り立たない時代に突入しているのである。

病院広報の主な対象は、入院加療につながる患者と病院への就業を考えている求職者である。病院広報の視点から、この2つの対象のKGI(Key Goal Indicator:経営目標達成指標)およびKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)についての私見を整理する。

筆者作成

 入院加療につながる患者のKGIは「新入院患者数」と考えることができる。新入院となる主な経路は、紹介、救急、外来の3つしかない。したがって、新入院患者数に直結するKPIは、「紹介患者数」「救急入院数」「外来入院数」であり、それらに影響を与え得るKPIは、それぞれ「開業医のNPS」「広域消防のNPS」「地域住民のNPS」が考えられる。NPSとは、Net Promotor Scoreの略で、顧客ロイヤリティの指標として活用されている。

https://webtan.impress.co.jp/e/2017/03/08/24303

病院への就業を考えている求職者のKGIは、「採用充足率」と考えることができる。採用充足率は、採用数/求人数であり、この公式に影響を与えるKPIは、「離職職員数」「求人応募数」「求職者紹介数」と考えることができる。「離職職員数」には「eNPS」、「求人応募数」には「求人サイトのPV( pageview)数」がそれぞれKPIとして影響を与えると考えることができる。
 eNPSとは、Employee Net Promotor Scoreの略で、従業員エンゲージメントの指標として活用されている。

https://www.nttcoms.com/service/research/enps/

冒頭で述べたように、病院経営は極めて困難な時代にすでに突入している。経営改善に効果的なレバーは広報であるが、広報の費用対効果の明確化は困難である。それは、「病院広報の効果の即時性は限定的で、遅延性を伴いやすい特徴があるため」と筆者は考えている。つまり、病院に関する情報を今発信しても、受け手がその情報を活かしたり有益性を感じる時期は人それぞれであるためである。
 病院経営の改善策を考える際、コストカットの対象となるのは費用対効果が低い、あるいは不明確なものである。広報の外注相場は、広報戦略の立案で月に10万円以上、プレスリリースやメディアへの配信で5〜25万円、イベントの企画・運営で40〜80万円、メディア向けの記者発表会の企画運営やメディア対応で300万円以上、メディアプロモートで15万円、リスティング広告の運用代行で広告費の20%と言われている。広報担当者以外は、広報の費用対効果の算出の難しさや費用相場を理解していないことが多い。だから、病院経営が困難な状況になると、広報はコストカットの対象に挙がりやすくなるのである。
 病院経営が困難な時代に広報をコストカットすることは経営改善策となり得るのだろうか?
 筆者は、上述してきた理由でむしろ逆効果ではないかと考えている。広報とは、”企業や団体などの組織が、ステークホルダー(利害関係者)との関係性を構築・維持すること”である。”広報という言葉はそもそも、戦後にGHQが民主化政策として取り入れた「Public Relations(パブリック・リレーションズ)」の訳語”であり、”パブリック・リレーションズとは、「組織体とその存続を左右するパブリックとの間に、相互に利益をもたらす関係性を構築し、維持するマネジメント機能」と定義”されている。

病院経営が困難な時こそ、広報を強化する。そのために、誰もが納得するようなKGIとKPIを定め、組織一丸となってそれらを効果的かつ効率的に高めていく。求められる病院として生き残るための糸口は、簡単に切ってはならないと筆者は考えている。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

(参考)
日本病院会,全日本病院協会,日本医療法人協会:2023年度 病院経営的調査 概要版-最終報告(集計結果)-(https://www.ajha.or.jp/voice/pdf/231130_2.pdf)
PR TIMES「広報とは?意味や目的、広報活動の仕事内容を現役広報担当者が解説」(https://prtimes.jp/magazine/mission/

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