ティルドラス公は本日も多忙③ 冬終わる日に人来たる(0)
第0章 これまでのあらすじ
群雄割拠の中で戦乱が続く大陸・ミスカムシル。かつて、一介の兵士から身を起こし一代で覇者となった開祖・キッツ=ハッシバル伯爵のもと天下の半ばを支配していたハッシバル伯国も、キッツ伯爵の跡を継いだ暗君・フィドル伯爵の失政により、現在は辺境の一小国へと没落していた。伯爵家の長男・ティルドラス=ハッシバルは、父を諫めたことで不興を買い、国都・ネビルクトンを離れたキクラスザールの街で謹慎させられていた。
フィドル伯爵が急死したことを受け、伯爵の次男であるティルドラスの弟・ダンは、母のメルリアン、秘書官のシー=オーエン、伯爵家に仕える猛将・リガ=アクラユらと共に父の遺言を偽造して伯爵を称する。さらにキクラスザールのティルドラスに捕り手を差し向けるダンだったが、末弟・ナガンの急報によりそれを知ったティルドラスは、ナガン、そして秘書官のソー=チノーと共に脱出。三人の捕り手の兵士もろとも、住民が全て石と化した魔の森・シュマイナスタイへと迷い込む。彼らはそこで、腰から下が石となった謎の少女・アーネイラと彼女にかしずく妖婆・カーヤに出会い、彼女たちの岩屋にかくまわれることになった。
時を同じくして、伯国の要衝であるティルムレチスの城に隣国・ミストバル侯国が侵攻。守将・ヴァンダーエム=グスカの奮戦も空しく危機に陥ったティルムレチスを放置して、ダンは近隣の小国への侵攻準備に血道を上げる。そんなダンをオーエンは諫めるものの、既に権力の魔力に取り憑かれたダンは耳を貸さない。
一方、アーネイラの岩屋で呑気な日々を過ごすティルドラスたちだったが、ある日出向いた市場で兵隊狩りに追われる若者を助けたことから所在を知られてしまう。捕り手の兵士たちの略奪暴行から村人を守るため、自ら進んで敵に捕らわれようとするティルドラス。しかし、姿を現した彼は悪政に苦しむ民衆や兵士たちによって、自身の意志とは無関係に、一方の旗頭に祭り上げられてしまう。野武士の頭で逃亡剣闘士のセルヴ=サクトルバス、ダンに反旗を翻した兵士たちの指導者であるリーボック=リーらの活躍によって国都に迫るティルドラスの前に、ダンの陣営はあっけなく崩壊する。万策尽き、ダンと共に戦って死ぬことを決意するオーエンだが、仇敵・チノーの妹であるセルキーナと、学問の師であるキコックの言葉に死ぬことの虚しさを悟り、ダンと共に国外へと亡命する道を選ぶ。
ティルドラスは伯爵として国都に戻り、ティルムレチスの危機も援軍の到着により救われた。そんな中チノーは、妹のセルキーナがオーエンと共に国を去ったことを嘆きながら、天下の名目上の主であるティンガル王家への上奏文に「平穏」「事もなし」の言葉を書き綴るのだった。(第一話 『ハッシバル伯国は事もなし』)
ハッシバル家を逃れフォージャー候国に亡命したダン一行は、間もなく、天下最強の国とされるトッツガー公国がフォージャー家への侵攻を試みる中、迎撃のため軍を率いて出陣することになり、オーエンの知謀とアクラユの剛勇により勝利する。一方、伯爵の位に就いたティルドラスだが、国政は叔母である摂政のサフィアに握られ、彼自身は何の権限も持たない飾り物の地位に置かれただけだった。愛人のヴァリー=ガルキン将軍に手柄を立てさせるため、ティルドラスの反対を押し切って隣国・ミストバル候国への出兵を行うサフィア。しかしミストバル軍の女性指揮官・ペネラ=ノイの前に惨敗し、兵力の大半を失う。
これによってハッシバル家が力を失ったと考えた隣国・バグハート子国の主・メイル=バグハート子爵は、諫大夫(かんたいふ)であるペジュン=アンティルの諫めを聞き入れず、ハッシバル領への侵攻を企てる。国境の街・トパーナに迫るバグハート軍。しかし、トパーナの守備隊に加わっていたリーボックに敗れ、逆に自国の都市・ツクシュナップを占領されてしまう。
ツクシュナップを占領したハッシバル軍だったが、略奪の是非をめぐって内部で対立が起きる。バグハート家の捕虜たちの力を借りて自軍による略奪を阻止しようとするリーボックに対し、名門の令嬢である指揮官のユニ=エッフェナーは彼を排除・粛正することをもくろむ。それを知ったティルドラスは、リーボックを守り略奪を止めるため、チノーを初めとするわずかな供回りと共に、シュマイナスタイのアーネイラの力を借りてツクシュナップに乗り込み、軍の指揮権を握る。シュムナップ奪還のため派遣されたバグハート軍を再び破り、子爵家の国都・マクドゥマルに迫るハッシバル軍。メイル子爵は宮廷を逃れて手近の城塞に立て籠もり、なおも抵抗を試みるものの、兵糧の不足を補おうと略奪同然の徴発を繰り返したことから民心を失い、蜂起した民衆に殺されてバグハート家は滅亡する。(第二話 『新伯爵は前途多難』)
そして今、ハッシバル家がバグハート領を併せたことで、時代は新たな動きを見せはじめる――。
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